光の向こうのガーリャ

まつか松果

帰り着く家 1

 一九四〇年の十月、オーレグ・ガルバイヤンは風の吹く田舎路を独りで歩いていた。

 彼が羽織っている時代がかった黒いローブは、十三歳の少年には少し大きすぎた。しょっちゅう足に絡まったり裾を踏んづけたりするのでその度に歩みを止めねばならず、彼は父祖の国であるジグラーシの言葉で悪態をついた。

 

 魔法使いなどという前近代的な職業が、今時どれほど一般の人に認められているのかは知らない。少なくとも自分は認められようと努力してきたつもりだ。八歳の時に高名な魔法使いソロフの元に預けられてから、ずっと。けれどもうやめだ。


 先月、魔法使いとしての自分の能力を測られる『査定』を受けた。結果は予想した通り、散々なものだった。おまけに査定官から適性を疑われるような扱いを受けたこともあり、もう魔法の修行なんて懲り懲りだという思いが日増しに強くなってきた。


 度々師匠の元を抜け出し、覚えたての飛行術を使って姿をくらましてはまた連れ戻される、という日々を繰り返し――ついに師匠から『家に帰ってしばらく静養してはどうか』と言われてしまった。

 静養とはつまり、体のいい謹慎だ。


 わかっている、自分はザルの目から落ちこぼれた麦粒のような存在だ。

 十代の少年ばかり六人も預けられて共同生活をしていれば、自ずと序列のようなものができる、それはまあ理解できる。オーレグは一番年下だったし、喧嘩も強くはない。しかしせっかく持たせてもらった杖さえ怖くて使いこなせないくせに、力が暴走してしまうのは自分でも途方に暮れるしかない。

 

 どうせ自分は魔法の修行よりも絵を描いているほうが好きな変わり者なのだ。いっそこのまま師匠の元になんか帰らず好きな絵の練習だけをして、将来は絵描きとして生きていけたらどんなにいいか――少年の空想はそこまでで萎み、一気に目の前の現実に引き戻された。


 乾燥した田舎路に土埃を巻き上げながら、何台もの軍用トラックが走って来る。食糧の調達のため、こんな田舎にまで彼らは来なくてはならないのだ。道の脇に避けてローブで口元を覆うオーレグに向けて最後尾の荷台に乗っていた若い兵士があざけるような視線を投げ、やがてトラックの列は通り過ぎた。

 

 ようやく土埃が収まった道に唾を吐き、オーレグは天を仰いだ。枯れ草の間から見上げるそこには雨雲の気配こそないが、青空というには寒々しく、彼の瞳と同じように淡く寂しい色をしている。


 絵描きになんてなる前に、自分の未来は終わるのかもしれない。遠い世界の出来事でしかなかった戦争という得体の知れない怪物が、じわじわと肥大して世界を喰おうとしている。すぐに終わるよ、と大人たちは言ったが、その『すぐ』はいつのことだろう。もしもこのまま何年も終わらなかったら? さっき見た若い兵士のように、数年後には自分も……

 ふと途中の駅で周りの人が声高にしゃべっていた話を思い出した。つい数週間前まで、海峡の空の上で隣国との派手な航空戦が繰り広げられたこと。後発ながら優れたレーダーを持つわが国の空軍が『圧倒的勝利』を収めたこと。

 大人たちが嬉々としてしゃべる姿は滑稽に見えた。戦闘機乗りたちのどこか中世を思わせる『一騎打ち』など関係ないとばかりに、首都ブラスゼムは無差別の空爆で焼かれた。そんなことはオーレグのような子どもだって知っている。一体どこに『勝者』がいるのか。


 彼は再び空を見上げて考えた。人は死ねばどこへ行くのだろう。あの空の上で散っていった魂は、どこに辿り着いたのだろう、と。

 

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