第19話 姿を消す男
(一夜明けても伯父さんと連絡が取れないなんてこと、今までになかったな……)
伯父の家へと向かう道すがら、安否を心配しつつも、その一方で疑心が膨らむ。
小池谷と謎の男、その二人の記憶の中に登場した伯父。
二人に詳しく話を聞ければ良かったのだが、状況的にそんな余裕はなかった。
そして、伯父本人に何度電話をかけても繋がらないとなれば、こうして直接家を訪ねるよりほかないだろう。
昨夜は麗子の父と酒を酌み交わしつつ、父の話で語り明かしたので少し頭が痛い。
結局、自殺の理由という一番の関心事には結論が出なかったものの、新聞記者としての父をはじめとした興味深い話が色々と聞けたので、命を懸けた甲斐はあったというものだ。
だがそんな、酔いの残るぼんやりした頭も、伯父の家が視界に入ったところで一気に覚めた。
目に飛び込んできた張り紙を刮目するが、やはり見間違いではない。
【売家】
「おいおい、悪い冗談はやめてくれよ……」
思わず漏れる独り言。
声に出すつもりはなかったが、思った以上の声量にこみ上げる気恥ずかしさ。
おかげで逆に、冷静さを取り戻す。
(たしかここに……)
『もしもの時は』と、伯父から聞いていた合鍵の隠し場所。
必要になる日がくるなんて、思ってもみなかった。
だが今は、紛れもなく『もしもの時』だ。
そっと探ってみるのは樋の裏側。すると、確かに触れる金属片。
樋を壁から剥がすように少しばかり力を加えてやると、チャリンと音を立てて落下したのは、間違いなくこの家の鍵だった。
(妙だな。合鍵をそのままに、家を売るとは思えないし……)
ここまできたら、中も確認しておくべきだろう。
合鍵で鍵を開け、玄関から堂々と中へと入る。
応接間、キッチン、書斎、寝室……一部屋ずつ丁寧に見て回るが、何一つ家具なんて残っちゃいない。完全にもぬけの殻だ。
違和感を感じるほどに綺麗すぎる室内。
そして外から丸見えの、カーテンのない大きな窓。
よくよく考えてみれば、こんなところを誰かに通報されたら一発でアウト。住居不法侵入の現行犯だ。
そう思うと、何やら外から視線が向けられているような気までしてくる。
それにここにいても、伯父が帰ってくるとも思えない。
(まったく……。どこへ行ったっていうんだ、伯父さん……)
――後ろ髪をひかれて二度、三度、振り返りながら、伯父の家に別れを告げた。
第3部完
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