第163話 絶望来たる

 「「うわあああぁぁぁ!!!」」


 横からディックたちの叫び声が聞こえる。

 多分、俺から溢れ出した黒い風に驚いてるんだろう。


 この黒い風が、何なのか。

 決まってる。

 これは、俺の怒りだ。

 身体中の血が沸騰しそうなくらいの熱に、『絶対の意思アブソリュート インテンション』が応えているんだ。


 「カトレアァ……」


 俺は歯噛みして、クソッタレ女王を睨む。

 それに対して、女王も怯まず睨み返してきやがる。


 「いい加減にしろよ……お前はどこまで――……いや、もういい」


 イカれてやがる。人でなし。クソ野郎。外道。と、罵倒の言葉が湯水の如く口から吐き出されそうになったが、それを敢えて飲み込んで抑えた。


 「どうせ何を言っても無駄だろうから、もう何も言わねぇ。ただこの世から消え失せろ」


 「貴様が渡辺か。ディックよりも生意気な口を利く者がいるとは驚きだ。だが、理解しておるのか。お前のパートナーの生殺与奪の権は私が握っておるのだぞ?」


 マリンに宛がわれていた短剣の切っ先が首筋に容易く入り込み、血が流れ出る。

 それを見た俺は、身体中の血管が破裂しかける。


 「……ショウマ様。私は平気です。ですからどうか、そんなに辛い顔をしないでください」


 マリンはそう言うと、笑顔を見せた。身を震わせながら。

 ああ……君はいつもそうだ。

 本当はすごく怖がっているはずなのに、君はそうやって笑うんだ。

 それが眩しくて尊く思う。

 だから許せない。

 その眩しさに集る害虫共が、死ぬほど許せない!!!


 身を焦がすほどの意思に、黒い風がさらに荒れ狂って城の外にまで漏れ出る。


 「わ、渡辺! 落ち着けって言ってるのがわからねーのか!!」


 ディックが何か言ってるがどうでもいい。

 優先すべきはあのゴミをどうやって片付けるかだ。


 「渡辺のヤツ聞いちゃいねぇ!! ――ってこんな時に『精神感応テレパシー』?! ったく空気読めよ! 一体どこのどい――って千頭!! ……んだとぉ?!!」


 ディックが騒がしくしていると、城の外の景色の中に動く点が視界に入った。

 点はみるみる大きくなっていく。何かが真っ直ぐここに向かってきていた。

 謎の物体はカトレアの横を音速で横切った後、謁見の間の中央に落ちた。



 *



 「とりあえずディック君には伝えたが、まずいことになった」


 千頭が苦虫を噛み潰したような顔をするので、オルガは食いつかずにはいられなかった。


 「そろそろ何があったのか教えてもらえるか?」


 「昨日の作戦会議でも言いましたが、あの男が来たら僕らの敗北になるんですよ。ですから僕のパートナーであるアヤメに動向を監視してもらっていたのですが、先程の地震をキッカケにここへ向かい始めたそうです」


 あの男。

 オルガは作戦会議で千頭が言っていた内容を思い出し、その男が誰なのかすぐに特定する。


 「アヤメや他メンバーたちがヤツを止めようと試みましたが、完全に無視されたようです。その後連絡を受けたローレンスが戦闘機3機を向かわせましたが、3機とも一瞬で撃墜されたと。まったく一周回って笑っちゃいますよ。生身で戦闘機を落とすなんていくら魔法がある世界とはいえ、同じ人間とはとても思えない」



 *



 騒々しかった謁見の間は、その存在が現れたのと同時に水を打ったように静まり返った。

 目の前に現れた存在は男。背には立派な金色の装飾が施された盾と剣がある。赤毛のオールバックに、ちょび髭を生やし、白い鎧で胴体を覆っている。鎧には無数の傷があり、それが歴戦を思わせた。


 俺は、この男を知っている。

 俺をアルカトラズにぶち込んだ張本人。

 人類最強の男、ルーノール・カスケードだ。


 ルーノールはこの場にいるメンツをそれぞれ一瞥した後、俺を見下す視線を送ってきた。

 オルガと同等の大きさの体躯であるが故、見上げる形で俺はルーノールを睨む。


 「……『疾風に勁草を知る』。などという言葉があるが、あの時のわっぱがそれとはな。キツネに化かされた心境だ」


 淡々と、ルーノールが話す。

 けど、コイツはただしゃべってるだけじゃない。話しつつ、いつでも俺の攻撃に対応できる姿勢を取っている。まるで隙が無い。


 「ルーノール! 何故修行を置いて、ここへ舞い戻った!」


 これまで動揺を見せなかったカトレアが初めて声を荒げた。余程コイツがここにいるのが予想外らしい。


 「今しがたの地鳴りに胸騒ぎを覚え、馳せ参じた次第。命令に背いた罰は後ほどお受けいたしましょう。今は眼前のネズミを駆除することが先かと」


 「フン、貴様が来ずとも勝てたものを。まぁ良い。ルーノール、逆賊共を始末せよ」


 「仰せのままに。しかし、その前に一つ頼みがございます」


 ルーノールがカトレアの方へ顔を向ける。


 「その娘を放してはいただけませぬか?」


 「……何だと?」


 カトレアの眉がピクリとひくつく。


 「娘を解放するようにと、そう申し上げました」


 「貴様……誰に向かって――」


 「娘を解放しろと言っている!!」


 怒鳴り声とともに、強力な威圧感が辺りに衝撃波の如く広がった。

 カトレアはみっともなく尻もちを着き、マリンは人質としての役割から解放される。


 俺はルーノールの考えが読めず混乱した。

 それは、あの女王様も同じだった。何が起きたのかわからず、唖然としている。


 「誰に向かってだと? 人質を取ることでしか勝利を得られぬ者など、王ではない。ただの臆病者よ。自らを王と言い張るのであれば、それに相応しい振る舞いをすることだ」


 「……フフフッ」


 緊迫感が漂う中、その空気をぶち壊す者の笑い声が後ろから聞こえた。

 フィオレンツァだ。


 「懐かしいですね。私も女王の頃によくアナタに窘められたものです」


 「フィオレンツァ、ウヌは初めから人類を守る事を諦めていた。人類を捨てていた。今更ここへ何の用がある」


 「もちろん、人類を守りに戻りました」


 「…………フン」


 しばらくフィオレンツァを不愉快そうに見た後、ルーノールは鼻を鳴らした。


 「確かに25年前のウヌには無かった光が瞳に宿っているようだが。その光は何によってもたらされた?」


 「その子です」


 フィオレンツァに言われてルーノールが俺に視線を移した。

 俺が光? フィオレンツァは何を言っている?


 「この童が、光だと?」


 「はい。彼こそ、全人類を滅亡から救う希望の光です」


 「…………」


 ルーノールは黙り、俺を品定めでもするみたいに顎に手を当ててジロジロと見てくる。


 「ならばその光とやらに問おう。ウヌは何故にここまで来た?」


 「勿体振って何を言い出すかと思えば、決まってる。大事なモノを取り返すためだ。そんでもってこの腐り切った国をぶっ潰す」


 「……これが希望だと? 長い時を地の下で過ごし惑乱したかフィオレンツァ。この童の瞳に映っているのは闇だけだ。身から溢れるこの黒い風と同様のな」


 「言ってくれるじゃねぇか。ならテメェら王国はどうなんだ。自分らが光だとでも言うってのかよ」


 「無論、そうだが?」


 「何を当たり前の事を」とでも言いたげな様子で嘆息し、話を続ける。


 「数ヶ月前に転生してきたばかりの童にはわかるまい。この25年で、人類がどれほど力を付けたか。我々は正しい道を歩んでいるのだ」


 ……正しい?


 俺の脳裏に城の地下で見た光景が浮かんだ。

 アリーナ制度の犠牲になった人々。

 薄暗い牢獄の中で目隠しされていた少女。

 ただ『階層跳躍レベルジャンプ』の能力を持っているからという理由だけで、心を傷付けられた市川たち。

 そして……マリン……。


 「……テメェらがやってきたことにのどこに……正しさがあるってんだ!!!」


 「木を見て森を見ていないだけだ。何事においても、前に進むにはそれだけ糧が必要なのだ」


 「ふざけんな!! 人類を救う為に人類を犠牲にするなんて話あってたまるか!!」


 「ならば、どうする?」


 「決まってる、テメェを倒して革命を成す!! 誰もが笑って暮らせる世界にしてやる!!」


 「よかろう」


 ルーノールが背にあった剣をゆっくりと引き抜いていく。

 剣を鞘から引き抜くという動作だけであるにも関わらず、凄まじい重圧が俺に降りかかってくる。


 「手にしたい未来があるというのならば、力を示すがいい」


 俺も両拳を握って一歩前へ出る。



 戦う寸前。

 そこにディックが叫んだ。


 「バカ頭冷やせ!! マリンが人質から解放された今なら『絶対服従』できるだろうが! フィォレンツァ、お前もさっさと二人を服従させろ!!」


 「……いいえ、ディックさん。私はこの戦いに一切口を挟みません」

 「はっ?!」


 ニコニコしながら言うフィオレンツァに、ディックが驚愕する。


 「むしろ私はこの状況を待ち望んでいました。さぁ、渡辺さん。私に見せてください。アナタの力を」


 フィオレンツァが一体何を考えているのか、俺にはわからなかった。

 だが、それで良かった。

 コイツらに降伏なんて甘えを許す気は微塵も無かったから。


 俺は指の骨を鳴らす。


 「人類守護神ルーノール・カスケード。テメェにも人の苦しみを教えてやる。だから途中で泣き喚いて逃げるなよ」


 「フン、その威勢。どこまでもつか見物だな」


 「安心しとけ。10秒経つ前に、決着が着くからよおおお!!!」


 俺は一気にルーノールへの懐へ飛び込み、渾身のストレートを繰り出した。

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