吉田城と虎痴を得る

 とりあえず弥八郎の補佐役見習いとして、藤吉郎と小竹を送り込んだ。尾張で作った寺子屋でやはりというか、ずば抜けた成績を残すあたり、そもそも頭は良かったのだろう。

 ある程度の読み書きと算盤による計算を習得しているため、下手に擦れた役人よりも役に立つだろう。立つといいなあ。


 後で知ったのだが背後から上がった勝鬨は平八郎の機転であったようだ。お互い背中合わせで布陣していたため、状況はまさに挟撃されている状態である。あちら(平八郎側)では本陣にまさに攻撃が仕掛けられている状況。そして自分の手勢は山家三方衆の兵を包囲し、文字通り袋の鼠に落としていた。

 背後の戦闘に気付かれては、今の状況が水泡に帰す可能性がある。よって、勝鬨というか、気勢を上げさせたようだ。それにより敵を威嚇し、降りやすくしたという。

 最終的に背後の攻撃を撃退し、城将を討ち取ったことを伝えると降伏に同意した。しかしまあ、こいつらめんどくせえ。武士の一分を立てるため一騎打ちをしたいと申し出てきた。

 許可すると、農民上がりだが巨躯の兵を出してくる。獲物は刀ですらなく、樫を削りだした棍棒を携えていた。

 平八郎が目をキラキラさせてこちらを見る。自分を戦わせろということだろう。今回、采配に徹してもらったし、ガス抜き身必要だろうと許可を出した……ら、まあ、まさか一騎打ちが二刻に及ぶとは思わんかった。

 殺すわけには行かんと、平八郎の獲物はタンポ槍だった。先端の布玉には墨を含ませる。これで当たった場所によって判定すると言うものだ。相手の兵は槍を使ったことがないということと、平八郎がかまわんと言い出したのでそのままこん棒だった。

 白昼から始まった一騎打ちは日が傾くまで続いた。平八郎の突きを棍棒を使って受けるのだが、あんな鋭い突き、俺には避け続ける自信がない。無論武芸の嗜みはあるし、晩年柳生流を学んだ。無刀取りはできるかあんなもんとは思ったけどな。

 話がそれた。その平八郎の突き、払い、振り下ろしを組み合わせた変幻自在の技をしのぎ切ったのだ。いくら達人とはいえ息を継ぐ瞬間がある。その刹那を見切って反撃にすら転じてきた。

 そして目がらんらんと輝く本多平八郎忠高。まさに戦バカであった。最初はいかめしい表情をしていたのだが、徐々に口元に笑みが浮かぶ。

 なんだこいつ余裕か? と思っていたら、その顔にも笑みが浮かび出す。

「ククク、我が武をここまで受け止めるものがおるとは……いや天下は広い!」

「あんたつええな。オラワクワクしてきたぞ!」

 どこの野菜星人だと内心突っこむ俺の内心をよそに、二人は激しくたたき合いを始めた。あの剛力で叩きつけられれば、タンポ槍などすぐにへし折れる。故に平八郎は細心の注意を払って攻撃を躱し続けた。

 主導権は自らが握り、すさまじい勢いで攻め立てる。だが相手もさるもの、わずかな息継ぎや刹那の隙を見切って反撃してくる。

 というかいい加減勝負が付きそうにないので、俺が止めた。もう少し早く止めればよかったと後悔している。

「両名見事! その武勇、まさに面目である!」

 とりあえず割り込んだ。見てるのだるい。

「はは!」 

 平八郎が跪く。そして相手の大男もとりあえず平八郎に倣った。

「おぬし、名はなんと申す?」

「へえ、オラは虎次郎と言うだ。長篠の農民でごぜえます」

「そうか、虎次郎。そなた武士になりたくはないか?」

「いやあ、オラは学問もないし、ほかのもんに命令するとかできないだよ」

「なれば、俺の直属としよう。俺の警護と、時には先陣を命じることもあると思うが、どうか?」

 まさに虎痴の再来だ。我が傍に置いて護衛を務めさせたいものだ。

「殿さまがいいならオラは良いだよ」

「菅沼貞景よ。いかに?」

「はっ、松平の殿に降りまする。虎次郎も使いまわしてやってくださいませ」

「うむ。ではお主らに申し渡すことがある」

「はっ!」

「なぜ物見を放たなかった?」

「はは??」

「物見を放っておれば伏兵にとり囲まれることはなかった。ちがうか?」

「は……おっしゃる通りにございますが」

「兵を無駄死にさせる気かこの阿呆どもが!」

 俺の大喝にびくっと身をすくませる。そして子供に怒鳴られたことに気付き顔を真っ赤にする。

「しかし罠など食い破ればよいのでは?」

「このどあほうが。無理な戦いを強いてどうするか! そもそも、お主らの兵はそのまま領民であろうが。ゆえにわれらはお主らを包囲して一矢も放たなかった。その気になれば皆殺しにできたこと、まさかわからなかったとは言うまいな?」

 スーッと顔から血の気が引いてゆく。ふん、遅いわ。

「まあ、俺も鬼ではない。人質は一応出してもらうが、働きに応じて返すこともやぶさかでない。そして最初にお主らには模擬戦に参加してもらう」

「模擬戦? それはいったい……?」

「試し戦ともいうな。様々な戦況を想定して盤面で議論するのもいいが、実際に兵を動かしてもらう。兵はお主らの手勢じゃ。むろん、参加する者には日当と飯も出す」

「おお、それならば!」

 引っかかった。まあ、松平の家風にこいつらも慣れてもらおうか。兵たちには飛び道具の練習をしてもらうとしよう。そして武士階級の指揮官連中は、砦で籠城戦の模擬戦だ……クックック。


 あ、吉田城は降伏した菅沼、奥平の旗を見たらすぐに退去に同意してくれました。吉田には酒井忠次を入れることにした。松平の宿将に恥じぬ働きを期待すると伝えたら有頂天になっていた。だいじょうぶかこいつら?

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