36 世界の理
紅茶を一口含み、一息ついたリリィ。
彼女は姿勢を崩して、不適な笑みを浮かべた。
「どれ、我が初めて出会った転生者の話をしてやろうか」
「「「!」」」
リリィの言葉に、ナイン達は揃って驚いた。
気になっていた事を、自ら話そうというのだ。それも、いかにも意味深な表情と言葉でありつつ、尋ねづらい雰囲気を醸し出していたのに。
クロウがそわそわしていただけで語りだすのだから、驚くのは当然だった。
「いいのです?!」
「うむ。よいぞ。ま、簡潔になるがな」
「わーい、なのですー!」
当のクロウは素直に喜んでいる。
クロウは、絵に関しては天才的な完成と技術を持っている。だが精神年齢に関しては、ナイン以上に見た目相応なのだ。
この中で、本当の意味で「子供の特権」が使えるのは彼だけである。
「とはいえ、我が見つけて保護したというだけだがな」
「保護、ですか?」
「うむ。見つけた場所は、大火事の起こった屋敷内。唯一残っていたそいつを鑑定して、生きていると確認した時にな、転生者だと分かったのだ。何にせよ放っておくと死にそうだったから、治療して教会に運んでやった。その後も気になって、何度も会いに行ってな」
「へぇ……」
懐かしそうに目を細めたリリィ。その視線は過去を見つめ、表情がとても優しげだ。
この時は、威圧感も消え去っていた。
「だがある時、そいつは魔王になった」
「え?!」
あまりに優しい雰囲気だったため、リリィの発した衝撃の展開に、一同は驚愕する。ナインの場合、
「魔王ってあれだよね。諸悪の根源とか、敵の親玉とか。勇者に倒されるあれだよね!」
「RPGの王道ストーリーでは、たしかにそう、だよな」
ユウトが肯定すると、ナインの瞳がよりいっそう輝いた。
「……そなたら。魔王について、どれほど知っている?」
「はい! いるという事を初めて知りました!」
元気に答えたナインに対し、リリィは頬をピクつかせる。
しかし特に不機嫌になった様子も無く。
むしろ、頬を紅潮させ、やや興奮した様子で、前のめりになった。
「魔王とは、かつて存在した魔神王と呼ばれる者を、かつての勇者が封印した時に生まれた存在だ。魔王は魔神王の力を継承した者の総称で、常に5人存在する。この世界が『ルナ・ノア』になる前からある、いわゆる創世神話の類だな」
「そんな昔の話なの?!」
「そ、そうなりますね」
ごくりと唾を飲み込んだのは、シュンだったのかクロウだったのか。あるいはそのどちらともか。
大スペクタクルの予感に、一同は思わずそわそわしてしまった。
何より、ナインとクロウが目を輝かせて、視線だけで続きをねだる。
「魔神王はな、人々の中に眠っていた力を、根こそぎ奪ったのだ。そして己はその全ての力を十全に扱い、長きに渡って世界に君臨した。それを止めたのが初代勇者なのだな。
しかぁし! 勇者は魔神王を倒したが、魔神王の持っていた力そのものは消し去れなかった。力はやがて世界を浸食し、崩壊させるほどのエネルギーを秘めていた!」
「お、おぉお」
ナインとクロウが、目を輝かせてリリィの話に聞き入る。
リリィも気分が良くなり、口上に演技が混じり始めた。
「そこで彼等は考えた。魔神王と同じ種族、すなわち魔族の誰かに、この力を継承できないか、と! だが大きすぎるエネルギーを受け止められる者はおらず、世界ですら、その膨大すぎる力を受け入れきれず……世界は崩壊しかけてしまう!」
「「ええ?!」」
「だがしかし! 誰も彼もが諦めかけたその時! 勇者の仲間であった魔神王の息子が、エネルギーを分割し、それぞれを誰かに継承させる事を思いついた!」
「「おお!」」
「力を5つに分割し、勇者が信頼できる魔族達へと配分。これで、世界は救われたのだ!」
「「わー!」」
はーっはっはっはー! と陽気に笑いを飛ばすリリィは、腕を組み、胸を張った。子供体型の割には胸が出ているため、強調される。
一方で、ナインとクロウははしゃいで拍手を送った。そうすれば、リリィもますます鼻を高くする。
シュンやユウトも、静かにしてはいたが、興味深げにリリィの声に耳を傾けていた。むしろ、その続きも聞きたそうに、虎と狼の耳をぴくぴくさせている。
「……ん? 魔王ってルナ・ノアにある全部の月に5人?」
「そうだが」
だが、感動は早々に切り上げて、ナインが疑問符をあげた。
「ルナ・ノアって、色々な世界が扉で繋がっているだけじゃないの? 何で、その全部で5人なの?」
「む。ああ、言い忘れていたな。と言っても、単純だが。ルナ・ノアという世界は、後から繋がった世界ではない。元々同じ世界にあった土地であり、また、それが再び1つになろうとした結果こそが、ルナ・ノアなのだ」
「えっ?! 月って、全く違う世界ってわけじゃないの?!」
「うむ。まぁ、昔色々あってだな。それはもう、一日では語れないような長編の話の後に、このように分割されたのだ」
おかげで移動が面倒だ、と付け加えて、リリィは頬を膨らませた。
日本の鎖国のように、分割された世界達は独自の文化を築いた。
ある世界はヒュミアが統括、ある世界は魔族のみが住む、ある世界はモンスターのみがはびこる。発展する文化は実に様々で、扉で繋がった後もあまり変化は無い。
最も変化が無いのは、科学文明であったりする。
「……おお、そうだ。聞いていなかったが、世界会議、そなたらは全員参加するのか?」
「うん。ここにいるのは、世界会議参加メンバーだけだね」
それ以外はリリィの覇気に耐えられなかったので、部屋の外にいる。
選別はしているが、数合わせの面が強いメンバーが多い。中にはついこの間まで、龍以外と会った事すらない子供も紛れているのだ。
長い年月を生きたリリィの覇気に耐えられる者は、実質この場に残っているナイン達だけだった。
「では、話してもよいな。我は一応、会議の創設者だからな。会議の代表者は全員平等の立場にあるが、それでも目に見えぬ角質は存在する」
「年功序列、なのです?」
「案外難しい言葉を知っているな。その通りだ。……いや、正確には、創設者である我が誰より発言権があると周知されている。そんな事は無いのだがな」
「俗に言う、暗黙の了解ってやつだね」
「うむ」
重々しく頷いて見せて、表情を曇らせるリリィ。
「当然のように、我と交渉する者が現れぬのだ。水面下では部下共が交渉しているがな。表立って動く者がおらず、我はずぅっと退屈している」
「あー、ずっと会話するのも疲れるけど、会話せずに気を張っているだけっていうのも、辛いよねぇ」
「分かるのか」
「とっても」
声のトーンを落とし、まるで抜け落ちたかのように表情をなくしたナイン。
天才歌姫と呼ばれた彼女でも。いや、だからこそ、表面上の挨拶だけを交わし、表面上のおべっかのみを一方的に語られる事には慣れていた。
もっとも、それは慣れているだけだ。
疲れる事が分かっていれば、それなりの対処が出来る。それだけの事だった。
「そこで、だ。我はそなたの事が気に入ったのでな。会議前には舞踏会やら晩餐会やら茶会やらも含まれている。どれが最初かは会議の開催時刻によるが、会議期間で我を見つけたら、即刻話しかけて来い」
「えっ」
年功序列、はともかく。
目上の人間に挨拶をするのは、目下の者の義務ではある。
当然、ナインにもその法則は適用される。
「そなたも、無意味な挨拶回りは疲れるだろう? 我の元へは全員、自ら来るのだ。ついでに挨拶すればよかろうが。どうせ面倒だとふて腐れ、途中で抜け出されるより随分マシだと思うぞ」
子供じみた期待の眼差しの中に、妙な妖艶さが混じる。
根拠なさげな子供っぽい発言と、正論を混ぜる大人の戦法のコンボ。
精神年齢は見た目相応のナインは、感動したように目を輝かせた。
「どうしよう、ユウト。名案に聞こえる!」
「迷案でなければ良いがな……」
面倒を避けるという点では、たしかに名案である。
だが、一時しのぎであるように思えて仕方の無いユウトは、迷案に思えた。
しかし、ユウトの心配とは裏腹に、リリィは退屈しのぎ。
ナインは面倒を避けるためにやる気である。
その笑顔が眩しいと言ったら。
「菓子は頼むぞ、ユウト殿」
「……はぁ」
貸し1つ、にも聞こえて、ユウトは溜め息を吐いた。
その夜、いそいそと新メニューの開発にいそしんだのは、本人のみぞ知る。
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