第18話 VSゲリュド
――――キィィィン、と。
鉄剣同士、一度の交錯で上がった澄んだ音が高くその場に残響していた。
空気を黒と紫の電鞭が灼き、巻きあがる熱気は舞台の中心へ向けて収斂されてゆく。
熱気と残響に呼応するように、場面の
《森林迷宮》内の草木たちは己が体を揺らし、殺し合いを祝福した。
じぃん、と宝剣から掌中に伝わる強い衝撃、骨に響く確かな感触に。リセリルカは口角を笑みの形に歪ませた。
それは、ようやく殺戮ではなく戦闘と呼べる行為が行えるのではという、強すぎる彼女が故の期待がにじみ出たものだ。
上がった口角はそのままに、剣を振り切った体勢そのままに。自らの背後にいる盗賊の長に向け、リセリルカは口を開く。
「――ようやく会えたわね、ゲリュドさん?」
その声に、ゲリュドは抜刀し振り切った剣を素早く中段に構え直す。
彼は、リセリルカの電撃に対しての特別な対策をしていたわけではなかった。
それでも彼女と剣を交えて、その電撃を受けてなお体が麻痺していないのは、彼自身の経験則――得体のしれないエルヴィーラの『
ぼんやりと、柔らかい白光がゲリュドの
纏う
「……あァ? こちとら、お嬢ちゃんみたいなガキに用はねぇんだが」
剣の間合いから一歩離れ、ゲリュドは油断なくリセリルカと――非力な盲者、ケルンを観察する。
(クソ、あの黒髪のガキ――やはり何かあるなぁ? でなきゃそうそう
エルヴィーラの金糸雀色とは似つかない色に、ゲリュドはほんの少しの安堵を覚えて――それをすぐに飲み込んだ。
(……いや、間違えねぇぞ。そうそうあり得るはずもねぇのさぁ、塒には相当数の部下がいたにも関わらず、侵入者が今ここにのうのうと居る状況が。つまりは、
警戒を濃くするゲリュドの心情も知らず、リセリルカが戦闘前の余興とばかりに軽口を放つ。
「あら、つれない事言わないで頂戴な――散々追いかけっこした仲じゃないの、やっと捕まえられたというのに」
皮肉気に口角を上げた彼女。
その金声玉振の声が、ゲリュドの耳朶を打つ。
同時に、彼はころころと転がる金の鈴を想起した。
「――――チッ、似てやがるなぁ、
その言葉を聞いた瞬間、リセリルカが苦虫を噛み潰したような顔をする。
機嫌の悪さを隠そうともせずに、彼女は大きくため息を吐いた。
「……はぁ、嫌なこと聞いたわ。全く以って面倒くさい、お姉様ったら。ちょっかいを掛けるのは、"王選"が始まってからにして欲しいものなのだけれど」
ぼそりと悪態を吐くように、リセリルカは王族の内情に思いを巡らす。
思考を打ち切る様に、ケルンから電転で伝わってくるゲリュドの立つ方へ顔を向け、彼女は人差し指を立てた。
「一つ、忠告しておくわ、盗賊団長ゲリュド? 軽々しく、自分が王族と関係を持っていると匂わせない方が賢明よ。私含め、身内が誰かに告げ口するようなことを許す性格をしていないから」
金糸雀色の少女の気持ちを代弁するかのような、分かっているかのような口ぶりに、ゲリュドは唾を吐き捨てる思いだった。
エルヴィーラは、既に自分を手放したのだ。今更、自分が何をしようが咎められようもない。第一、彼女はゲリュドにもう興味もないだろう。
すべては、過去の話。
そんな終わった過去に囚われているのだと、エルヴィーラに似た少女に笑われているような気がして。
自分に言い聞かせるように、ゲリュドは口角をひきつった笑みの形に歪ませた。
「はッ、許すも何も……もう終わった話だぁ――――!!」
そして、唐突に。
――――はらり、と。
金糸雀色の糸くずが、ゲリュドの懐から滑り落ちた。
彼は気づかず、緑苔の絨毯の上に落ちたそれをぐしゃりと踏み締める。
囚われた過去を切り捨てるかの如く、踏みしめた足裏に力を込め、リセリルカとケルンへ向けて地を蹴りだした――――
***
「――『
ケルンの『
剣を持ちながら掲げる右手から褐色の魔法陣が展開し、世界に少し変化をもたらした。
「――――クッ!? 土魔法かぁ!!」
ゲリュドが踏みしめる足元が不規則に揺れ――バカリとその場に地割れが生じる。
倒れないように、その強靭な両足でバランスを取ろうとしたゲリュドを、魔法によって急激に迫り上がってきた地面が、空中へと押し上げた。
「ケルン、ちゃんと
リセリルカはゲリュドが空にいる間隙に、その背からケルンを地面に下ろし――バチバチと体から紫の
一足ごとに苔を抉りながら、ゲリュドへ向けて突貫を開始した。
「ッ……!!」
悍ましい程に音高く迸る
白い輝きが優しく
――ゲリュドがしなけらばならないのは、リセリルカが使う魔法の対策だけではない。
受け身の取れない空中へ投げ出されている中、先ほど彼女が見せた――確かに骨に響く剣技を受けきらなければならない。
ギリリと歯を噛み締め、空中で姿勢を制御する。
どうにか剣を正中に構えた所で――紫紺の輝きが迅雷の如く眼前に迫った。
「――ふッッ!!」「――うらぁぁァァ!!」
二度目の交錯は、先とは対象的に。
――地上から跳び上がり、斬り上げるリセリルカと、上空から撃ち落とすゲリュド。
互いに、裂帛の気合いをぶつけ合う。
紫紺が空気を焼き、ゲリュドを噛み殺さんと
そうはさせじと、白い防護の光がそれをとどめ、押し返した。
剣と剣、魔力と魔力が
激突の数舜――その感覚は、二人のヒト種に時間を超越させ、何倍にも密にさせる。
最善に、効率的に、効果的に――相手より強く全身の力を、推進力を、剣に伝える。
二人は、その一瞬にできる全てを絞り出す。
激情を、心の叫びまでもを、全てを――剣に乗せるのだ。
「――ハァァッッ!!!!」「――ガァァッッ!!」
喉から迸る互いの力の主張が、《森林迷宮》の空気を熱してゆく。
熱された空気は膨張し、その緊張感をさらに膨れ上がらせ――
――ギャリィィィィン!!!!
その均衡は、緊張はいとも容易く。
天高く弾かれた鉄剣が、破り去った。
「――――ぐっ……!?」
「いい一撃だったわ――『
紫電を纏う少女が、勝利の凱旋だとばかりに口角を歪める。
白光を纏う大男が、手の痺れと少女の異様な圧力に口角を歪める。
歪めた口角の意味合いは、圧倒的に、致命的に異なっていた。
高音域の澄んだ音が響く中、リセリルカは風魔法をゲリュドに――否、剣を振り切って落下に入った自らの体に向けて発動させた。
「ア゛がッ!!!!????」
突風がリセリルカの体を支え、ほんの少し浮き上がらせる――同時に彼女は体を回転させ、大男の脇腹に回転蹴りを叩き込んだ。
蹴りの衝撃でゲリュドの体が少し浮き上がり、鈍い打撃音があたりに響く。
体幹の筋肉で体勢を整えようという試みは、その一撃で無為に終わる。
一層笑みの形を深めたリセリルカは、もう一度魔法を紡ぐ。
少し体を浮かすと同時に、彼女の華奢な指が第二関節まで曲がり――掌底をゲリュドの
「――――――――!?!?!?!?」
少し水分を含んだような破裂音と共に、ゲリュドの肺から空気が全て吐き出される。
――同時にフッ、と。彼を守っていた白魔法の防護が掻き消えた。
魔力供給の集中が途切れ、刻まれた魔法陣の効力が切れたのだ。
迸る紫電が――獲物に飢えた獣の顎が、ゲリュドの体を喰らいつくす。
電鞭がバリバリと音を上げながら、大男の体を這いまわる。
「――終わらないわよ、まだ」
リセリルカが一撃を入れる度、ゲリュドは反撃不可能な衝撃を負う。
少女がその華奢な手足を振るうたび、その落下分だけ大男が浮き上がり――文字どうり、終わらない連撃が始まった。
「――ぁ゛ッ……ぐ」
ゲリュドは、自身の体の内に響く衝撃音と共に、懐かしい感触を思い出していた。
(……は、おんなじじゃねぇか。揃いもそろって、王族ってのは皆こうなのかぁ?)
リセリルカの拳が、ゲリュドの下顎を捉える。
キーンという耳鳴りと共に、彼が見ている世界が揺れ動いた。
消えかけた視界で、遅ればせながらゲリュドは、リセリルカの目が潰れていることに気が付いた。
(あぁ……? こいつ、こんな強ぇぇ癖に、どこで怪我を? 目と言えば……盲目のガキが居たなぁ……なんで俺ぁ、こんな時に、こんな事ぁ考えてんだ?)
風魔法が、いっそう強くリセリルカを押し上げる。
ゲリュドより高く舞い上がった彼女は、今度は反対に――自身の体を、地面に向けて加速させた。
「――はぁッッ!!!!」
凄まじい速度で落下していくリセリルカが、ゲリュドを追い抜く寸前。
――彼女の体が回転し、
「――」
下方への推進力を余すことなく全て乗せたリセリルカの蹴りで、ゲリュドの体がくの字に折れ曲がる。
言葉を発することもなく、
――直後。
リセリルカの拳を浴び、空中で帯電したゲリュドの体を。
バリバリと大気を震わすほどの紫電が、追い打ちのように駆け巡った。
戦いの終わりを告げるように、ゲリュドの手から離れた剣が回転して地面に突き刺さる。
その傍には、震えながら戦いを見守っていた少年がいた。
「ケルン、大丈夫よ。意識が戻ろうが、ゲリュドは動けないわ」
「――ッ、うん……」
リセリルカは着地後、『
その声に導かれるように――非力な盲者は、震える手で剣の柄に触れた。
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