第三者には伝わらない心情
第1話
『あのさ、なつ。キス……してもいい?』
雄二の言葉が頭のなかで暫くリフレインする。手元の鏡に反射した自分の顔が緩みまくっていて、なんだか恥ずかしい。想いが通じた瞬間は忘れられそうにない。
いまでも胸の奥があったかくて満たされている感じが止まない。二取くんとの時間は切なくて辛かったのに不思議だ。やっぱりわたしは雄二のことが好きなんだ。
「えへへ……すっごく幸せだなあ。これが夢だったら絶望するレベルだよぅ」
でも、どうしてだろう。雄二と結ばれたのに、なんとなく物足りない気分だ。原因は分かっている。実はわたしはまだ、完全なハッピーエンドを迎えていない。
雄二とのその先を空想すると、胸の鼓動が早くなる。――わたし、えっちだ。
わたしを腕に寄せる手つきはちょっぴり強引で、ぎこちなかった。それでも雄二が抱きしめてくれたという事実だけで、やはり口許がだらしなく綻んでしまう。
自分でもすごく単純だな、と思う。わたしが仕掛けた初恋が17年目にして実を結んだんだからいいんじゃないかな、とも。そんなの、やさしい解釈で良いんだ。
「……わたし、ほんとに雄二と恋人になった、んだよね?」
ほんとに夢じゃないんだよね? 未だに不安な自分が居る。ありきたりだけど、自分のほっぺに軽くビンタしてみる。ぱちん。乾いた音がわたしだけの部屋に響く。
「いったあ……。フツーに現実だった」
そういえば、ビンタで思い出したけど。雄二ってビンタが好きなのかな。ゆきのビンタを浴びせられている雄二の構図をよく見る。そういう趣味でもあるのかな。
「うーん。初めての彼氏にそういうアブノーマルな面があると、どうしていいか分からなくなるなあ。とりあえず、ゆきレベルのビンタができるように修行しよう」
それから、雄二がいつビンタを受けたくなるか分からないから、自然な流れでビンタできるような会話のパターンをいくつかテンプレートで覚えなきゃ。
ゆきにアドバイスを貰うのもいいかもしれない。そういうのはやっぱり、本場のひとから習得するのが手っ取り早いのだろう。めざせ、ビンタマスター。
「……って、違う違う。明日からやらなくちゃいけないことが多いんだった。雄二といちゃいちゃするのは、いつだってできるしね。恋人だもん」
――そう。わたしはまだ完全なハッピーエンドを迎えていない。清算しなくてはいけないのだ。たとえば、わたし自身の弱さを。弱さに甘えた仮初めの初恋を。
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