第12話 銀行員の男
唯子から受け取った小切手、額面一千万円。
小切手の換金をするには、銀行にいかなくてはならない。
そしてここあざみ台には、音見美香の勤めていた銀行がある。
となれば、換金ついでの偵察は、当然思いつく策。いつチャンスが訪れるとも限らないので、初めからサングラスを外して入店する。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「小切手の換金を。ところで、ここに音見さんという方はいますか?」
「音見は……、あいにくと退社いたしました――」
浮かぶ自殺した女の顔。
だが、それも当然。ほんの数日前までは同僚だ。
窓口に座る彼女の姿が浮かんだものの、深い付き合いはないようで、怪しい部分は見えてこない。逆に、こちらを見る目が怪しんでいる。
「――この番号札をお持ちになってお待ちください。順番がまいりましたら、番号でお呼びいたします」
しかし、すぐに呼ばれる番号。
なのでそのままカウンターへ。そっと小切手を差し出す。
「こちらは高額ですので、本人確認等が必要になりますが、本日確認できるものはお持ちでしょうか?」
さすがに一千万円の小切手となれば、扱いも慎重だ。
てきぱきと業務をこなす窓口の女子行員を眺めていたが、奥の方に見たことのある顔を発見して、目が留まる。
あれは確か、この街最初の客。金髪が絡んだせいで、怯えて逃げ出した人物だ。
「すいません、あの人はどなたですか? あそこで、女子行員と話してる人」
「
「そうですね。お時間が取れるようなら、ちょっとお話したいことが……」
あの時の尋常じゃない彼の焦燥感を思い返すと、興味が湧き起こる。
それ単体だったら、特に気にもならない。だが横領の疑いのある、自殺した銀行員の上司。そして、あの日は自殺の翌日。これだけ不審な点が重なると、さすがに無関係とは思えない。
通されたのは応接室。次長を待つ。
向こうはこっちの顔を見たところで、誰だかわからないだろう。
門前払いならば、それでも構わない。こちらは、目を合わせてキーワードを投げつけるだけ。三十秒もあれば用事は済む。
「お待たせしました。えーっと、覚えがなくて申し訳ないのですが、どちらさまでしたでしょうか」
名刺を差し出しながら、作り笑いをする次長。
顔を忘れたことを取り繕っているのだろう。だがほんの束の間、テーブル越しに差し向かいになっただけ。忘れる以前に、覚えてもいないだろう。
名刺に書かれた名前は『
ざっと目を通して名刺はポケットにしまい、こちらの知りたいキーワードを、ハッタリと共に告げる。
「ここに勤めていた音見美香さんの知り合いの、鳴海沢って言います――」
一瞬にして、空気が張り詰める室内。顔を険しくさせる城戸崎。
そしてあっさりと思い浮かべたのは、自殺した音見美香の姿。
だが、さっきの女子行員が浮かべたような、仕事をこなす彼女じゃない。親しげに身体を寄せる彼女。ただならぬ関係の二人だ。
さらにキーワードを追加して、追い討ちをかける。
「――客の金に手を付けたことを悔やんでたので、何かご存じないかと思いまして」
「いやいや、当行に限ってそんなことがあるはずないじゃないですか。ちょっと今日は立て込んでいるので、他にご用件がないようでしたら、この辺で」
下を向き、慌てて席を立つ城戸崎。腕を掴んで引き留める。
振りほどくために城戸崎は振り返るが、視線は背けたまま。後ろめたさの表れ。
この分じゃ横領についても何か知っていることは明白だが、強引なこともできない。この部屋には間違いなく、監視カメラも設置されているだろう。
やむなくこれ以上の追及は諦める。もちろん、ここではというだけだが。
小切手の換金手続きは済ませたことだしと、銀行を後にした。
音見美香が漏らしていたという『男の悩み』は、城戸崎との不倫関係だろう。
そして確認はできなかったが、横領の話を振ったときの慌てぶり、何も知らないとは思えない。というより力関係を考えれば、城戸崎の指示で動いていた可能性の方が高いと思われる。
そんなことに頭を巡らせながら目を光らせる、日も落ちた従業員出入り口。
目的の城戸崎が現れたので、そっと尾行を開始する。
それほど張り詰めた尾行ではない。軽く後をつけるだけ。
当面は人通りの多い繁華街ということもあって、見失わない程度に距離を開けて歩くだけで充分だ。と思っていたのだが、思わぬ障害が現れた。
「サーセン! お願いします! 少しでいいんで、俺に金を回してください!」
人目もある中、城戸崎の袖を掴んで大声で金をせびるのは、あの金髪。
プライドも何もあったもんじゃない。きっと恵んでもらうためなら、土下座だってする勢いだ。
何とか腕を振り払って、小走りで逃げていった城戸崎。
それを走って追いかけたら尾行がバレバレ。また日を改めるしかない。
それにしてもこの金髪は、毎度毎度邪魔ばかりしてくれる。
「随分と親しげだったな。知り合いなのか?」
「て、てめえ。見てやがったのか……」
さっきのやり取りを見るに、この金髪は城戸崎と面識がありそうだ。
今思えば、城戸崎が客として座った時も、この金髪は馴れ馴れしかった。
城戸崎に逃げられた今、代わりに金髪から情報を探ってみる。
「金をせびるなんて、あいつそんなに金持ちなのか?」
「うるせえな! お前には関係ねえんだよ。それより、二度と俺の前に――」
ちらつかせて見せる福沢諭吉。さすがに十人も集まると威力は大きい。
乱暴に金を掴み取る金髪。
態度とは裏腹に、律儀に情報を漏らし始める。
「――あの男は、うちの客なんだよ」
「うちのって……ホストクラブのか?」
「違う、違う。大きい声じゃ言えねえが、この店が非番の時に働かされてる裏カジノの客だ。ギャンブルに目がなくて、でっかい借金作ってたんだが、ちょっと前に退職金を前借りしたとかで、一括返済したんだよ」
「でっかいって、一体いくらだ?」
「聞いた話だから詳しくは知らねえが、利息が膨らんで一千万円ぐらいになってたらしい」
一千万の借金なんて、尋常じゃない。
そしてそれを一括返済。これはもう断定してかかっていいだろう。
本当に退職金を前借りした可能性も否定できないが、ここまできたら締め上げてみる価値は充分だ。少なくとも、音見美香との不倫関係は間違いない。
「でもそんなに返済した後じゃ、せびったところで出てくる金なんてないだろ」
「でも、あいつは今でも懲りずに、裏カジノに顔を出してるぜ。そして、しょっちゅうカモられてやがる。そんな無駄金使うなら、こっちに回せってんだよ」
いや、お前に回す方がもっと無駄金だ。
しかし一千万円も巻き上げられたっていうのに、まだ懲りずにカジノとは、城戸崎はどれほどのバカなのか。
そんなに金が余っているというなら、遠慮はいらなそうだ。
容赦なく巻き上げるための策を練るとするか……。
「――なあ、その裏カジノに案内してくれないか?」
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