愚者は難しく考える

「おやすみ」って。


 明日、目を覚ますことを当たり前だと思っている君が言う。


「眠るって何?」


「死ぬことだよ」


 気が付いたら朝になっている、こんな現象が僕たちの毎日。


 不思議だね。


 それを不思議と思わない人たちが、不思議だね。


 夜に死んで、朝に生き返る。


 僕らはそれを、眠ると言う。


「死ぬって何?」


「僕らが毎日経験していることだよ」


 君が生き返らない朝は、どんな朝なのかな。


 今までと、何が違っていたのかな。


 きっと死んでいる間に君は天国を見てきて、憧れてしまったんだね。


 目覚めて、うんざりした毎日を、忙しくて大変な毎日を、送る必要はないと、思ってしまったんだね。だから、生き返ることを忘れたまま。


 僕を、忘れたまま。


「天国って何?」


「この世の良いところを集めた場所だよ」


 君は自分が天国に往けるだけの、善人であることを疑わなかった。明日が来ることも疑わなかった君が、そんなことを心配するはずもないよね。眠ることさえ怖かった、夜を越えられないかもしれないと嘆く僕のことなんて、覚えているわけもないよね。


「地獄って何?」


「僕の往くところだよ」


 僕は自分のことさえ疑ってしまうような悪人だから、君のもとへは往けないよ。だから多分、僕らはもう会えないね。


 もう、何処にも往けないね。


 なのに君は、笑ってる。


 どうしてもそれが、分からなかった。


 だから僕は、君に聞いたんだ。


「眠るって、何だろうね?」


 君は答えた。


「明日を生きることだよ」

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