33 再び始まる騒がしさ
打ち上げのあった、その日の昼。
朝まで騒いだナイン達は、随分と遅い朝食を摂っていた。
今日のご飯は、栗もどきのポタージュと、焼きたてのパン。サラダと、随分サッパリしている。
ナインやクロウ達は幼体である事もあり、お酒は控えた。だが、そうではない大人組は、意外とたくさんのお酒を飲んだようで。
回復効果付きの水を使用したマロンポタージュにパンを浸して、食べる。
二日酔いには、これ以上無い薬であった。
もっとも、胃で消化される前に戻されれば、効果は全く無いが。
そこまで酷い二日酔いの者は、城の奥へ収容されていた。
辛辣なようだが……邪魔だから。
「服は?」
「デザインは既に出来ております。一度ご確認の上、お作りいただければと」
フランスパンに似た、硬めのパンをかじるナイン。彼女の横から現れたリミが、数枚の羊皮紙を取り出していた。
例の、世界会議用の服。そのデザイン案である。
「わ、これ、綺麗。程好い豪華さとシンプルさが混じって、動きやすそうだし」
幾つか従者用の制服のデザイン案が出来ていた。銀の月代表となるナインより目立ってはならないので、ナイン自身が着る物を決定してから出ないと作れなかった。
ナインが着ていくドレスはもう決まっていたので、あとは従者用の服だけなのだ。
「ただ、オウレンディアス様によりますと、この内の1着に対し、少し見栄を張ったようなデザインを加える必要があるとか」
「ん? どういう事?」
『世界会議における、代表同士の会合で身に纏うドレス・制服は豪華に。それ以外、例えば用意された私室への来客時に着ておくドレス・制服を分けるように、という事です。
また、制服はその2着を分けるだけで良いのですが、ナインに限っては公私で何着か分ける必要があるでしょう』
「あ、そっか」
一度着たドレスはもう着ない、というわけではない。だが何度も同じドレスを着ていると、たとえ清潔にしていても不潔に見られる上、ドレスを一着しか用意出来ない貧乏者と罵られかねない。
最初が肝心なのだ。
従者の制服も替えはいるが、デザインは同じで良いだろう。
また、公私で制服を分ける事を忘れないよう言い含める事を、ナインは脳内メモに刻んだ。
「そういえば、私のドレスは3着くらい考えてあったけど」
「……足りないでしょうね」
「だよねぇ。よし、出来たデザインに似たものや、あえて逆のコンセプトで作るようにしようか。あ、公私の私の方は、ある程度緩めに作ろう。私の背格好は子供だし、緩くてもオッケーだよね」
「承りました。改めて、厳選いたします」
「お願い」
ナインの声で、城中がわっと慌しくなっていく。
ぶっちゃけ、ドレスはすぐに作れるのだ。デザインする時間の方が、実質長い。
本番になってサイズが合わない、という事は、ロキに一任された【練成】ではありえない。たとえ世界会議の会場で作ることになったとしても、材料さえ揃っていれば作成自体は可能なのだ。
必然的に、デザインには時間をかける事になる。
「あ、こっちって、ハロウィンはあるの?」
「ハロウィン、ですか。収穫祭ならありますよ」
「収穫祭……まだ、農業は始まっていないのよね」
森の恵みとして、貴重な薬草はたくさんある。街を作る時に大量にあった物を収穫したため、これ以上は必要無い所まで来ていた。
というか、これ以上貴重な薬草を採れば、自然に対して深刻なダメージが予測される。
秋は実りが期待できる季節だ。
とはいえ、その実りを際限なく収穫すれば、自然に……。
と、堂々巡りの思考が、ナインの頭を占領していた。
「何故ハロウィンの話題を?」
シュンが紅茶を注ぎながら尋ねる。
ナインは憂いを帯びた表情で、温かいティーカップを受け取った。
「この街、ううん。国ってさ、まだ始まったばかりじゃない? みんな凄くよく働いてくれているし、それは感謝しているの。でも……」
「働きすぎ、だろ?」
「……うん」
ナインの言葉の続きを、ユウトが引き継ぐ。
そう、この国の人々は、今現在働きすぎなのだ。
元々頑丈な種族である事や、回復魔法などという便利な魔法があるために、この国の者達はこぞって休みを取りたがらない。
単純に人材不足である事も否めないが、それにしたって時間外労働が多すぎる。
それも、好意によるサービス残業という、何とも性質の悪いものだ。
ありがたい。だが非常に悪い方向のありがたさ。
早急にどうにかすべき問題だった。
「と言いつつ、お祭りだと余計に働く事になりますが」
「それなの。心身共に休ませるために、お祭りという名目が使えないか考えているのに、出てこないのよ。知っているお祭りはハロウィンだけだし」
「はぁ、なるほど」
シュンは気の抜けたような声を返す。
ナインの歌を聴けば疲れが一瞬で吹き飛んでしまうシュンには、あまり悩む必要の無い問題なので。
しかも、この国で働いている者のほぼ全員が、その体質を獲得している。
それでも、自分達を思ってくれるナインの優しい心遣いに、胸を打たれていた。
「たしかに、収穫祭と呼べる祭りは、収穫できるものが出来てからの方が良いですね。それに今現在、運営側が多忙ですし。ですがいずれ……そうですね。諸々落ち着いた時にでも、ナイン様の単独コンサートでも開けばよろしいかと」
「私の? それでいいの?」
正直なところ、シュンが大真面目に提案した事は、実に簡単に実現できる。グッズや土産なんかを考えたり作ったりする手間はあるだろうが、歌う事に関しては何の労力も要さない。
それがナインちゃんだからだ。
自分の好きな事で人を楽しませられる。これ以上に嬉しい事はない。
「ナイン様の歌声は魅力的ですから。今はまだ会場もありませんし、それらが整った後にいたしましょう。ああ、もちろん、そのコンサートに使う人員は最小限。慰労会の代わりに、どうです?」
「……いいね、それ! 私もちゃんと魔法を覚えれば、最悪私1人で準備できるし!」
含み笑いを浮かべるシュンに対し、ナインは瞳をキラキラと輝かせて頷いた。
もっとも、シュンは「絶対1人ではやらせませんけど」と心の内で考えているが。
そこに関しては、ユウトもアイコンタクトで賛同済みだ。
一瞬視線を交わすだけで意思疎通が出来るようになっている、ユウトとシュン。
彼等は、ナインに関する事だけは、非常に良いコンビネーションを取るようになっていた。
ナインが何をするのか予測し、対応するのがユウト。
ナインが何をしたのか記録し、対処するのがシュン。
次に何をするべきか、ナインが何をしたいのか。それぞれ考え、視線だけで情報共有を成すまでになった彼等には、完全なる絆が芽生えていた。
いつの間に、これほどまでに仲良くなったのか。
それは、本人達でさえ覚えていない。
……ナインが彼等に軽く嫉妬しているのは、ここだけの話である。
「それにしても、よくハロウィンって言って分かるね。ジャックの苗字と同じなのに」
「たしかに」
「ああ、昔はありましたからね、ハロウィン。それに、ジャック様の苗字は、ハロウィンという行事を象徴するお方だから付けられたと聞きましたよ」
シュンがそう言うと、ナインは驚きに目を見張る。
言い方からして、今は無いようだが、ハロウィンという名の行事があった事には驚いた。それもナインの故郷とも言うべき世界の、アメリカが改良したお祭りだ。
本来のハロウィンは、単純に収穫の時期に神様へお祈りを捧げるというもの。
そこにお祭り騒ぎを絡めたのは、アメリカ合衆国さんである。
「えっと……ハロウィンの事、誰に聞いたの?」
「急遽起こしになられたお客人です。名前はたしか、そう、リリィクレイル様、とか」
ナインは記憶の棚をひっくり返した。ただ、きちんと会ったわけではなかったため、そういえばいたかもくらの認識だが。
ジャックの仲間的な人だと、勝手に思っていたのだ。
『リリィクレイル……ヒットしました。紅の月の支配者と同一人物です』
「「え」」
特にナインが尋ねるまでも無く、ロキは補足してくれる。
「それって、ジャックが王様をやっている月のもう半分を持っている人、って事だよね!」
『はい、その通りです。ナイン』
「わわ、そんな凄い人が来ちゃったの?! リリィクレイル様、だよね?」
「―― 誰か、我を呼んだか?」
カツーン、と。
金属質な靴音が響いた。
ナイン達が振り返ると同時に、部屋の扉が重々しい音を立てて開いていく。
そこには、1人の少女が立っていた。
堂々とした立ち姿。
鮮やかな薔薇色のドレス。
凛々しい顔立ちに、子供らしくも艶のある声。
ルナ・ノア。幾つもの月が繋がった世界で、最も古く、最も強いとされる者。
彼女こそ――
―― リリィクレイル女帝陛下、その人であった。
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