第5話 恨めしそうな男
――四面楚歌、孤立無援、そんな言葉が相応しいこの状況。
そんな中で、さっそく尋ねられる最初の質問。
「名前は?」
「鳴海沢和真です」
ここまでくれば、開き直るしかない。
偽名なんて使ったところで意味もない。正直に名乗ってみせる。
「本拠地に堂々と殴り込みとは、威勢のいい小僧だ。とりあえず、持ち物改めろ」
「はいっ」
コートを脱がされ、ジャケットも脱がされ、シャツの上からボディーチェック。
そして、ポケットというポケットを探られる。
この分じゃ、アレが見つかるのは時間の問題か。
「店長! こんなものが」
受け取った店長がじっくりと眺める、赤い小袋。
表を見て、裏を見て、また表を見る。さらに光にかざしてみたり、振ってみたり。
ベタベタと触られる度に、物的証拠の価値はなっていく。
そして完全に証拠と呼べなくなるほどに強く小袋を握りしめると、静かな口調で店長が尋ねた。
「おめえ、こいつをどこで手に入れた?」
まあ、証拠云々言っている状況でもない。それよりも、この窮地を逃れられるかどうかの方が、重大な問題だ。
ここは言葉の選びどころ。
店長の言葉じゃないが、下手なことを言えば沈められかねない。
嘘はつかず、情報は小出しにしつつで、様子をみることに。
「この店の客から譲ってもらいました」
「ほう。もうちっと詳しく話しちゃくれねえかな。何しろこいつは、もう手に入れられねえはずの代物だ――」
そういうと店長は、机の引き出しから何やら取り出し、目の前までやってくる。
そして二つの小袋を目の前に突き付けながら、話を続ける。
「――ぱっと見はわからねえだろうがな。ここんとこが、ちょっとばかり違う。こっちが今扱ってるブツ。そしてこっちが、以前扱ってたブツ。おめえさんが持ってたのは、こっちの以前扱ってた方だ」
以前と今。何が違うのか。だが、少し考えてピンとくる。
この部屋に入って最初に感じた既視感。ここはあの金髪が、薬を盗み出した部屋じゃないか。となれば、話は大きく変わってくる。
同席している金髪に目を向けると、大きく逸らした。
間違いない、確信した。
「店長さん。百万でどうでしょう」
「は? 何の話だ」
「こいつを盗んだ犯人を教えますよ。その代金が百万円です。安いもんでしょ?」
「この野郎! 店長になんて口の聞き方だ。それに、自分の立場わかってんのか!」
隣の男が激昂。掴んだ腕を締め上げる。
突然の激痛に、顔が歪む。
「やめてやれ。確かにそれが本当なら、お買い得な情報だな。ただし、ガセだったら容赦はせんよ」
そういって睨みつけてくる店長。睨まれた瞬間に冷や汗が流れる。
噛みしめるようにゆっくりと話す。一言、一言が重い。
顔は、ニヤリと笑みを浮かべているのだが、それが余計に視線に凄みを増す。
身が凍えるほどの視線。
そして、その何分の一かでも伝えるべく、金髪へと視線を向ける。
だが、真っ青な顔の金髪。目も泳ぎ、焦点も定まっていない。
「ちょっと放してもらっていいですか? もちろん逃げないので」
店長へと訴えかけると、あっさりと下りる許可。
自由になった手でサングラスを外し、金髪のところへ歩み寄る。そして、人差し指を突き付けての告発。
「こいつです。犯人」
「ちょ、ちょっと待て。な、何言ってんだよ。俺は知らねえよ」
「何を慌ててんだ? だが、おめえもこいつを犯人呼ばわりするからには、ちゃんと納得させるだけの理由があるんだろうな」
「もちろん動かぬ証拠がありますよ。小さめの銀色の箱に入ってます――」
店長から受けた、笑みの迫力。
それをそっくりそのまま、怯える金髪へと伝えるべく、ニヤリと笑みを浮かべてみせる。
冷や汗を拭う金髪ホスト。きっと、生きた心地がしないだろう。
そして今の言葉に触発されて、その箱の在りかも記憶と共に浮かび上がらせた。
「――そしてそれは、こいつのロッカーの中です」
「おい……」
店長があごを振ると、すぐ横に控えていた男がすぐさま部屋から出て行く。
機敏な動き。
そして、しばらく隣の部屋から物音がしていたが、静かになると男が戻ってきた。
「これですか?」
男が差し出したのは、鍵のかかった小さめの銀色の小箱。
あの女の記憶で見たままの外観だ。これに間違いない。
金属製で、小さい割にはなかなか頑丈そうだ。
「この男が言った通り、小さめの銀色の箱とやらが出てきたわけだが……。お前、これに見覚えは?」
店長に凄まれた金髪は、慌てて首を振り、弁解を始める。
「知りません、知りません。ああ、そうだ。きっとこいつが仕込んだんですよ。おかしいと思ったんだ、話が出来すぎじゃないですか」
「確かに一理あるな。盗まれたことを知ってるのも怪しいといやあ、怪しい。まさかお前、俺たち相手に一芝居打ちやがったのか?」
一気に空気が一変して、緊迫感の張り詰める室内。
控えの男もそっとドアの前に立ち、逃げ道を塞ぐ。
さらに金髪も形勢の逆転を確信したのか、余裕を浮かべる表情。
してやったりの様子だが、さすがにその弁明はザル過ぎるだろう。
「それは、箱を開けてみればはっきりしますよ」
「でも、カギがかかってるじゃねえか。おい、かなづちねえか」
「いえいえ、そうじゃありません。開けられる奴が犯人だってことです。なにしろ、カギを持ってるのは彼ですから。つけてるだろ? キーホルダーに」
これ以上ない証拠。言い逃れのしようがない。
さすがにカギまでこっそりつけたとは、言い出しはしないだろう。
「おい……」
再び、店長のあごが動く。
うつむく金髪に控えの男が手を差し出す。無抵抗で差し出されるカギ。
拒んだところで無意味なのは、重々承知なのだろう。
その場で開けられた箱の中には、赤い小袋が複数。店長直々に以前の物か、今の物かの鑑定が始まる。
金髪もさすがに観念したらしい。力なくうなだれている。
「こんなもん持ち歩いて、店でも売り捌いてやがったのか」
「…………」
「盗まれた後にこっそり包装を変えたことまでは、気づいてなかったようだな」
「…………」
「だんまりか。まあいい、組に連れてけ。じっくりしぼってやる」
店長の問いかけに、口を堅く閉ざす。
両腕を二人の男に抱えられる金髪。まさに、さっきまでの俺の姿だ。
下を向きながらも、恨めしそうに睨みつける上目遣い。
歩くよう促されると、恨み言が飛び出す。
「ちっ。気が済んだかよ……」
「あいにくだが、まだ借りは残ってるんだよ!」
両腕を抱えられて無防備のところを容赦なく、殴りつける。
そしてさらに蹴り。やられたことは、きっちりとやり返しておく。
「てめえ、調子に乗りやがってえ!」
叫びながら食って掛かってきたが、男二人に組み敷かれる。
泣き出しそうな表情で見上げる金髪。
だがそもそも、俺の感情に火を点けたのが事の発端。言うなれば自業自得。冷ややかな目で、昨日のお返しとばかりに見下してやる。
とことん蔑む。ざまあみろだ。
そのまま部屋から連れ出されていく金髪。もう反発する力も気力も残っていない様子。足取りもおぼつかない。
金髪が去り、部屋に静けさが訪れる。
思わず漏れる、安堵のため息。倦怠感が一気に襲ってくる。
「おい、小僧」
一瞬にして、再びの緊張感。
たった一言なのに、どうしてこうも身を縮み上がらせるような迫力があるのか。
「約束の金だ。そいつを持って、とっとと帰りな」
店長直々に差し出される帯封つきの札束。この場で即金とは。
コートのポケットに無造作に札束を突っ込み、店を後にする。
言われなくても、こんな場所にいつまでもいたくはない。
店の外に出て、ふと思い立ち携帯電話を取り出す。
そして再び打ち込む検索ワード。
【あざみ台 人身事故】
小さい画面に並ぶ、自殺した女の個人情報の数々。
どうやら明日は、お通夜が執り行われるらしい。
(あの女も被害者に変わりないし、香典でも包んでやるかな……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます