第156話 Lv 260 知世 vs Lv 37 渡辺 勝麻

 「賊が二人。このアルーラ城まで攻め込んだと申すか」


 苛立ちを含んだ言葉を、謁見の間にて玉座に腰掛けるカトレア女王が放った。

 跪くセルギウスがそれを受け止める。


 「はっ。一人はディック。もう一人は例の渡辺 勝麻という転生者です。現在、城内で待機していた勇者たちが彼らを迎え撃っている状況です」


 「渡辺 勝麻……つくづく常識の通じぬ者だな」


 「僭越ながら陛下。ルーノールに事を伝えてはいかがでしょうか?」


 「ルーノールに助けを乞えと? ならん。 奴の戦場はここではない。身の回りの火の粉程度、我々のみで払えねばどの道未来は無いぞ」


 「ごもっともでございます」


 ガァンッ。


 遠くで金属に何かがぶつかる音が鳴った。

 ディックが鉄格子を破壊して窓から城内に侵入した時の音だ。


 「すぐそこまで来ているようですね。そろそろ私も出撃させていただきます」


 「よい。下がれ」


 セルギウスは立ち上がって一礼すると、背を向けてその場を去ろうとする。


 「待て」


 カトレアが呼び止める。


 「その前に一つ、やってもらいたいことがある」



 *



 革命が最終段階を迎えようとしていた時、アルカトラズ収容所の地下では、こんなやり取りがなされていた。


 「ハァー、退屈だねぇ。酒も出ないのかここは」


 「クケケケ、豚箱は初めてですか? エメラダ様。ここで提供できるのは井戸水しかありませんよ」


 牢屋の中でガリガリと短髪を掻き毟ってぼやくエメラダに、見張りをしているルーズルーが嘲笑する。


 その場にはエメラダだけではない。

 左右に並ぶそれぞれの独房に、草薙 刀柊、グスターヴ・ヴンサン、モンデラ・シャン、四大勇者たちが閉じ込められていた。

 もし彼らを縛るモノが牢屋の鉄格子およびルーズルーの『物理反射バリア』だけなら、彼らは容易に脱出できただろうが、残念ながらフィオレンツァの『絶対服従』という絶対的な拘束によって動きを封じられていた。


 「まだ戦いが続いているのだとしたら、ディックたちはアルーラ城に着いた頃合か。さぞかしフィラディルフィアは盛り上がってるのだろう。私も混ざりたいものだよ。お前たちもそうは思わないか?」


 エメラダの壁越しの問いかけに、モンデラは、


 「……ん……エメラダが……戦えっていうなら……僕……戦う」

 「いや、自分がやりたいかどうかを聴いているのだが……」


 グスターヴは、


 「すみませんが、今は彼女人形たちに付いてしまった汚れを拭き取るので忙しいのです」

 「この三日間アンタずっとそればかりじゃないか……」


 刀柊は、


 「妾はこの戦において敗者だ。敗者は勝者に従うのみ」

 「はいはい。どうせお前はそう言うだろうと思ったさ。……けどね」


 エメラダが刀柊への問いかけを続ける。


 「気にならないのかい?」


 「何のことだ?」


 「お前の娘。知世のことだよ。最近じゃ城の警備に就かされてるのだろう? なら、そろそろディックか、渡辺ってガキどちらかと一戦交えている頃だが、両方とも実力は知世より上だ。殺されるぞ」


 「……自らの子にすら興味の無かったお主が他人の子を気にかけるとは、どういう風の吹き回しだ?」


 「なに、この前の親子喧嘩で子育ても悪くないと思っただけだ」


 「……フッ」


 刀柊が小さく笑った。


 「お主がそんな感情を抱くとはな……だが、安心するといい。知世は負けんよ。何故ならば、あの娘は妾よりも深く王国を想っているのだからな」


 「何を言い出すかと思えば。精神論なんかでひっくり返せる実力差じゃ――」


 「無論、精神論などではない。知世は……今日限りで、私の娘ではなくなるだろう」


 「――まさか!」


 エメラダは刀柊が何を言っているのか、全て理解した。


 「そうか……そういうことなら、知世が勝つだろうね」



 *



 刀柊とエメラダが知世の勝利を確信している頃、まさに渡辺と知世の激闘が繰り広げられていた。


 知世が跳躍し体を独楽の如く回転させて大太刀を振るう。無数の薙ぎ払いを繰り出して渡辺へ攻める。

 並みの騎士ならばとっくに輪切りにされているところだが、渡辺はそれを“観の目”で完全に見切って両手でいなしていた。


 決して遅い攻撃ではない。

 だが、刀柊の音越えの刃に比べれば止まって見えた。


 知世の攻撃パターンを把握した渡辺は反撃に出る。

 重い一撃。は、素早い知世相手には難しい。防御されることは目に見えている。

 なので、渡辺はパワーではなくAUW戦で得たスピードで勝負に出た。


 知世の前から渡辺が消えた。


 「消え――ッ!!」


 知世は気づく、真横から自身の脇腹に向かって右ストレートが放たれているのを。


 「く!!」

 「しゃらくせぇ!!!」


 知世は咄嗟に天知心流の極意の一つ『影寄かげより』で渡辺の注意を背後へ逸らそうとしたが、それは叶わなかった。渡辺は知世が放つ殺気以上の殺気を放って『影寄』を振り払い、拳を知世に直撃させた。


 「カハッ!」


 知世は殴り飛ばされて噴水に激突した。

 噴水は大きく損壊し、ゆるやかだった水の噴射は勢いを強める。

 それにより霧が発生し、知世はその中でフラリと立ち上がった。


 水に濡れた知世は黒髪の毛先から水を滴らせており、和服は体に張り付いて肌の色を薄っすらと浮かべている。

 色香の漂う姿だったが、当然今の渡辺にそんなものは瞳に映らない。


 「諦めな、知世。俺はお前の母親を倒したんだ。お前に俺は倒せない」


 「……わかっていましたとも。私の技はまだ母上には遠く及ばない。私では――草薙 知世ではアナタには勝てない」


 寂しそうな、悔しそうな表情を浮かべて知世が言い切った。

 すると、知世の両サイドで霧がユラユラと揺らぎ始めた。その異様な光景に気づいた渡辺は身構える。


 「故に、私は……草薙家の娘ではなく、ただの知世として。母上を倒したあなたに勝利する!」


 「なっ!」


 渡辺は目を剥く。

 揺らめきは赤色を帯びていき、とある形を成していく。

 弓に似た機構を持つ巨大な兵器。バリスタだ。知世の両脇に2台現れた。

 赤いレーザーの様な光がバリスタの形を成しており、本来は極太な鉄の矢が装填される部分にも赤い光の矢がセッティングされている。


 だが、渡辺が驚いたのはそこではなかった。

 何も無い空間に、大掛かりな兵器を生み出す。こんな芸当ができるのは、あの力しかない。

 神から授かった不正の力。チート能力。

 天知心流の教えではチート能力の使用が禁止されているはず。にも関わらず、知世はその教えを破って自らの能力を解禁した。


 「知世……お前、チート能力は使わないんじゃなかったのか」


 「私は先祖が代々守り抜いてきた誇りよりも、国を守ることを優先する。それで草薙家を名乗る資格を失おうとも」


 「……そうまでして、こんなクソみたいな王国を守りたいっていうのかよ……」


 渡辺には知世の気持ちが理解できなかった。

 そして、理解をする気もなかった。

 渡辺の思いはただ一つ、大切な者たちを救うこと。


 「うおおお!!!」


 知世の覚悟にも怯まず、渡辺は地を蹴った。

 それと同時に、2台のバリスタから赤い矢が飛び出す。もし当たってしまえば『防御支援ディフエンス サポート』が大きく削れる威力だが、渡辺は体を捻って2本の矢を紙一重でかわしていく。


 「流石です。ならば、これでどうですか!」


 知世の左右に追加でさらに赤いバリスタ群が現れ、次々に巨大な矢が発射される。


 「チッ!」


 矢の密集度からして全てをかわすのは不可能。なので渡辺はかわすだけではなく、矢の軌道を拳でズラす作戦に出た。

 次々に飛来する矢を渡辺は弾き飛ばしていく。


 たった二人だけの闘い。

 だというのに、その規模は戦争並で、周辺の民家と石畳が流れ矢を受けて次々破壊されていく。

 渡辺と知世が闘っているすぐ近くには、住民が避難している地下シェルターがあり、そこにいる者たちは鳴り響く戦闘音に身を震わせていた。



 渡辺が矢を弾くたび、知世との距離が大きく縮まっていき、あともう少しのところまで迫っていく。

 しかし、


 ゴゥンッ!


 「ウッ!!」


 背中に大きな衝撃を受けて、渡辺の体は正面から地面に叩きつけられ、鞠の様に跳ねる。その最中、自分を攻撃した正体を視界の端に見つけた。

 空にバリスタがあった。

 渡辺の後方上空で創り出されたバリスタが死角から狙撃したのだ。


 「ク……ソッ!――はっ!」


 体が何度かバウンドし、次に顔面が地面にぶつかりそうになった時、知世の凶刃が右目のそば――文字通り目の前に見えた。

 掬い上げる様に、知世は大太刀を下から上へ振り抜き、渡辺を大きく斬り飛ばした。


 飛ばされた渡辺は為す術なく、民家の三階部分に激突する。

 外側の壁をぶち抜き、建物内の壁にぶつかってようやく止まったところで片膝を着く。

 今の一撃はかなり効いてた様子だ。


 「うぐっ……危なかった。少しでも右手のガードが遅れてたら残った目も失明してたな、確実に。……にしても今のパワーどうなってやがる。あの二次熟語野郎や刀柊並の攻撃力だったぞ。これもチート能力な――」


 ミシッ。と天井が不吉な音を立てた。


 「クソ! 考える時間もくれないのかよ!」


 渡辺のいた民家全体が上から知世の『風魔法』で押し潰されて崩れ、四階建てだった民家は一階建てにまで圧縮されてしまう。

 そのグシャグシャになった家から、渡辺が転がり出た。


 「チッ! チート能力が禁止されてたって割には扱いが手馴れてるじゃねぇか!」


 「それはそうでしょう。日々、人目を避けて修行していたのですから。母上の目を盗むのは苦労したものです」


 と、知世は言うが、実際には知世がチート能力の修行をしていたことを刀柊やエメラダは知っている。だからこそ、彼女らは知世の勝利を確信しているのだ。


 渡辺と距離が離れた知世は、再びバリスタを横一列に並べる。

 先程と同じ状況。渡辺はまた赤い矢の豪雨をかわして近づかなければならない。


 「……いや、避けて接近してもさっきの二の舞になるかもしれねぇ。何か他の手を…………ああクソッタレ! 最悪なヤツ思い出しちまった! でも、これは使える!」


 「何をブツブツ言ってるのか知りませんが、接近戦タイプのアナタがそこにいても何も出来ませんよ!」


 バリスタ群の照準が渡辺に合わせられる。


 「さて、そいつはどうかな!」


 渡辺が石畳の地面に腕を深く突っ込ませた。


 「――ッ?!」


 突然の行動に、知世は驚き目を見開く。

 渡辺が行おうとしていること。それは、彼がこの世界に来て一番初めに闘った人間――たくみという男が見せた技。

 肘から先が地中に埋まった腕を強引に持ち上げた。

 すると、地面が弾けて大量の岩が知世へと飛来した。


 「なんとっ!!」


 知世は上を見上げ、放物線を描いて飛んでくる岩石の群れを回避していく。

 その一瞬。

 知世が岩に気を取られている一瞬を狙って、渡辺が一気に間合いを詰めて拳を突き出した。


 「ふっ!!」


 渡辺の動きを警戒していた知世は、その攻撃に気づき大太刀で受け止めるが、強力なパワーに押されて知世の体は石橋の中央にまで転がる。

 それを渡辺は跳躍して追いかけていき、体を空中でグルグルと高速回転させて踵落としを知世の脳天に向けて繰り出した。

 寸でのところで、知世は刀で渡辺の攻撃を防御する。


 すると、衝撃が刀から知世へ、知世から石橋へと伝わっていき、瞬く間に石橋が崩落した。

 そのまま川へと落ちた二人は、相手から一度距離を置く。


 「やっぱり力が上がってやがる。それもチート能力か」


 「ええ、そうですとも。『筋肉操作マッスル コントロール』で筋肉量を増やすのみならず、全身の筋肉を一時的に瞬発力のある白筋へと変化させたのです」


 「なるほど身体強化か。単純な分厄介そうだ。だが、さっきのデカイ弓矢を出す能力は潰した。あとは、その能力を力尽くで突破するだけ!」


 渡辺が川の水を跳ねさせながら知世へ飛び出す。


 「……渡辺殿は2つ、勘違いをしてます。まず『魔法剣マジック ソード』はバリスタを創り出す能力ではありません」


 「ッ!!」


 頭上からの危険を察知した。

 半ば反射的に渡辺が後退した直後、正面で水飛沫が上がる。


 赤い光で構成されたハルバード。

 それが川底に突き立てられた。


 突然現れた物体に渡辺が呆気に取られている間、知世はさらなる攻めを行う。

 大太刀を握る手とは逆の手に今度は赤く光る鎖鎌を出現させ、その鎖を渡辺へ投げる。

 鎖を渡辺の腕に巻きつかせると、知世は鎖鎌を後方に引っ張って渡辺の体勢を崩す。続けて鎖鎌を放し、代わりに眼前のハルバードを拾い上げて、渡辺へと振り下ろした。


 「しまっ――」


 水の跳ねる音と川底の砕ける音が混じって鳴り響いた。

 頭から叩きつけられた渡辺は川に倒れ伏す。


 「このように『魔法剣』とは魔力を物質化する魔法。そのイメージが正確であるほど、理想の物体を創造できるのです。そして――」


 渡辺がうつ伏せの体勢から、ブレイクダンスの如く体を回転させて足払いをした。

 しかし、これを完全に予想していたかのように、知世は余裕をもって後退して避けた。


 「チッ! 読まれてたか!」


 「……そして、2つ目の勘違いですが、私の能力は『魔法剣』『風魔法』『筋肉操作』だけではないということです」


 「ッ!!」


 「草薙家は勇者と呼ばれながらチート能力を重視しない家系ですが、それでもウォールガイヤの黎明期から存在する一族の血は多くの能力を継承してきました。中でも、私が得たこの“目”は数ある能力でも最強の部類です」


 「な……目が……光ってる?」


 渡辺の言うとおり、知世の瞳は白く発光していた。


 「これは3つの能力――『解析アナライズ』『動体視力ダイナミックビュジュアルアキュイティ』『高速信号ハイスピード シグナル』が合わさって初めて発動する複合チート能力『慧眼キーン アイ』です」


 「っ……目が光ったからって何だってんだ!」


 渡辺が加速し、スピードで攻めかかる。

 あのAUW戦の時の速度、時速1000kmだ。

 減速無しのノンストップ攻撃。

 しかし、そんな渡辺の高速攻撃が知世にクリーンヒットしない。全てが掠るだけに終わる。


 「クソ! もう少し! もう少しで当たるのに! ほんのちょっと速ければ!……いや、待てよ。いくら何でも掠り過ぎだろ……」


 攻撃は決して外れてはいない。どの攻撃も知世の体を掠めている。

 渡辺は、それがとても不自然に思えた。

 そして、ある恐ろしい考えが浮かび上がる。


 「ま……まさか、テメェ、わざとギリギリのところでかわしてやがるのか!」


 「……『慧眼』は相手の呼吸や発汗の具合、筋肉の微妙な動き、体内を巡る電気信号、心臓の拍動、全てが視えます。そこからアナタが次に何がしたいのか、しようとしているのか、手に取るようにわかるのです」


 知世の周囲が赤く揺らめき始める。


 「さて、渡辺殿。アナタはいかがでしょう? 私の次なる一手が視えますか?」


 知世の周りを、赤く光る両手剣、ハルバード、薙刀、ダガー、鎖鎌、大鎌、槌、メイス、モーニングスター、槍、クナイ、チャクラム、ジャマダハル、フランキスカ、ありとあらゆる武器が宙に浮いて囲んでいた。

 

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