手順33 罠を張りましょう
「……つまりこのガ、ハの上にある人物が主語になる訳だ」
「あ~、そういう事だったんですね。スッキリしました!」
「そりゃ良かった」
昼休み、再びボクは国語準備室に訪れていた。
「ボク、古文の長文読解って苦手だったんですけど、飯田橋先生のおかげでちょっと好きになれそうです。またわからないところがあったら聞きに来てもいいですか?」
「ああ、それにしても随分勉強熱心だな」
ニコニコしながらボクが言えば、不思議そうに飯田橋先生が言う。
「特待生ですからね~、成績が学年五位以内をキープできないとマズいんです」
「確か井上の……お姉さんの方は古文の成績もかなり良かったが、そっちには聞かなかったのか?」
「姉は、勉強はできるんですけどあんまり教えるのは得意でなくて、教えてもらってもよくわからなかったんです」
「なるほどな……」
妙に納得した様子で飯田橋先生が頷く。
実際、つづらは勉強を教えるのは苦手なようで、ボクはしょっちゅうわからないところは先生に聞きに行った。
先生達にも勉強熱心な生徒はウケがよかったようで、推薦を取るうえでもそれは有利に働いたように思う。
「でも、飯田橋先生の説明はとってもわかりやすかったです」
「まあ、これが仕事だからな……ところで、ついでと言ってはなんだが、最近お姉さんの様子はどうだ?」
話が一段落すると、早速飯田橋先生はつづらの事を尋ねてきた。
「相変わらず元気ですよ。あ、でもたまに姉のロッカーに姉の写真が送られてくる事があるそうなんですけど、写真の出来が良過ぎて姉が気に入ってしまって、今はアルバムにして新作を楽しみにしているようです」
「そ、そうなのか……」
ボクが話せば、どこか嬉しそうに飯田橋先生は言う。
……これは、アタリかもしれない。
「ボクもその写真を見せてもらったんですけど、本当に画作りや写真の魅せ方が丁寧なんですよ。ボクが思うに、写真部の人じゃないかと思うんです」
「ちなみに、井上はこの学校の写真部と交流はあるのか?」
「いえ全く」
入谷先輩が写真部の幽霊部員なので、本当のところは全くない訳じゃない。
「一ついい事を教えてやると、この学校の写真部の顧問は俺だ」
「え、そうだったんですか!?」
わざとらしくボクは驚くけど、既にその事は入谷先輩から聞いている。
「ああ、三年くらい前に写真部の顧問になってから写真に興味を持ち始めたんだが、これがまた面白くてな」
どこか得意気に飯田橋先生は語る。
その趣味が高じ過ぎて、高画質の小型カメラなんかを自作なり買うなりして生徒を盗撮するようになってしまったりしたんだろうか。
「へ~、そうなんですね。やっぱり写真を撮る人によって作品の癖とか出るものなんですか?」
「癖というよりは、撮る人間の写真に対する好みが反映されるな、どんな画をいいと思うかは結局撮る人間の感性だからな」
どうやら楽しそうに写真について話している所を見ると、飯田橋先生は写真を撮ること自体は純粋に好きみたいだ。
となると、やはりつづらに写真を送ってきたのは単純によく撮れた写真をつづらに見せたかったから……?
だとしても、色々気持ち悪い。
それが許されるのは高校生まで……いや、高校生でもキツイな……。
「そうなんですね、じゃあ、全く別の物を撮った写真でも、それを見たら誰が撮ったとかわかったりするんですか?」
「まあ、そういう事もあるな。なんだ、お姉さんの写真を撮った奴を探しているのか」
飯田橋先生がどこか警戒するような、期待するような顔でボクを見る。
「はい。ボク、その人のファンなんです。実は最近、姉に見せてもらったそのアルバムに影響されてインスタグラムを始めたんですよ」
なので、出来る限りボクは可愛らしく、まるでその写真を撮った人物に憧れているかのように話す。
「今、人気のアレか……興味はない訳でも無いんだが、俺はああいうのはどうにも難しくてなあ……」
飯田橋先生は顔をしかめる。
これはチャンスだ。
「やってみると楽しいですよ? 自分が撮っていいな、と思った写真をあげたら、そこに色んな人からいいねがついたりするんです。先生もやってみたらどうですか? わからないところがあったらボク教えますし」
ニコニコしながら、ボクは食い下がってみる。
インスタグラムのダイレクトメッセージを利用すれば、連絡先を交換しなくても一対一のメッセージのやり取りが出来るので、色々と便利だからだ。
「そうだなあ……まあ、それはそれとして、もし写真に興味があるなら、今日写真部に来てみるか? 活動は毎週金曜で今日は誰もいないが、写真部で撮った写真は見られるし、活動内容も色々詳しく説明しよう」
「そうですね、是非っ」
ボクは笑顔で頷いて、国語準備室を後にした。
思ったよりも早く飯田橋先生と二人きりになる機会を得る事が出来たので、早速先輩達に報告しなくては。
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