59 ブレイクタイム


 ここで1つ、昔話をしよう。


 転生する前のナイン達の住んでいた世界の話だ。

 しかしこの話の主人公は、ナインでは無い。


「―― 初等部3年Aクラスの不思議? ですか?」


 彼女はこてん、と首を傾げた。


 どこかにあった町のどこかにあった学園。初等部から高等部までの校舎が固まっているそこは、何と呼ばれていただろうか。

 まぁそれはともかく。

 その学園の初等部に配属された、新任の教師がいた。


 彼女は背丈が平均よりも低く、顔も童顔でそばかすだらけ。得意な教科も無ければ不得意な教科も無い、所謂オールラウンダーだった。


 彼女の名は―高橋千鶴タカハシ チヅル―。


 極々平凡と自称する彼女に割り振られたのは、極々平凡―― とはかけ離れたクラスだった。

 それは、あるいは都市伝説や七不思議に数えられてもおかしくない現象だ。何せある分野における天才児が、ここぞとばかりに集まったのだから。

 ナインがその筆頭格である。


 歌姫、ピアニスト、医者、料理人、野球少年、水泳、空手、スケーター、漫画家、ゲーマー、木工士、マジシャン、時計技師、建築士、セラピスト、棋士、ハッカー……。

 そこに通う子供達は、1クラス35人全員揃って天才児なのだ。


 そこから名付けられたのが、ディザスター。


 どこにでもある、平穏そのものの町の中に生まれた、小さく、それでいて世界を揺るがす大きな不思議。そのクラスの噂は、一足先に世界へ飛び出したナインを起点として瞬く間に広がった。


 ナインは歌姫。

 ユウトは医者。

 エーヴェ、もといイチヤはピアニスト。


 といった風に、必ず何かに突出しすぎた才能を持つ者で構成されていた。

 ナインが何かをしたわけではない。彼女はただ、彼等が世界に羽ばたくための手段になったに過ぎない。彼女がいようがいまいが、おそらく全員、遠からず世間に顔を出したのだから。


 それは運命だ。

 千鶴もまた、その1人。


 だからそのクラスに、新任でありながら赴任する事となったのだ。

 何せ個性が強い面々ばかり……しっかり者は極少数、のんびり屋が少々、はっちゃけ系が5割、ネガティブが1割、残りは超絶ポジティブが約1名、病人が3名ほど。

 といった感じの、実にカオスな空間である。


 才能に関する指導は、その学園では力不足で、それぞれがそれぞれの家で伸ばすしか無い。とはいえ本当に学校では何も出来ないとすれば、教師など必要なくなってしまう。

 個性が強い彼等を導き、幼いうちからきちんとした教養を。

 そう求め、所謂『オールラウンダー』を欲した学園側は、やはり天才を持ち出した。


「でも、1人でやるには、些か役不足よね。到底人数が足りないわ!」


 千鶴は芝居がかった動作と口調で教壇に立つ。


「なら、どうすればいいのかしら? まずやる事と言えば1つだけれど……」


 コロコロと雰囲気や声音を変え、カカカッ、とチョークを走らせる。

 あっと言う間も無く、黒板には白いチョークで、千鶴と書かれていた。


「そう、まずは自己紹介。私の名前は高橋千鶴。どこにでもいる、誰かが出来る事なら何でも出来る、別名『オールラウンダー』……よろしく、天才児達」


 にこりと微笑めば、目の前にいた子供達―― ナイン達は、目をキラキラと輝かせた。

 その力強い声と一挙手一投足に込められたそれは、確かに『天才』のそれなのだ。


 オールラウンダー。

 またの名を『仮面無きオペラ座の怪人』という。


 彼女は誰よりも、演劇に突出した才能の持ち主だったのだ。


 教師というのは、元々演劇の幅を広げるための手段だった。しかしながら、その教室に入った途端に考えは変わった。変えられた。変えさせられた!


 ここでもやはりナインを筆頭に、そこにいる者全てが天才なのだ。


 同じ天才でも、全くベクトルの違う天才達。

 それを教育するというのは、同じく天才と呼ばれた千鶴しかいないと。

 それは一種の使命のようにすら感じた。


 天才達に触れ、しばらく興奮が治まらなかった。


 課せられた使命は2年間のみのもの。

 それでも。千鶴は気合を入れ直したのだった。







 千鶴以外にも新任の教師がいた。


 名前は―佐藤要サトウ カナメ―。


 そちらはさすがに天才ではない。むしろ、どんくさく、ドジな面が目立つ先生だった。教師、というよりせんせー、という感じの。

 ゆるふわ系の女性だった。


 そのくせ千鶴よりもボディラインがはっきりしている。何度かわざと失敗しているのでは、そしてわざと豊満なボディを誇示しているのでは。という邪念が生まれるほどに。


 しかしこれが中々どうして、単なるドジなのだ。

 一生懸命さだけで言えば、何と言うか天才染みていた。

 一生懸命さだけは。


 そのため好かれていたし、本人もそれを励みにがんばっていた。

 の、だが。


「いやぁあああ! ごめんなさいぃぃいいい!」


 彼女は、してはならない事をしてしまった。あろう事か『医者』の子に、2度もケガを負わせてしまったのである。

 顔だけでなく全身を一生包帯ぐるぐる巻きにしなければいけないような大惨事だ。


 それで何故辞任に追い込まれなかったかと言えば、証拠の捏造と隠蔽があったためである。

 ナインが生きていれば、ふざけた調子で「わぉ、みんな男前☆」などとのたまったようなかっこよさを、これでもかと前面に押し出していた。


 ケガをした本人と、目撃者だった『探偵』と、証拠集めをした『風紀委員』が協力した結果である。真実の湾曲は、常に品行方正である彼等には朝飯前だった。

 しかして頑張り屋の彼女に対する冒涜でもあるのだが、その冒涜こそが彼女に対する罰であると、彼等はいっそ開き直っていた。


 彼等から『歌姫』が失われた直後の、クラス全員が満場一致での決定だ。

 覆るはずが無い。


 彼等はこれ以上、何も失いたくなかったのだから。







 しかして世界は残酷だ。


 世界は彼等から、世界そのものを奪って行った。

 世界が崩壊する間際、次々とクラスメイトが、生徒が消えていった。


 恨んではいない。恨むなどお門違いだという事は全員が理解している。転生処理は特例なのだから、それだけでも神様からありがたい慈悲が施されている。


 しかしやはりというか、こう思う者は出てしまうのだ。

 慈悲をくれるならば、いっその事世界と共に消えてしまいたかった。


 それほどまでに、彼等はそのクラスが大事だった。


 たとえ学校を卒業していても。たとえ別の学校に転勤しても。離れ離れになり、歳も離れていたはずの彼等には、確かな絆が存在していた。

 既に死亡していたナインを中心として。


 ……だから。


「私達が揃ってここにいるなんて、やっぱり使命的なものを感じるわ!」


 チヅルはそう言った。


「ならば、私達がする事は1つですねぇ」


 カナメは静かに頷いた。


 彼女達は、花の蕾から生まれた。蕾の中から、ふわりと浮かび、手の平サイズの小人となった。そこから蝶を模した翼を広げ、花をイメージしたフリルの多いドレスを翻す。


 それは妖精。

 ここしばらく生まれず、その存在が伝説と化した種族。


 寿命が無いに等しく、魔力を多く持ち、しかし不死身ではなく衝撃に弱い身体の種族。

 2人は双子だった。


 チヅルとカナメは、生まれた直後の赤子のようにふわふわと眠りにつく。

 それは何日か、何ヶ月かの眠り。

 それらを繰り返し、ひたすらに力を溜めていくのだ。


 もう一度、愛しい彼等と会うために。


「―― 聞こえた? カナメ」

「―― ええ、チヅル。聞こえましたよぉ♪」


 チヅルは悪戯っぽく笑い、カナメはのんびりと微笑んだ。


 それはどこかで聞いた事のある音。

 それはどこかで聞いた事のある声。


 2人はふわりと浮かび上がる。

 飛び方も、魔法の使い方も、彼女達には手に取るように理解できた。それは神から得た転生特典である、スキル:理解のおかげかもしれない。


 そうでなかったとしても構わない。


 翼は普通の妖精には無い6枚羽。そのどれもが薄く、透明で、白い縁取りがされた特別なもの。

 キラキラとした白い光の欠片を散らしながら、2人は音のする方へと飛んでいく……。


 彼女達の使命とは。

 正しく導き、見守る事。


 それは皮肉にも、ナイン達を支えるためだけに存在する彼等と、同等にして同質。





 波乱は、すぐそこまで迫っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る