69 衝撃の真実は最悪の後で


 キラキラキラキラ、真っ赤な目が輝く。

 ふわりゆらりと、ピンクのツインテールが揺れる。

 耳も隠れてしまうほどに大きな、赤いキャスケット帽。


 リッカ。もとい斉藤律華サイトウ リツカは、かつてナインのクラスメートだった少女だ。


 薄黄色のドレスシャツにワインレッドのベスト。大きな赤のリボンタイの留め金には金細工に真っ赤なルビーの付いた飾り。赤に黄色い縁のケープ。赤とピンクのチェック模様が入った、フリル付きのミニスカートに、薄い桃色のニーハイソックス。ワインレッドのブーツ。

 赤系統の色調で統一された服装は、髪や瞳に合わせたのだろう。


 ナインが知っている、リッカの好みそうな服装なのだ。本物の探偵帽は頑として被らなかったが、手作りの大きすぎるキャスケット帽を被るところも。


「つまり、リッカがリッカとしてリッカ的な頑張りを見せればいいわけだねっ」


 あまりに特徴的な口調もリッカそのもので、疑う余地もない。

 バッチーン☆ などという効果音つきのウィンクに、ナインは目を白黒させた。


「たしかにいてくれた方が助かるけど」

「ああ」

「ますますヤスシの協力を取り付け難くなったよね、これ」

「ああ……」


 ナインとユウトは、リッカが現れた瞬間に揃って頭を抱えた。

 ナインが頭を抱えるのは、相当な事が起きた時のみだ。何故なら、本人が1番、面倒事を持ってくる確率が高い。厄介さを知るのは当人以外なのである。


 もっとも、ナインはそれすら計算に入れて、ギリギリユウトの許容範囲内に入るよう調整できている分、マシといえた。要するに、空気を読んで読まないフリをしているのだから。場を弁える事はするし、外向きには気が利く少女で通しているのだ。


 しかし、リッカは違う。

 素の状態で空気を読まない。そもそも空気を読むという行為が、頭の辞書に書き込まれていないのだ。そのくせ頭はよく、故に天才探偵の名をほしいままにしている。


 推理が得意なのに、空気を読まない。


 実に厄介である。


「じゃあじゃあ、リッカはリッカとして頑張るですよ。ヤス君もいるなら百人力ですしっ!」


 にっこり、太陽を思わせる輝かしい笑みを浮かべて、リッカは見るからに雰囲気が暗い2人に飛び掛る。

 うっ、とうめく声が聞こえたが、当のリッカは全く気にしていなかった。


「百人力どころかマイナス千人力になりそうって思うのは私だけかな」

「安心はさせたくないが、俺もだ」


 未だ城に向かう途中。これからモンスター出現の問題を話し合うという大仕事が控えているというのに、空気は重い。

 リッカは満面の笑みを浮かべているのに、その周囲が軒並み口元を引き結んでいるのだ。一言二言でリッカの性格は分かる。少なくとも、ナインよりずっと話が通じない事は。そもそもナインは行動こそアレだが、話は案外通じる類である。


 これでも。








 ルナ・ノアにおける文明は、長い歴史の中で前進・後退を繰り返している。

 今現在は前進をし始めた段階だ。それも、魔法がより発展し、科学はあまり進んでいない。ネオンを思わせる眩しいほどの街灯が並ぶ光景に、ナイン達の気は紛れた。


 リッカがいれば場が明るくなるものの、彼女と話している当人が疲れる。

 実際、ナイン達がどれだけ無視して、どれだけリッカを抜いた会話をしていても、空気を読まない彼女の口が止まる事は無い。


 リッカが楽しそうに話しつつ、全く別の話題に花を咲かせ、時折リッカの言葉に相槌を打つ。

 そんな光景を見て、マシンガントークとはこの事なのではなかろうか。と誰もが思う。


 別に隠れて来たわけではないので、最高ランク優勝者、かつデモンストレーションに出てきたナインは目立っていた。

 何せ彼女は変装もせず、まだユウトの腕に抱かれていたから。


 プラチナの長髪が、街灯に照らされて艶めく。ふわりとなびいた髪は甘いかんきつの香りを纏い、少なからず鼻の利く者達が振り向いたが、それは完全な蛇足である。

 本題は、すぐそこに迫っていた。


「思っていたより遅かったですね」

「あー、うん」


 城門は、長い橋の先にある。城自体が大きな堀に囲まれており、橋の下には美しい透き通った水が張られているのだ。街頭の光と、それから水の中にすむ生物達が放つ色とりどりの光が、実に幻想的な光景を生み出している。

 その先で、開いている城門の傍に佇むヤスシもまた、美しい光に照らされていた。

 ナイン達が来た事に気付き、揶揄うように話しかけてきたヤスシ。


 しかし、おざなりに返された返事に目を細める。


「……どうしました?」


 力無く返された声からして、緊急事態が起こった様子は無い。ただ、厄介事をにおわせる言い方が気になり、ヤスシは尋ねながらナイン一行を見渡す。

 そして、気付いた。


「何故、リッカがここに?」


 分かりやすく眉をひそめてそう放つ。


「ヤス君だ! お久しぶりなのですよ♪」

「ええ、お久しぶりですね。個人的にはもう少し後にお会いしたかったのですが」


 きゃぁ、と嬉しそうな声を出したリッカが、ふわり、跳びあがる。

 そのままの勢いで、仁王立ちになったヤスシへと抱きついた。今は夜だというのに、リッカの周りだけが明るく見えてしまう。


 心なしかナイン達と再会した時よりも明るく、ふわりと微笑んでいた。

 そんな彼女を放っておいて、靖はジロリ、とナインを睨みつける。


「まさか、厄介事ではなく、厄介そのものを持ってくるとは」

「持ってきたというか、付いてこられたというか。一応言っておくと、付いてきてとは言っていないし、彼女の力は必要だと思ったのも事実」

「……そうですか」


 ヤスシは全く感情の込められていない声で話す。

 心なしか目からも光が失われ、眉間にシワが刻まれた。


「リッカはリッカとしてここに参上したのだぁーっです!」

「はぁ。相変わらずうるさいですね、リッカさん」

「ヤス君はヤス君として相変わらず堅苦しいのですねっ。こう、雰囲気的な意味でですが」

「少なくとも貴方よりは真面目で」

「リッカはリッカとして問題解決意勤しむですよ♪ ヤス君がいれば百人力なのです!」

「……どう考えてもマイナス千人力くらいになりそうです」


 計らずとも先程のナインと同意権になってしまったが、ナインもユウトもヤスシの名誉のために口をつぐんだ。

 リッカがいる今この状況で、これ以上彼に負担をかけたくなかった。

 ナインは、加虐思考を欠片も持ち合わせていない。


 ナイン達が目配せしている間にも、ヤスシとリッカの言い合いは続いている。


「ですから、貴方は何故ここに」

「リッカはリッカとして生まれたからですよー」

「もう少し具体的に教えてくれませんかね? 僕が聞いたのは、貴方が何故この世界にいるのかではなく、何故今この状況でこの場所にいるのかを聞いたのですが?」

「ですから、リッカはリッカとして、リッカ的に」


 堂々巡りである。

 ヤスシの額の青筋にも、声に含まれた怒りにも気付かないリッカは、ただただ明るく頭も良いのに、空気を読まず他人と積極的に触れあいに行くタイプだ。


 対して、律儀に彼女の会話にいちいち取り合うヤスシは、とにかく真面目で人と触れ合う事をどちらかというと苦手としている。必要最低限以上の接触を嫌うヤスシにとって、リッカの人の話を聞かないほどに明るい性格は、天敵だ。





 あえて言わせてもらおう。





 ―― ヤスシとリッカの相性は、正に『最悪』なのである。





   ―― 彼等にとっては。





「……まぁ、リッカとまた会えたのは、嬉しい事なのですがね」

「「え?」」

「うふふー、ヤス君は相も変わらず素直じゃないですよ~♪」

「黙ってください。これ以上ボロを出したくないのなら」

「ボロなんて無いのですよぅ。リッカはリッカとして、ヤスシのリッカ的な空気をもう隠さず余さず自慢したいといいますかー」


 リッカは丸いほっぺたを、無表情のヤスシに擦り付ける。

 それを目にした彼等を知るナインとユウトは、目を丸くした。ヤスシとリッカの言い争いは日常茶飯事であり、その争いを日常的に見てきた彼らにとって、それは信じられない光景だったのだ。

 言葉のかけあいから始まり、酷い時はテニスなどのスポーツで決着をつけようとして失敗した時などは、延々とお互いが気絶するまで勝負が続く。


 取っ組み合いの喧嘩にこそならなかったものの、見ている側は常に気を張る争いだった……。


 それを見ているからこその反応である。


 今この場にいない先生達でもそうなるだろう。

 驚きに固まる彼等の様子に、ヤスシはこてん、と首を傾げた。それから顎に手を当てて、少し考え込み、ポン、と手を叩く。


「ああ、そうか、元クラスメイトで知らせたのは、唯一『裁縫士』だけでしたね」

「そーだっけ」

「僕達の服を作ってもらったでしょう。忘れたとは言わせませんよ」

「うんっ。リッカはリッカとしてあのドレスがお気に入りだったですよ……」

「……また会えたら、もう一度作ってもらいましょうか」

「……うん」


 要領を得ない会話に、いよいよナインが焦れる。僅かに膨れ始めた頬を見て、ヤスシがふわり、と笑った。

 ヤスシにしては珍しい、何の含みも無い、自然な笑顔である。


 そして、笑顔のまま、リッカを横抱きに抱え直した。


「僕達、元の世界で結婚したんです。19歳の時に」

「……ふぇ?」

「ですから、結婚したんですよ。別姓ですし、仕事の関係で同じ家には住んでいませんでしたが」

「もうすぐ一緒に住めるってところで、世界崩壊が起きたですよぅ」


 小さなヤスシの肩に頭を乗せるリッカ。帽子が大きいために顔がもう見えないが、声色からかなり残念がっている事が窺える。

 頬を膨らませているのが目に見えるようだった。

 ヤスシはそんなリッカに頬ずりをしてやると、しばらくしてくふくふと機嫌が向上したらしい声が漏れてきた。

 ヤスシが、リッカのご機嫌取りをしたのだ。


 生真面目で、リッカと相性最悪だったはずの、ヤスシが。





「え……えぇー?!」





 城門前で明かされた衝撃の真実は、ナイン達の頭を抱えさせるに十二分な効果を持っていた。


 会議開始30分前の出来事である。


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