第69話 8月16日(月)夏休み最後のイベント⑤

 僕はこえだちゃんが頑張って数学をやっている間に机の上に置いてあった国語の宿題をコッソリ見たけど、ところどころ間違いがあったなあ。漢字も結構間違ってるし。まあ、再提出になる程のレベルではなかったけど、これで本当にトキコーを受験するつもりなのかなあ。

 数学だって、図形の合同や相似の問題でちんぷんかんぷんの証明方法を延々と書いてるから、どこでミスをしたのかが全然分からなくてなって僕に助けを求めて来たけど、1つのミスを指摘しても似たようなミスをやるから、再び証明出来なくってしまって僕に助けを求めてきた。計算は小学校で教わった事を地道に積み重ねていく方法で進歩したのは認めるけど、中学で初めて習う方法については理解してるとは言い難いなあ。でも努力してるのは認めるよ。本当にトキコーに入りたいというのだけはヒシヒシと伝わってくるからね。

 まあ、こえだちゃんは姉と同じ学校に通いたいって事だろうとは思うけど、僕だってトキコーを受験した理由はただ単に兄さんの母校だというだけで、それ以外にはなかったからね。

 結局、僕はこえだちゃんの数学を最後まで見てやったけど後半は結構間違いだらけで指摘の嵐だったけど何とか終わらせる事が出来た。数学が終わったところで少しだけ休憩する事にして僕もこえだちゃんも立ち上がったけど、それに合わせて江田さんも休憩する事にして立ち上がった。

 僕と江田さんは紅茶、こえだちゃんはコーヒーを飲み始めたけど、こえだちゃんは牛乳と角砂糖を1つ入れた。

「あれ?こえだちゃんは角砂糖3個じゃあないの??」

「あー、せんぱーい、みきも中学3年生ですよ。いつまでもお子ちゃまみたいな甘ったるいコーヒーは飲まないでーす」

「へえ、こえだちゃんも進化したんだね」

「そういう事です。ピッチュウがピッカチュウに進化したのと同じですよ」

「でもねえ、美貴のことだからエライチュウに進化するのは無理かもね。『らいめいのいし』が無いと進化できないもんね」

「お姉ちゃーん、それはひどいよ。みきがトキコーに合格したら砂糖は一切使わず飲む事にするよ。みきにとっての『らいめいのいし』はトキコーに合格する事だよ」

「まあ、わたしはエライチュウに進化する事はないと思ってるけどね。もし美貴がエライチュウに進化したら・・・そうねえ、合格通知が届いた翌日にピッカチュウの被り物をして家からトキコーまで登校してやるわよ」

「その言葉、確かに聞きました。せんぱいは証人ですよ」

「あー、猛君、どうせ美貴がトキコーに合格なんて出来る訳ないから安心していいわよ。何ならオマケでピッカチュウの着ぐるみで猛君の家までケーキを運んであげてもいいわよ」

「えっ?江田さんはそんな物を持ってるの?」

「そうよ。ジャケモンのサン&ムーン購入特典の抽選で美貴が当てたけどクローゼットに眠ってるわ。それを着て猛君の家までケーキを届けてあげるわ。もちろん、ケーキはわたしの自腹で」

「お姉ちゃん、そんな事を言ってもいいの?」

「その代わり、トキコー受験そのものが出来なかったら来年中に販売予定になってる新商品MINTENDOのBUTTONは美貴は3年間凍結よ。受験してもトキコーに不合格だったら・・・そうねえ、美貴にはピッカチュウの着ぐるみでモーニングタイム中に店の前で呼び込みをやってもらうって事でどう?」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!人権無視の発言は酷いわよ!!」

「あらー、それくらいの事を言わないとあんたは本気を出さないでしょ?」

「うっ・・・」

「猛君はこの発言の証人よ。じゃあ、頑張りなさいよー」

「はあい」

 やれやれ、この姉妹もこういう所は昔と全然変わってないなあ。でも、トーチュウ時代にもこんなやり取りが何回もあったけど全て江田さんの予言通りになったのも事実だし、たしかにこのレベルの国語や数学では仮にトキコーを受験しても合格できるとは思えないけどね。ただ、美紀の例があるから一概に無理とは言えないけど。

「あー、そうだ。せんぱい、佐藤先生の写真を見る?」

「えっ?あるの?」

「うん。毎年4月にクラスの集合写真を撮るでしょ?その時の写真がアルバムにあるから。他にも運動会の写真とか」

「へえ。それじゃあ見せてもらおうかな」

「じゃあ、持ってきますよ」

「みーきー、それが終わったら夏休みの宿題の理科と社会、読書感想文をやりなさいよ」

「お姉ちゃん、読書感想文は終わってるよ」

「へ?何を書いたの?」

「若草物語」

「あんたさあ、それって小説じゃあなくてコミックでしょ!それも小学生向けのコミックを読んで読書感想文にしたんでしょ!!夏休みに入ってすぐ恵南市立図書館で借りたのはわたしも知ってるから手抜きは見え見えよ!!!」

「えー、コミックでも小説でも若草物語は若草物語だよ」

「はー・・・こんな奴がトキコーの後輩になったらトキコーの格が下がるわよ」

「まあまあ」

 とまあ、こんなやりとりがあった後にこえだちゃんがアルバムを持ってきて僕に見せてくれたけど、たしかに『ヴィーナスの化身』という表現がぴったりの先生だ。他にも1学期の校外実習や運動会の写真も見せてくれたけど、どんな服を着ても、どんな背景でも佐藤先生の美しさは変わらない。これじゃあ男子も女子も佐藤先生に熱狂するのも無理ないかな。僕もトーチュウの生徒だったら熱狂した一人だと思うよ。

 結局、江田さんは午後1時頃まで掛かって宿題を写し終えたけど、その時にはこえだちゃんも社会の宿題をやり終えて理科を残すだけになった。江田さんと江田さんのお母さんから宿題のお礼という訳ではないけど、菓子パンを沢山お土産に貰って(昨日の余り物ですけど)帰る事になった。

「せんぱーい、ありがとうございましたー」

「いやー、こっちこそお土産を沢山もらっちゃったから逆に申し訳ないよ」

「猛君、遠慮しなくていいわよ」

「まあ、これは僕以外の三人の胃袋に収まってハイお終い、って事になると思うけどね」

「せんぱーい、また家庭教師をやって下さいねー」

「僕が家庭教師をやらなくて済むくらいのレベルにならないとトキコーは難しいよ」

「うっ・・・はあい、頑張りまーす」

「それじゃあ、僕は帰るよ」

「「ばいばいーい」」

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