31 秋の始まり
「酷いよー! お祭り終わっちゃったじゃないかー!」
「そのお祭りそのものをメチャクチャにしようとしたのは誰です?」
「誰だよ、そんなひどい事考えたの?!」
「お前だよ」
深夜0時過ぎ。
ナインが城へ戻ると、そんな会話が聞こえてきた。
1つは聞き覚えのある声だが、もう1つは全く聞き覚えがない。
強いて言うとしても、誰の声にも似ていない。
ただ、ナインはその声の主が誰かを当てるよりも、重大な事が分かってしまった。自分の後ろから、ただならぬ悪寒を感じ取ったので。
この後に起こるであろう惨事を、どう処理しようか。
ナインの脳は、それを考え始めた。
何よりもまずは掃除だが、誰に頼もうか。シュンは掃除が苦手なので、他の人じゃないとダメだろう。
ユウト? これからオシゴトをしに行くであろう人を、掃除に駆り出せるわけがない。
「えっと、ユウト?」
「ああ」
「あまり、汚さないように、ね?」
「問題無い。一発で、しとめる」
「意味は分かるけど、間違っても死なせないように、ねっ?」
ユウトは最後に頷くと、目にも留まらぬ速さで駆け抜けた。
そして。
城に、少年の甲高い叫びがこだました。
「いやー、すみません、うちの王様、凄く迷惑かけたでしょ」
「あ、いえ、そんな。迷惑なんて」
ユウトが再び、荷物を引き摺って地下へ向かった後。ナインは残された1人の青年に話しかけていた。彼はすました顔をしており、その表情からは全く感情が読み取れない。
だが、表情は読めなくとも、彼は分かりやすい人物だと、ナインは感じた。
「王はああ見えて寂しがりでして。自業自得の面もあるけど、かわいそうだからなるべく早期に返還を」
「本音は?」
「ザマァ♪」
「わぉ、良い性格」
何故なら表情があまり変わらなくとも、声がひどく楽しそうだったので。
誰もが感じ取れるであろうオーラが、いかにも楽しげだったので。
人にも色々種類があるのだと、この日ほど痛感した事は無いと、ナインは語る。
「さて。貴方がナイン様で間違いありません?」
人懐こい……とは言い難いが、何やら気の緩む微妙な笑みを、青年は浮かべた。
金に赤のメッシュが入った髪は毛先が跳ねており、耳辺りから下は刈り上げられている。非常にすっきりとした印象だ。
瞳は少し不思議な色合いで、見る角度によって違う。赤と緑の、どちらにも見えるのだ。
服装は執事服をアレンジしたようなもので、燕尾ベストの丈が異様に長い。色は黒で、下のドレスシャツの白とはきっかり分かれている。
靴は綺麗に磨かれており、馴れ馴れしい言動が無ければかなり礼儀正しそうだった。
「ナインなら私だよ。……あ。もしかして、ジャックをお迎えに来たの?」
ジャックはあれでも王様だ。お付きの1人か2人いてもおかしくない。
そう思い至ったが故にそう聞いたのだが、青年は首を傾げてしまった。
違うらしい。
「実は、あれでもうちの国で最も強いお方だから、連れ帰ろうにもどうしたものかと」
「強いのは何と無く分かるね。でも、連れ帰る……? あぁ、お仕事放棄中」
「やー、話が早くて助かる。うちは独裁国家に近いものがあるから、お仕事はそんなに無いのにね。うちの王様、あれだから。よくサボって違う月に来ちゃうわけだ」
「なるほど」
ナインが理解して頷いたのを見ると、青年はふっと笑みを浮かべた。
「君、見た感じ幼体だろ? やけに賢いね。さすが王様」
「私は代理だよ。元々ここに住んでいたわけじゃないし、住み始めてたったの一ヶ月と少しだもん。いずれ代わるよ」
「そう。……って、あ、自己紹介、すっかり忘れてたや。俺は― シリウス=サクラザカ ―。親しい奴からシリルと呼ばれる事もあるが、まぁ、好きに呼んでくれ」
シリルはナインと目線を合わせるように、跪いて自己紹介を済ませる。ナインも、既に名前は知られているだろうが、続けて挨拶しておいた。
彼はナインの頭のてっぺんから、足先まで、舐めるように観察する。
「ナイン様。今多分、あっちでお楽しみ中かもしれないけど、引き渡してくれません? ついでに向こうまで運んでもらえれば助かりますけどー」
「向こう、といいますと?」
「他の場所だと、赤の月って呼ばれている所。俺達に言わせれば、ディエルダールって国だね。年がら年中お祭り騒ぎの国だけど、どうかな?」
「あいにく世界会議に行かなきゃいけないので、パスします」
「え、あれの参加者? もう?」
ナインが指でバツを作ると、シリルは唖然とする。通常新参者が世界会議に呼ばれるのは、その月に代表となる国が創立されて1年以上経った後の事なのだから。
皆が皆ナインのように、宗教じみた信頼を、他の世界会議参加者から得られるわけがない。
これは単に、運と実力の賜物だ。それも運多めの。
その点、人との縁に関しては運がずば抜けて高いナインは、むしろ運だけで呼んでもらえた。
ナインちゃん様様である。
「じゃあちょうどいいや! ね、うちの王様、しばらくサンドバックにして良いから、世界会議までこの国に泊めてもらません? 会場にはこっちの方が近いし、連れ帰って戻ってくる二度手間も無い。何よりこの国は楽しそうだ!」
「……シリルも、ジャックと同類?」
面白そうな事に執着する様子が、ジャックによく似ていた。
もっとも、他人の都合を多少は考える分、あのかぼちゃの王様よりかはマシに見えるが。
随分と簡単に自分の上司を売っている点には、少々の同情を覚えるナイン。
だが、片付けなければならない仕事を放棄して、遊び呆けていたジャックの事を思い返す。どう考えても自業自得ではないか。
サンドバックという表現に戦慄したが、ナインはシリウスの提案を快く受けることにした。
「そうだ。この後、龍祭りの打ち上げがあるの。参加しない?」
「俺は何もしていない、というか、今しがた到着したばかりだけど、良いの?」
「もちろん! だってジャックは出られないし」
あのはた迷惑な結界のせいで、ナイン達は大いに混乱させられた。しかしあの結界を解く演出は、とても好評だったのも間違い無いのだ。
しかしジャック自身は、自慢こそすれ反省は一切していない。
そういうわけで、ジャックにはお預けさせて、その部下であるシリウスにお礼を言おうという事である。それを聞いて、シリウスは喜んで参加を決めた。
「でも、オムライスはあげない」
「あー、うん。そこまで楽しみにしている物は、取らないって。俺は長生きしたいから」
「……魔族って、普通に長生きなのでは」
「人による。というか、俺、4分の1しか魔族じゃないし」
「クォーター。それはまた、微妙な数字だね?」
「仕方無いでしょ。俺、元々ゼビアダールの生まれだし」
「……ゼビアダール」
ナインは、小さく俯きつつ横でふよふよと浮いているロキに目配せする。
ロキは目が合った瞬間に、口を開いた。
『赤の月の領土は、真昼の国ゼビアダール、宵の国ディエルダールに分かれています。
前者は女帝が治める、自由と秩序が成り立つ国。対して後者はジャックが治める、自由に溢れ秩序の無い国です。どちらも治安に問題はありません。
一見どちらも魔族の国に見えますが、ゼビアダールには混血種に対し、様々な人権を認める法律があります。一方で、ディエルダールは実力主義。血を重んじる風習は無くとも、強者が世間一般の貴族に該当します。なお、両国の関係は非常に良好です。
また、国境で景色ががらりと変わる事でも有名で、ゼビアダールは別名春の国。ディエルダールは別名秋の国と呼ばれています。魔物の氾濫期でなければ、観光都市となります』
(おぉ)
いつもどおり、完璧な説明である。動く辞書さんは今日も平常運転だ。
ついでに観光の情報まで付けてきた辺りは、やや疑問を抱いたが。ナインの思う動く辞書さんに、豆知識や雑学を教えてくれる機能は無かったので。
まぁ、ロキはロキだと、ナインはそこで思考を放棄した。
ロキはプログラムで動く機械じゃない。それなりに進化を遂げているという事だ。
ナインはロキの小さな頭を撫でてやると、次の疑問をシリルにぶつける。
「で、何の混血なの?」
「怖がらないって約束してくれたら、教えてあげる」
「驚く事はあっても、怯える事はないよ。どう?」
「いいね、それ」
シリルは目元を緩めた。
「俺は、簡単に言うと、妖精と天使、それから魔族に人間の混血だよ。巡り巡って、見た目がヒュミアっぽいけど、一応妖精の血が一番濃い。……こうしたら、そうっぽい?」
そう告げて、シリルは不敵な笑みを浮かべる。
すると、一瞬にして燕尾ベストの向こう側に、大きな翼が出現した。
鳥の、いや、天使の翼だ!
しかし形は天使のそれだが、色は透明で、薄く緑色に発光している。
出した衝撃で何枚か落ちた羽を拾い、ナインは観察してみた。
「わぁ」
透明な羽に、発光する緑色の線が走っている。細い線状の光が、薄緑色に発光する翼の正体なのだ。
よく見ると、羽に浮かんでいるのはトンボの翅のような模様だ。一部の人なら拒絶反応を起こすような、直線的な幾何学模様になっている。
それを見たナインはというと。
「すっごく、綺麗!」
うっとりした表情で、拾った羽とシリルの翼を見比べていた。
「え」
「えって何。こんなに綺麗なのに、怖がるわけ無いわ!」
「ぼ、僕も、綺麗だと思うのですよ」
「たしかに、虫に敏感な奴は毛嫌いするでしょうが。美しさに呆然とする事はあっても、恐ろしさを抱く者は少数でしょうね」
頬を膨らませたナイン。
ナインの後ろからひょっこり姿を現したクロウ。
ナインの後ろで控えていたシュン。
3人共に、シリルの翼は「美しい」と感じた。
その結果に、シリルはどうしようもなく、驚いてしまった。
目を丸くして、次に、どう反応すれば良いのか分からなくなって。
ぎこちない笑みを、浮かべてしまったのだった。
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