今川への備え

 軍事の改革を進めるにあたって、織田家の武装のテーマは徹底したアウトレンジだ。そして敵より多くの兵を集めること。軍事の基本である。

 無論白兵戦は避けられない。しかし白兵戦になる前に徹底して相手の兵力を削ることに主眼を置くのだ。斬り合いになったときに、敵の数が減っていれば、手傷を負っていれば、それだけ有利に戦える。味方の損害が減らせれば、長期的視野から見ても得になる。

「というわけで、こういうのはいかがでしょうか?」

「なんじゃこれは?」

「弩です。唐の国ではよくつかわれておりますね」

「ほう……」

 使い方を説明する。はっきりといえば連射は効かない。それほど威力も強くはない。しかし拠点防衛の矢襖としては使い道はある。

「ふむ、なるほどのう。しかし、これだけではあるまい?」

「です。野戦築城を提案いたします」

「それはどのようなものじゃ?」

「陣を強固にして造営するのです。堀を作り、盛り土をして柵を連ねます」

「であれば、作事を専門にする者を用意する必要があるな」

「流民の中から技術や知識を持つものを選抜いたしましょう」

 俺たちの会議の中へ平手殿が口をはさんできた。

「しかし、それでは他国の間者がまぎれますまいか?」

「多少は仕方ありません。あとは、祖父の伝手で伊賀より忍びを雇い入れたいところです」

「清康公は伊賀者を雇い入れておったらしいな」

「ええ、俺の間者優遇の考えはそこからも来ております」

「あの三河を制する寸前まで行っていたからな。説得力はある」

「ということです。問題は、子供である俺にその伝手と説得力がないことですが……」

「ふむ、親父殿に相談してみよう」

「お願いします」


 流民から職人の技能を持つもの、土木工事の経験があるものは、実際に試験を行い一定以上の技能を持つものを高めの禄で召し抱えた。これは宣伝効果も狙っている。尾張の織田家は気前がいいぞということだ。

 名目上の責任者は平手殿に頼んだ。織田弾正忠家の重鎮であるし、台所番というのも知られているので都合がよかったのだ。

 無論、能力的にも内政や外交の専門家であり、嫡子の監物久秀殿は武勇に優れている。流民の統制と、選り分けを任せた。

 人が集まり、銭が動くとなれば商人が集まる。これについても手を打たないといけない。俺は信秀殿と面会をした。無論横には吉殿がくっついている。


「話があるとのことだが?」

「はい、流民がうわさを聞きつけて集まっております。また、職人なども集まりつつあります」

「ふむ、若干財政上は厳しいが、そこは平手が何とかするだろう」

「はい、出費がかさみますがもう一つ手を打っていただきたいことがありまして」

「聞こう」

「商人が集まりますが、その商人が嫌がることは何でしょうか?」

「むむ? そうじゃな。税が高いことか。あとは……申してみよ」

「街道の整備をお願いしたく」

「道を整備しろと? そうなれば敵が攻め込みやすくなるが?」

「要地には塁を築きます。短期間でも敵勢を食い止める戦力を配置して、狼煙を利用して急を知らせてはいかがでしょうか?」

「なるほどな。それらの人でも流民から賄うか」

「はい、人が集まり、職にありつき、銭が流れれば商人が集まる。さすれば、今の投資した銭はより多くの税となって織田家を潤しましょう」

「それゆえに街道を整備し、商人から取る税を安くせよということか」

「はい、それによって商いが活性化すればより多くの利をもたらします」

「津島、熱田に次ぐ那古野というわけか?」

「清須にも利あらば守護代家にも言い訳が立ちましょう。彼らがどの程度、我らのすることを理解しているかはわかりかねますが」

 その一言に信秀殿が吹き出した。

「末恐ろしいな。三郎の友であることを神仏に感謝したくなったわ」

「なれば、その分は熱田へ投資いたしましょう」

 その一言に信秀殿はさらに笑いだした。冗談のつもりじゃなかったんだがな。

「わかっておる。熱田への影響力をさらに強めよと言いたいのだろうが。尾張南東部を盤石にしておけば安祥への備えにもなる」

「そうですね。三河に変事あらば今川は間違いなく動くでしょう」

「何が起こる?」

「国元より、文が参りました。無論開封時には平手殿と吉殿に立ち会い頂いております」

「ふむ、今更そなたを疑いはするまいよ」

「けじめです。ところで内容ですが」

「それほどの事か?」

「父が今川からの独立を画策しておると」

「な、なんじゃと!?」

「しかし、松平一族は分断されております。宗家とはいえ集まる兵は3000に満たないでしょう」

「ふむ。なれど三河者は強情じゃ。今川も手を焼くじゃろうが」

「故に今川は二つ手を打ってくるでしょう」

「一つは予想がつく。広忠殿の暗殺か」

「ええ。そしてもう一つは……」

「となれば、そなたの身柄、じゃのう」

「おっしゃる通りです。おそらくですが、父をなにがしかの方法で除き、岡崎を制圧します。そのまま安祥を押さえようとするでしょう。かの城の城主は……」

「三郎五郎か」

「人質交換を申し入れてくるでしょうね」

「ふむ、そこまで読んでいるのであれば、何かの作はあるのじゃろうが?」

「野戦ではまず数が違いすぎて勝ち目は薄いと思われます。今川は此度、万を超える人数を催すでしょう」

「そこまでか!」

「であれば、こちらも兵を集めねばどうしよ言うもありませんが、そこで大敗しようものならば」

「尾張が蹂躙されるな」

「津島か熱田、どちらを落とされても先行きはありませぬな」

「安祥で食い止めるか?」

「小豆坂で食い止め、最終防衛線として安祥でいかがでしょうか?」

「時期にもよるが、こちらの集まる兵はいいところ5000だぞ?」

「流民を動員します。塁を築き、そこからの射撃に特化させればよろしい」

「弓を教えるにも時間がかかるが?」

「弩を配備いたします。流民の中から職人をかき集め、製造させております」

「手を打つのが速いな。よかろう」

 こうして対今川の作戦を実行に移すこととなった。戦力比を少しでも埋めるための武器の配備と訓練を行って行く。

 小豆坂で負けなければ今川の三河への浸透を遅らせることができるし、それはすなわち尾張の安全につながる。

 故郷を見捨てるようではあるが、今川支配下で苦汁をなめる期間はなるべく短くなるように努力するしかない。それがせめてもの三河の民と家臣に対する誠意となるのだろうか?

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