29 夏の終わり4


 重い雰囲気の中、小槌の音が響き渡る。


 城の横に作られた大きな建築物。まだ何の建物にするか決まっていなかったが、少年がやってきた事で、その用途はハッキリした。


 裁判所、及び警視庁。

 ナイン達が言うところの、それにあたる場所となった。


 建物名は、まだ決まっていない。


「何でこんな事をしたのか、正直に話しなさい」

「えー」

「正直に話し、そこに何らかの悪意があった場合。及び悪意は無くとも悪質であると判断された場合、貴方の罪は重くなります。承知の上で喋りなさい」


 話す度に小槌を叩くのは、意外とノリの良いシュンである。また証言台に立つ少年は、相変わらずかぼちゃのランタン達を従えている。


 逃げようと思えば逃げられる状況だ。

 しかし、この雰囲気が気に入ったのか、少年はどこと無く楽しそうにしていた。


「ユウト殿、罪状を」

「ああ。えー……公務執行妨害、になるのか。本人に聞いたところ、先日から夜空に上がる花火がいたく気に入ったらしく、暗くなると討ちあがる物なのだと誤解。そこから、夜の情景を生み出す結界を張ったものと思われます。

 また、結界を張った事は、本人も認めています」


 何せ、非常事態なので、弁護人やら検察なんかはいない。いるのは裁判長役を買って出たシュン、少年を捕まえてきたユウト、何と無く見守りに来たクロウ、そして審判を下すナインである。


 審判は裁判長がやる物じゃないかって?


 そこはほら、ナインちゃんですから。


 地獄の沙汰もナインちゃん次第、ってやつですから。


「俺との勝負に負けて、結界は解除する事になっている。が、まだ解除はされていない」


 そう締めくくり、ユウトは座った。ちなみに、検察側の席だ。


 今現在、外の状態は何も変わっていない。時間で言えば、お祭り終了宣言まであと―― 3時間ほど。この裁判モドキで、結界を解かせるしか無かった。


 結界を力ずくで破壊すれば、異変を悟られて、龍の里襲撃の悲劇が再発する恐れがあるからだ。


「内容に間違いは無いか」

「無いよー。ねー、何で花火上げないのー? 毎日上げた方が絶対楽しいよー? ドンッてなった瞬間、胸の辺りに響いてさ。あれはもう、本当、良いよねぇ」

『ネー! ネー!』


 反省の色が全く無い少年に対し、シュンは見るからに苛立ちを覚えていた。

 眉間のシワが物凄い事になっています、ハイ。


「有罪」

「待って、待って、シュン! 私、まだ聞きたい事あるの!」

「……ナイン様に感謝を述べろ」

「何か、一気に見下されたねー」

『ネー……』


 少年の頭に乗ったランタンが、どことなくしょんぼりする。

 少年自身はあまりショックを受けたわけでもなく、ケラケラ笑っていたが。


 彼はひとしきり笑い終えると、ナインへと視線を定める。


「で、聞きたい事って?」

「うん。色々あるけど、ねぇ、その姿って、本物?」

「本物も何も、それしか無いじゃないか。僕が住んでいる月から、かなり離れているし。変装する意味が、全く無いから、していないよ」

「ふぅん……」


 ナインが、目をキラリと輝かせる。

 同時にユウトの目が死んだ。明らかに、ナインが何か良からぬ事を企み始めたためだ。


 近々、何かが起こる。用心せよ。

 心の中で、誰かがそう指令を出した。


 シュンほどではないにせよ、ユウトの眉間にもシワが寄っていく。ナインはそんな事に気付かず、目を金色に輝かせて、目を見開いて前のめりになった。


「そういえば、貴方、お名前は?」

「僕? 僕は― ジャック=リック=ハロウィン ―さ! 純魔族だけが住む紅の月から、わざわざここまでやってきた、お祭り大好きな王様だよ♪」

『パンパカパーン♪』


 どこから持って来たのやら。ジャックの周囲にいたランタン達は、おもちゃのラッパやタンバリンを吹き鳴らす。

 ジャックの瞳が怪しげに煌き、限界まで口角を上げた不気味な笑みに、ナイン以外が引いた。


 外見も口調も態度でさえ子供のそれなのに、その笑顔だけは得体が知れない。


 ついでに、ランタン達が楽器を扱うと同時にぼんやり輝き始めたものだから、普段から護衛をしているシュンは武器に手を掛けている。


 しかし、ナインはそれを片手で制した。

 代わりに、他の誰も、彼のあまりの不気味な笑顔で忘れかけていた事を尋ねる。


 こてん、と首をかしげ、ジャックを指差して。


「―― 王様?」


 そう尋ねる。


「王様」


 ジャックは、こくん、と頷いた。


「……ジャックがぁ?」

「何その目?! 僕ってそんなに信用無いの?! あ、普通に無いか……でも酷くない?!」


 いかにも疑っています、といった目線に、ジャックは腹を立てた。


 しかし、無理も無い。

 見た目はヒュミア、言動は子供。王様らしさの欠片も無い。


 肌で感じる凶暴なまでの魔力量も、この森でナインの歌声を耳にした者なら、どうって事の無い威圧しか感じない。ナイン本人は別に強いと感じないほどだ。


「どうなの? ロキ」

『彼の言う通りです、ナイン。黒の月に最も近い紅の月には、真紅の女王と呼ばれる月代表が納める国。そして彼、豊穣の王が治める第二の月代表の国とが存在し、彼はその王です』


 ロキの辞典機能は、ユウトがジャックを捕まえた辺りから正常に機能し始めていた。

 実は結界を乗っ取る準備も終えていたりするのだが……それは話していないので、ナインは知らない。


 何で話していないのかって?

 聞かれていないからです。


 ナイン曰く『動く辞書』の二つ名は、今日もしなくていい仕事をしているのです。


「もーいーよ! 結界解いてやんね!」

「えー?! 何でー?!」

「だってだって、毎日花火上げた方が面白いに決まってんじゃん! でもって、ずっと夜ならずっと花火を上げられるだろ? こんな良い場所をセッティングしたのに、何で花火上げてくんないんだよー!」


 喚くジャックの声が、裁判所(仮)内に響く。

 その悲痛な声は、ナイン達の胸に刺さった。刺さったが……泣いている子供を見て、どうにかしてあげたい、という母性が働いたに過ぎなかった。


 特に、大人のスルースキルを体得しているナインは、一瞬でそんなものを捨て去る。


「寝る時、どうするの? うるさいよ?」

「耳栓して寝れば良いだろ?」


 ジャックは少し胸を張った。


「知ってた? 音ってね、振動なの。振動は空気を伝っていくから、耳栓した程度で音を止められるわけがないの。眠れないよ?」

「じゃー、遮音結界でも張って」

「この国ってね、龍とか魔族みたいに、魔法をバンバン使える人はごく一部なのよ。遮音結界を寝ている間中、ずっと張っていられる人、いるかなー?」

「そ、そりゃ、龍なら……」

「この国の龍ってね、みんなきちんと一定時間働いて、家に帰るのよ。帰ってきた時にはもう、お疲れなのよね。お分かり?」

「じゃ、仕事の時に」


 ナインが何とか諭そうと試みるも、形勢不利な状態でジャックは反論し続ける。

 ナインは常に笑顔で応対するが……最後の仕事の辺りで、ガンッ! と、金属質な音が響いた。


 検事側の席に、視線が集まった。


「―― これ以上働けってのか?」


 菩薩のような笑みをたたえた、ユウトが座っている。

 無駄なシワ1つとして無い、美しくも優しげな微笑み。


 しかし、その微笑とは対照的に、最早可視化出来るレベルの負のオーラが、彼からあふれ出していた。


 というのも、龍やシュンの同胞が、どれだけ一生懸命働いているのか、知っていたからだ。


 ナインのため、龍王国のためと、笑顔で働いている彼等が、がんばりすぎてオーバーワーク気味である事を彼は知っていた。

 そして、前世の記憶も重ねて、発言したのだ。


 過労死。

 日本人なら一度は聞いた事のある死因に、ナイン達は唾を飲み込む。


 ナインは社会人だったからこそ、当時小学生だったクラスメイトよりかは随分とよく聞いた。


「……ナイン。今回の判決は俺に譲ってくれ」

「あ、う、うん」


 コクコクと何度か頷いて、ナインはそっと、クロウの後ろに隠れる。


 さすがのナインも、今のユウトは怖いと感じてしまったのだ。


「ジャック=リック=ハロウィン。お前は有罪だ。結界を解除しないとか、そんなのどうだって良い。

 ……ロキ! お前の事だから、もう結界の解析は出来ているだろ。ナインの祭り終了宣言とほぼ同時に、結界が解除されるようにしておいてくれ。それで万事解決だ」

『サー、イエッサー』

「ロキの返答がおかしい事になっているのです?!」

「はわぁ……」


 ユウトはてきぱきと指示を出し、チラリと、溜め息を吐いたナインを見る。

 ナインはビクリと肩を震わせるが、好奇心に満ちた様子でクロウの背後から顔を出す。


「ナイン。愚者の腕輪を貸してくれ」

「えっ、いいけど」

「サンキュ」


 ふわりと浮かべられた柔らかな笑みに、ナインはぶわわっ、と顔が真っ赤になった。


 邪悪を取り払った、綺麗な笑顔。


 何故だかそれが直視できなくて、ナインは瞬時に愚者の腕輪を異空間から取り出して放り投げた。


「さて、行くか」

「え、ちょ。何これ。力が全然入らないんですけどー?!」

『ドー?! ドーッ?!』


 有無を言わさず愚者の腕輪をはめられたジャックは、ずるずると引き摺られて連れて行かれる。身体には力が全く込められておらず、ユウトに首根っこを掴まれたにも関わらず抵抗は一切無い。


 用途未決定の地下室直行通路に、ジャックは消えていった。

 やがてランタンの光も見えなくなると、残された面々は大きく溜め息を吐いた。


 一気に緊張が解けたのだ。


「……ユウト、かっこよかったなー……」

「「え」」


 しかしナインの一言で、再び場が凍りつく。

 頬に手を当てて、顔を赤らめるナイン。


 対して、他の2人は……。


「お姉ちゃん、あれは惚れる場面では決して無いと思うのです」

「ナイン様、僭越ながら、あれに顔を赤くするべきではないと愚考いたします」


 真顔で、ナインを否定した。


「惚れ……そんな事ないし、何で2人とも否定形なの?! ひどい!」


 小さく頬を膨らませ、そっぽを向いたナイン。

 その姿は何だかかわいらしい。


 クロウとシュンは自分達から目を背けたナインを見て、小さく溜め息を吐いた。

 それから、苦笑を浮かべてお互い見合わせる。


(これでもまだ気付いていないだろうなー)


 2人とも、そう思ったのだった。





 ちなみに、ジャック達だが。


 その後の彼等を知る者は、3日後まで現れなかった。


 ただ、龍祭りの打ち上げで出される料理の一部に美味しいかぼちゃ料理があったり、その時使われた飾りは、妙にかぼちゃのランタンがあったりした。

 ランタンは口や目や鼻がくり抜かれ、中に仕込まれたろうそくに火が付けられている。


 モンスターでは決して無い。


 ……。


 事情を知っているシュンとクロウは、それを見て戦慄した。

 あの後、何が起こったのだろうか、と。


 一方でナインは、ユウトその他が作った料理に舌鼓を打っていたのだが……。


 それはまた、別のお話。


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