21 うさぎらばーず


 リンゴ飴にチョコバナナ。

 金魚すくいに輪投げ。

 こんにゃく串にフライドポテト。

 やきそばにお好み焼きにイカ焼き。


 ユウト考案の、朱色の紙や黒い金属を組み立てて作られた提燈が、洋風の街並みに飾られ、何ともカオスな空間を作り出している。

 焦げたソースの香ばしさ、甘い蜂蜜の香り、肉を焼く音とニオイは、特に破壊力があった。

 美味しそうなニオイ同士が混じり、空腹に訴えかける。


 これも、それも、あれも、これも。


 食べきれないほどの食べ物を買いたいと、胃がせがんでくるのだ。

 ナインは美少女らしからぬ、よだれを垂らした姿でフラフラと、あっちこっちへ移動していた。




 初め、ナインは、予め用意されたイスに座っていた。そこでじっと待って、彼等の声を、ニコニコと営業スマイルで受け止めていた。


「お姉ちゃん、買ってきたのです!」

「ナイン、買って来たぞ」

「ナイン様、買って来ましたよ!」

「ナイン様、こちらでよろしかったでしょうか」


 ずらりと並ぶ、夏祭りでよく見かける品々。それが、綺麗なテーブルの上に広げられていた。

 それはそれで壮観である。ありとあらゆる、夏祭り特有のもの。それらが特別な配慮をされた盛り付けやらトッピングがされた状態で、自動的に運ばれてくるのだから。


 至れり尽くせりとは、正にこの事。

 ……しかし。


「お姉ちゃん、次はこれ……って、あれ?」


 それでは、ダメだった。




 お祭り。


「それは歩くもの」


 お祭り。


「それは自分で買うもの」


 お祭り。


「それは遊ぶもの」


 ……イコール?


「私は、お祭りを満喫するッ!」


 妙な決意と共に、ナインは1歩踏み出した。

 その姿は、見事なまでにその場に馴染んでいる。


 長い髪は短く切られ――髪は鱗と羽になって収納されている――、服はおめかしした平民程度の物――この日のために密かに用意してあった奴――となっている。

 それらを用意したのは、ひとえに、この事態を予想していたからである。


「あれだね。お祭りは自由度の高いイベントの1つだと思うの。それを、あの軟禁状態で送るのはどうかと思うわけですよ!」


 誰に向かって……いや、ロキに向かってそう叫ぶナインを、誰も見ようとはしない。

 何故なら、ロキが音も姿も、一時的に見えないようにしているから。


 何を隠そう、まだ変装は終わっていないのだから。


 急ピッチで髪の一部を青に染める。イメージとしては、ロキの髪だ。プラチナアクアマリンの髪に似せ、髪の先端が青くなるように染めていく。

 そしてカラーコンタクト……は、手に入らなかったので、ここはサングラスの登場だ。オレンジ色のガラスがはめ込まれたサングラスをかけ、結果的に金色の瞳に見えるように工作する。


 更に発声練習。


「あ、あー。どう、ロキ?」

『若い女性の声です』

「あ、ああ、あー。これは?」

『変声期前の男性の声です』

「じゃ、これだねー。OK! ロキ!」

『はい。結界を解きます』


 かわいらしいソプラノ。それは変わらない。

 だが、その声からは、ナインらしさが抜けていた。


 ハッキリとした滑舌も、透き通るような音も無い。強いて言えば、声の綺麗な男の子。


 姿は、中性的と言えば通ってしまいそうな。

 『ちょっとかわいらしい男の子』であった。


「魔力の放出を抑える練習。続けていて良かったぁー」


 普段、魔力を抑える気は無い。疲れることは無いが、別に隠す必要が無いから。

 しかし、今は必要だ。なぜならこれは、お忍び。魔力を感知する事の出来る者の多いこの世界で、魔力の垂れ流しはお忍びに最も向かない特徴である。


 故に、ナインは練習した。

 たとえ愚者の腕輪である程度抑えられても、それはある程度でしかなかったから。


 故に、ナインは練習した。

 誰にも気付かれないように、いつも傍にいたヤクモですら気付かぬように。


「行くぞ、ロキ! 今夜のお前は、肩乗りリスだ!」

『了解いたしました。容姿選択……完了。ペットモンスター:リスに変更します』


 普通に動物が来るかと思っていたナインだったが、思ったよりちょっと大きめの、白と水色のリスっぽい何かが肩に乗る。

 不特定多数に見えるように設定したため、質量を得たロキは、子供にはちょっと重い。


 だが筋力SSのナインには、あまり関係の無い事だったのは、言うまでも無い。


「やっぱり自分で買ってこそだよなぁ。あ、おっちゃん、これ1つちょーだい!」


 近所の悪ガキ風の役を演じているナイン。彼女は、一ヶ月近く溜まりに溜まったフラストレーションを、これでもかと発散させまくっていた。


 わざわざ用意した、この世界の子供が持っているようなお財布。その口を開けて、お金を出す。

 大銅貨と呼ばれる硬貨だ。


「おぅ坊主! 牛串1本だな? おらよ、熱い内に食え!」

「そこの坊ちゃん、良い食べっぷりだねぇ。このクレープも食べないかい?」

「ちょっとちょっと、こっちの魔法当て! 面白いわよ~!」


 髪の色と長さ、声色、口調。

 骨格は何一つ変わっていないが、それらが変わっただけで、誰も彼もが国主だと気付かない。ただ、妙に気を引く性格が変わっておらず、度々品物を無料でもらってはいる。


 時々ロキにも視線が行くので、ナインの変装は完璧だ。一応は。

 何故なら、ナインは、すっぴんでも万人の目を引く美少女なのだから!


「は~。自由って、いい!」


 わたあめモドキや、お面をかぶるナインは、見ただけで満喫できていると確信させる風貌である。

 只今絶賛、大捜索され中の人物とは思えないだらけっぷりであった。


「前と変わらない夏祭りなんて、嫌だもんな」


 前世の夏祭り。それは、心配性の両親によって、悉く行けなかったイベント。


 人混みにさらわれて。

 雑菌まみれの場所に触れて。

 バランスの偏った食事を摂って。


 それらが、あの両親には許せなかった。普通の親なら、普通に連れて行ったであろう夏の風物詩。ナインにとってそれは、ナインの両親が、夏祭り会場で買ってきた物を、家の中で食べるもの。それも、両親の超アレンジによる、栄養も見た目もオリジナルからは程遠くなったものだ。


 両親の愛情と言えば聞こえは良いし、ナインもありがたく思っていた。

 ただ、それでも。


「やりすぎだったよなぁ」


 と、ナインでさえ思う溺愛っぷりに、思わず苦笑が漏れてしまう。

 お祭り会場で食べるからこその美味しさが半減している上、親の愛情による家庭的アレンジで、夏祭り間は全く無い。


 ありがた迷惑というやつだったのである。


「んっんー。さて、次はあっちに……うん?」


 一通りの食べ物を食べ終えると、ナインは周囲を見渡した。量が量だけに、他の物を抱えたまま食べることが出来なかったナインは、一度人を避けてフードコートまで来ていた。


 大食い客も多い中、小さい子が大量に食べているという事で目を引いたのだが、言ってしまえば白虎族の子供も同量を食べるため、長くは注目されない。

 図らずしも、ナインは周囲に溶け込めていた。


 そんなナインは、空になった容器を専用のゴミ袋に放り投げていた。その時、ふと、視界の端に妙な物が映り込む。

 路地裏の一角。まだ作ったばかりのために小奇麗なそこで、薄汚れた毛玉があったのだ。


 夜に溶け込む色合いに、ネオンにも似た光には似合わない土汚れ。


 ナインはとても気になって、それにゆっくりと近付いてみる。

 1歩。また1歩。


 毛玉は丸々としており、直径20センチかそこらの大きさ。

 ある程度近付くと……毛玉は途端に、もぞりと蠢いた。


「ひゃっ?!」


 ぽいん、と毛玉が跳ねて、ナインの小さな胸に飛び込む。


 驚きと毛玉の勢いで後ろに倒れたナインは、咄嗟に周囲を見回した。髪が魔法無しに伸びる事はないが、突然の事に驚いて、声が元のかわいいソプラノに戻っていた。


 だが、それに気付いた者はいない。

 ついでに、そこら中で人ごみに転ぶ者は多く、ナインの声も紛れたらしかった。


 ほっと胸を撫で下ろしたナインは、次に、その胸でもぞもぞと動くものへと目をやる。

 毛玉は腕や足などが分かれ、30センチほどの小動物へと姿を変えていた。


 ウサギのようなもふもふの耳。

 リスのように大きなふわふわの尻尾。


 夜空色の毛並みは、手足や耳の先に向かって青緑色のグラデーションとなっている。

 くりっとした大きな、透き通った黄金の右瞳に、紅玉のような左瞳。

 4本指の手は小さい身体の割には大きく、2足歩行が出来る身体の構造をしている。


「みゅう……」


 鈴の音のような声に、プルプルと小刻みに震える身体。

 ウサギより随分大きく、シルエットもだいぶ違うし、鳴き声も全く違うが……。


「か、かわいい……っ!」


 一瞬でめろめろになったナインは、それをやさしく撫でてやる。

 すると、それは小さく首をかしげて、次の瞬間には頬ずりしてきた。


 ますます、ナインの目がハートになる。


「ろ、ロキ、この子!」

『ミュリフューイ:ディーディリット種。幻獣の一種です。知能が高く、スライム同様魔力黙りから生まれますが、スライムよりずっと生まれ難い種であり、同一の模様はありません。人に懐きにくく、餌付け成功例は稀。頬ずりは親愛の証であり、強ければ強いほどに親愛も深いようです。

 また、その個体は特殊個体です』

「え、スライムと一緒なの?! というか、スライムっているのね……というか特殊個体? ああいやいやそうじゃなくて。

 飼って良い?!」

『……判断しかねます』


 今日一番の輝きを放つナインは、優しく、優しく、それを抱きしめた。愚者の腕輪に手加減を重ね、そっと、優しく。


 それに応えるかのように、それもちょっと強めに頬ずりをしてくる。

 ロキの言葉が真実であれば、それはナインに懐いている証拠である。


 一通りお祭りを楽しんだナインは、おおはしゃぎでその子を連れ、城に舞い戻る。




 ……お説教が待っていることは、ひとまず横に置いておいた。

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