平成最期の夏、初めての東京1

平成最後の夏。

ツイッターのトレンドにでも入りそうな、入っていたかもしれない、今話題のワード。

誰しもが何処かぼんやりと過ごしていた平成。僕らが生きる時代に名前をつけただけのことに、最後という言葉がある種の特別な意味合いを持たせる。僕らは生きる。僕らが生きた時代が一つ終わったとしても、僕らは生きる。生きて、この平成の終わりを迎えることに特別な感慨を抱いている。そして、まだ見ない新しい名前のつけられる時代に期待する。名残惜しさと抑えきれない希望とがあふれて、平成最後、という言葉が光って見える。平成10年に生まれた僕にとって、この20年は節目の年だ。そして平成という時代は生まれてから大人になるまで、僕の幼い子供時代の全てだ。つまりは、平成の終わりが僕の青春の終わりであり、僕と青春の完璧な決別になるのだろうか。そんな予感が僕にとっても平成最後の夏を、青春の全てだった夏を、特別なものにしていた。


平成が終わると知った時、衝動的に、東京へ行かなければいけないと思った。その勢いのまま、格安飛行機のチケットをネットで予約して、職場の上司に睨まれながら、大事な会議のある日に有給休暇の申請を出した。あえて会議のある日にしたのは、僕が今の現実を放り出して、東京に行かなくちゃいけないと思ったからだ。今縋り付いている得体の知れない、けれど居心地のいい世の中というやつに踏ん切りをつけて、僕は東京に行かなくちゃいけなかった。それも、平成のうちに。これは僕にとって、僕の青春の全てだった平成という時代を終わらせる準備でもあったからだ。


昼の13時に関西空港を着いた。メールに届いた飛行機の予約番号を手帳に書いて、iphoneの電源は切った。僕は、ひとりぼっちで東京に行かなくちゃいけないから。一人で飛行機に乗るのは初めてだった。めっきり電車でばかり遠出をしていたものだから、新幹線か悩んで、あえて飛行機にしたのだ。最後の夏に、最後の青春大一番に、無難と打算は不必要だった。ジェットスターの看板を目指して、ロビーにある自動チェックイン機を慣れない指先で操作する。横でジェットスターの係員が心配そうに張り付いているから棘のある顔をして一番奥の機械に移動した。出てきたのは一枚のオレンジと白のぺらぺらの紙で、それを持って、朝からなにも食べずにぺこぺこの腹を無視して搭乗口へと急いだ。荷物は規定のサイズギリギリ。ポケットに入れていたキーケースの小さな折りたたみナイフがゲートを通る時に不可解な音を鳴らした。刃渡りが小さく搭乗を許されたけれど、あの音は僕の青春の終わりを告げるブザーかホイッスルにも思えた。

離陸まではあと40分。ゲート内のコンビニで漸くウィダーを買って腹のなかへ流し込む。固形物は飲み込める気がしなかった。ウィダーといろはすだけで満たされる腹に、未だ緊張が解けていないことがわかった。機内に乗り込むタイミングもわからず、そもそも何番から入るのかもわからないで、端から端までゲート内を歩いた。なんとか外にジェットスターのマークのある飛行機が止まっているのを窓越しに見つけてその近くで腰を下ろした。それからはじっと耳を澄まして流れるアナウンスに聞き入った。聞き流せば終わりだと思った。離陸20分前に、乗る飛行機の便名と機内に入れるというアナウンスがやっと流れていそいそとニューバランスの灰色のリュックを抱きしめて機内へ乗り込んだ。




続く

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