第10話 招かれる男

「――頼む! 僕と一緒にパーティーに出席してくれ、鳴海沢さん」


 玄関を入ったところで、突然の土下座。

 突然の豹変振りに、困惑しかない。

 しかもパーティ? 全くもって、意味がわからない。


「一体、何のパーティだ。デートの誘いならお断りだぞ、俺は同性に興味はない」

「そうじゃないんだ。以前顔を合わせた裏カジノで、開店一周年記念パーティーが来月行われる。そこに僕と一緒に参加してくれないと、仲間が大変なことになるんだ」

「大変なこと?」

「君にはバレてると思うが、あの時のルーレットのディーラーは僕の仲間だ。彼が捕まっていて、命の保証はない……と」


 仲間が誘拐された上に、脅迫を受けているとは気の毒な話だ。

 だからといって、こっちに火の粉を飛ばすなんて、迷惑この上ない。

 ここまで追い掛けてきた執念には敬意を払うが、謹んで辞退させてもらう一手。


「そんな深刻な話なら、警察にでも駆け込むんだな。れっきとした誘拐事件じゃないか、こいつは」

「警察に相談すれば、間違いなくあいつらに情報が洩れる。そうなったら、それこそ命の保証なんてない」

「だからって、なんで俺なんかに。無関係だろ、俺は」

「いや、無関係なんかじゃない。招待状で君が指名されてるんだ。だから頼む! この通りだ!」


 そう言って、再び床に頭を擦りつける男。

 招待状で指名? さらに追い打ちを掛ける謎の言葉。

 ますます理解が及ばず、頭の中は混迷を極める。


「確かに俺はあんたらを利用させてもらったけど、あんたの仲間を助ける義理はない。俺の知ったこっちゃないな」 


 色々なことが腑に落ちないままだが、面倒そうな話だ。となれば、こんなところに長居は無用。

 無視して帰ろうと立ち上がると、男は顔を上げ、上目遣いで見つめる。

 そして彼が放った言葉は、俺の足を止めさせるには充分過ぎた。


「――君のお父さんは、鳴海沢なるみざわ 真司しんじっていう名前じゃないか?」




 カップラーメンや弁当の空き容器、そして週刊誌の散乱する部屋。

 さらに目の前には、発泡酒の空き缶で埋め尽くされているテーブル。

 そこへ改めて、イカサマグループの男と差し向かいで座り直す。

 金髪ホストは肘枕で寝そべり、テレビを見ながら昼間から発泡酒。

 まったく、いい気なものだ。


 さて、仕切り直し。

 この男の頼みなど知ったことではないが、父の情報を持っているとなると話は別。

 単刀直入に質問をぶつける。当然、サングラスはとっくに外した上で。


「それで……、あんたは何者なんだ。どうして、親父のことを知っている」

「僕は大山おおやま大山おおやま 幸一こういちだ。僕は君のお父さんを直接は知らない。良く知っているのは、僕の父の幸次郎だ」


 まじまじと、大山と名乗ったこの男の顔を眺めてみる。

 相変わらず特徴らしい特徴がなく、別れてからどんな顔かと聞かれても、たぶんぼんやりとしか思い出せない、そんな顔。

 年の頃は三十ぐらい。中肉中背、見事なまでに普通。これ以上ないぐらいに普通。


「大山ねぇ……」

「十年ぐらい前の話だから、君は知っているかわからないが……。隣町で以前、やくざ崩れの集団が幅を利かせていたことがあった。麻薬やら違法ギャンブルで借金漬けにするやり方で、どれだけの人が被害にあったか」

「その昔話なら、親父の書いた新聞記事で見たよ」

「見るに見かねて決起した父が中心となって、ついにはそいつらを壊滅に追い込んだ。その時に世話になったのが、君のお父さんていう話だ」


 なるほど、記事では匿名だったが、書かれていたのはこの男の父親。

 ならば、父の名を知っているのにも納得がいく。

 父は新聞記者として、記事を掲載することで協力したというわけか。


「【大山鳴動】っていう市民団体の話だろ? あんたの名前を聞いて、ピンときたよ。俺の親父も『鳴』の字を入れさせてもらうぐらいには、貢献したみたいだな」

「いや、実質奴らを壊滅に追い込んだのは、君のお父さんらしい。そりゃあもう、大活躍だったそうだ」

「どういうことだ? そんなこと、記事には一言も書かれてなかったぞ」

「それ以上は僕も知らないんだ。父にいくら聞いても、それは約束だから教えられないって――」

「じゃあ、あんたの親父さんに会わせてくれ! 直接、話が聞きたい」

「それが、一年ほど前に車にはねられて……未だに意識が回復しない。いわゆる、植物状態ってやつだ」


 この男の話は、興味を持たされては、はぐらかされての繰り返し。

 そもそも、イカサマを商売にしているような男だ。どこまで信じられたものか。

 しかし今のところ話にも、浮かべる記憶にも違和感は感じない。

 もうしばらく様子をみるべきか……。


「それで? わざわざそんな昔話を持ち出したってことは、今回の件と何か関係があると?」

「ああ、大ありだ。壊滅に追い込んだ組織のボスの小池谷こいけだにが、舞い戻ってきて再び暗躍を始めた。それが一年前。そして、そいつが経営するのが、君も知ってる例の裏カジノだ」

「一年前? あんたの親父さんがはねられたのも、一年前って言ってなかったか?」

「察しがいいな。自首してきたひき逃げ犯は、小池谷の手下だった。僕の父は報復されたんだ――」


 小池谷というやつは、なかなか執念深い男のようだ。

 わざわざ因縁の地に舞い戻って、さらに復讐まで果たすとは。

 まあ、やられたらやり返さずにいられない感情は、充分すぎるほど理解できるが。


「――やっぱりあの悪党は、改心するような奴じゃなかった。だからもう一度、父にならって壊滅に追い込んでやろうと、【大山鳴動】のメンバーだったディーラーの石動いするぎさんにも協力してもらって計画を進めていた」

「計画ってのは、あの小銭稼ぎのことか?」

「まさか。あれはただの資金集めだ。潰そうとしている相手から活動資金まで引き出すなんて、いかした計画だろ? ――」


 あの稼ぎを資金にして、店を潰すための計画を別に進めていたということか。

 来店の度に百万円。普通に考えれば充分すぎる稼ぎだが、確かにその程度であの店に打撃が与えられるとは思えない。


「――計画は順調に進んでたんだ……。それが、こんなことになるなんて……」

「俺のせいだと言いたげだな」

「ああ、そうだ。君のせいで全てが狂った。君さえ現れなければ……」


 奥歯を噛みしめながら、睨みつけてくる目には憎しみさえ感じる。

 頭を抱え、テーブルに肘を突いた振動で、転がり落ちる発泡酒の空き缶。

 その音で冷静さを取り戻したのか、再びさっきまでの温和な表情に戻った。


「違うな……。あれは、僕の判断ミスだ。あのときの僕の配当は三千万ちょっと。でも君の仲間が二千万を失うから、トータルでは許容範囲のはずだった。まさか――」

「俺も0に賭けるとは思わなかった。か?」

「ああ、そうだ。イカサマがバレたのを確信して、店じまいのつもりで最後にまとまった金を……と、考えたのが失敗だった。結局、あの目立った行動が発端となって、奴らは僕たちのことを調べ上げたみたいだ」

「挙句の果てに、仲間が捕まってしまった。か」

「計画の仕上げに現地を確認しにいったきり、彼は帰ってこなかった」


 ようやく、少しずつ話が繋がり始めた。

 とはいえ、まだまだ話は序章。やっと現状認識が追いついたところだ。


「それであんたは、仲間を救うために奴らの言いなりになって、無関係な俺を巻き込むわけだ。計画が頓挫した責任でも負わせようっていうのか?」

「君が危険な目に遭うのはわかってる。だけどこれは、チャンスでもあるんだ。奴らを壊滅に追い込むための。策だってある。だから、頼む! 協力してくれ!」


 再びの土下座。

 命を賭けても、得られるものは人質の返還。明らかに分の悪い賭けだ。いや、普通に考えて、小池谷は誰一人帰すつもりもないだろう。賭けにすらなっていない。

 それでもなお、目の前にちらつく父への好奇心。

 結論を出すのは、『策』とやらを聞いてからでも遅くはないか。


「でも、まだわからないな。小池谷は、なんでわざわざ俺まで指名したんだ?」

「簡単なことだよ。小池谷は、あんたも仲間だと思い込んでる。再結成した【大山鳴動】をパーティーに呼び寄せて、まとめて始末しようと考えているに違いない」

「いや、待ってくれ。あんたは地元なんだから、ちょっと調べれば関係者だとわかるかもしれない。でもなんで、小池谷は俺の名前がわかったんだ? しかも、鳴海沢真司の息子だと」

「そこまではわからない。僕は招待状を見て、初めて君のことを知ったんだ。こんな偶然があるのかって驚いたぐらいだ」


 その言葉に嘘はないようだ。と、なると……。

 自然と目が向くのは金髪ホスト。

 こちらの深刻な話など気にもかけずに、テレビを見ながらゲラゲラと笑っている。

 こいつなら充分に考えられる。というか、こいつぐらいしか考えられない。


「大山さん、これ以上の話は場所を変えよう。この金髪の前で話したことは全部、小池谷にまで筒抜けになりそうだ。何しろこいつは、あの店の従業員だからな」

「あん? 誰が金髪だ! ちゃんと俺には、吉沢よしざわ 啓太けいたって名前があんだよ。それに、小池谷って誰だよ」


(お前が勤めてる店の経営者だろ……)


 突然反応を示した金髪に、思わず心の中で突っ込みを入れたが、この男は小池谷の名前を聞いても何も思い浮かべやしない。本当にわかってないらしい。

 となると、こいつの密告ではないのか……。

 とはいえ、この男に『秘密』という言葉はない。信用するのは自殺行為。

 さっそく移動しようと立ち上がったが、せっかくの忠告は無駄になったようだ。




「――吉沢さん。君も、僕の仕事を手伝ってくれないか? きっと、億単位の金が拝めるぞ」

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