第150話 ファンタジーと現実
何十年とトライ&エラーを繰り返して時間をかけて造り調整を施してきたAUWたちが、空で砕け散っていく。
「なんということだ……魔人エーアーンのために造られた兵器がたった二人の少年たちに……」
所長が落胆して気の抜けた声を漏らす。
AUWはただの機械。それ以上でもそれ以下でもないが、最初から最後までこの兵器開発に携わっていた所長にはAUWに対して実の子に注ぐ愛情に似た特別な感情があった。
それは幾年もの間、汗と涙を流しながら一つの物に関わり続けてきた人間にしかわからない感情だった。
そんな彼の横でビージェーだけは冷静に分析を行っていた。
「……ディックちゃんの速さステータスの数値は470前後のはず……それが時速1000km――速さが700以上ある状態になっている。ステータスは気合で変動するような代物じゃないわ。それがどうして……」
ビージェーはモニターに時折映る渡辺を注視する。
「……まさか、彼なの?」
*
「AUWが押されているだと?!」
障壁上空を監視している部下からの報告を受けて、司令官は予想外の展開に驚愕した。
「くっ! だが、ディックも渡辺とかいう小僧も今はこの平原におらぬ! 今ならば本隊を集中攻撃できる!」
これまでディックと渡辺の相手をしていた軍隊が、4000人の千頭軍の方へと進軍を始める。
「まずい! ただでさえ劣勢にある本隊がこの数で攻められたら後がない!」
ただ一人敵陣の中心で戦っていたオルガが、敵の進軍を食い止めようと必死に騎士を倒そうとするのだが、攻撃力が低いオルガでは軍団規模の動きを抑えることは不可能だ。
敵のほとんどがオルガを無視して本隊へ向かっていく。
絶対絶命の危機。
そんな状況下でも、あの男は冷静に戦場を見渡していた。
「やれやれ……だから渡辺君には行くなと言ったんだけどね。まあ、彼が人の言うことを聞かないのはわかっていたさ。予定より少々早いけど、こちらも残していた全戦力を投入するとしよう……」
無線を口元に近づけて千頭は呟いた。
直後、本隊へと向かう敵軍の一部で爆発が起きた。
「「――ッ!!!」」
それも一つではない。
2、3、4、と連続で轟音が土を巻き上げる。
「一体どこから攻撃されてる?!」「わ、わからない!」「森だ! 森の方から大砲の弾が飛んできているぞ! 全員防御姿勢を取れ!」
一人の騎士の言う通り、それは千頭が潜む森から発射されていた。
しかし、飛んでくるのは大砲だけではなかった。
森から『
「何だ?! 一体誰が――!!」
その人物を見て、騎士の、特に高年層たちが驚愕した。
「やぁ、こんにちはですじゃ!」
元女王フィオレンツァの近衛兵であるジイが、杖をつき全身をぷるぷるさせて立っていた。
「……じ、ジイだあああ!!!」「ジイが現れた! 全員急いで飛び掛れ!!」
ジイの危険性をよく理解している中年騎士たちが、慌ててジイに剣で斬りかかる。
「こりゃ! 人に刃物を向けちゃいけません!」
ジイが一喝すると同時に、周囲の騎士らが一斉に顔面を地面に強打する。
「この老いぼれ風情が! 近接攻撃が無理なら私の『雷魔法』で!」
「むむっ、とおっ!」
ジイが自らにかかる重力を弱めることで体重を軽くし、横に飛ぶ。
「なんて身軽な! ぐふぅっ!」
『
そのままジイはまるで翼でも生やしたかのようにピョンピョンと軽やかに戦場を飛び回りながら、騎士たちを次々にひれ伏せさせていく。
「歩兵はジイを相手にするな! 弓兵と魔法兵が中心になって戦うのだ!」
司令官が伝令兵を介して騎士に指示を送る。
「ぬうぅ、本来ならばジイの相手はネトレイトとゼルプランがするはずだったのだがな……」
ゼルプランとは髪使いの女のこと。
二人とも既に渡辺に倒されている。
「仕方がない。ジイも数の力で弱めるしかあるまいて。それより、森の大砲の位置はわかったか?」
双眼鏡を覗き込んでいる騎士に確認する。
「それが森には広範囲の『
「小癪な」
ならば、と司令官は別の能力を持った騎士に訊く。
「こちらも『魔法反射』の効果外から『
「……敵は透明だとでも言うのか。だが、この程度で我が軍の足は止められぬぞ」
森からの砲撃の雨。ジイの『
敵の進行が止まらない。
このままでは革命軍本隊が全滅する。そう本隊に緊張が走った。
その時だ。
大きな爆発が起こった。
爆発は数十人の騎士を軽々と吹き飛ばす。
「何だと?! まさか森からの砲撃が増えて?! いやしかし今の破壊力は――」
ビュオオオ!!!
上空で轟音が3つ、通り過ぎていくのが聞こえ、司令官はその正体に気づく。
「……まさか……」
轟音が過ぎ去って行った方向を見やると、それらはUターンをして再び戦場へと向かってきていた。
『フォックスツー! ファイア!』
「戦闘機だと!!!」
叫ぶ司令官。
戦場に短距離ミサイルが直撃し、爆炎に人が巻き上げられる。
その上を戦闘機3機が通過した。
戦闘機の名前はF-15、愛称はイーグル。渡辺がいた元世界で、1976年から運用が始まったアメリカ産の制空戦闘機だ。とても優秀な機体で40年以上が経過した今でも現役である。
「フィオレンツァめ、こんなものまで隠し持っていたのか!」
実際に戦闘機を製造したのはジェヌインだが、この戦争にジェヌインが関わっているとは知らない司令官は勘違いをする。
「何だあの鉄の塊は?!」「どうやって飛んでる?!」「何だっていいだろ! 敵は撃ち落とすだけだ!」
騎士たちが矢を放ったり、銃弾を飛ばしたりするのだが、音速を超える戦闘機のスピードにまったく追いつけない。
『へっ! んなもん当たるかよ! 異世界人共!』
戦闘機を操る一人の若者が、地上で足掻く者たちを鼻で笑う。
それを通信越しに聞いていた別機体の高齢のパイロットが戒める。
『カイル。油断はするな。この世界は何でもありなんだ。いつ何が起きても対応できるよう戦いに集中しろ』
『こっちは空高く飛んでんだ。ビビる必要なんてねーよ! 勢いに乗って、このまま直接司令官にミサイルくれてやろうぜ!』
『恐れの必要が無くても恐れることが長生きの秘訣だ。それと、司令官を殺せたとしても、代わりの者が指揮権を引き継ぐだけで意味はない。大人しくボスの指示通りに動け』
『チッ、イエッサー』
『次は機銃で牽制して『
老いたパイロットの指示通りに3機の戦闘機が行動する。
*
悪くない感じだ。
千頭は戦況からそのような感想を抱く。
「予想通り異世界人は初めて見る兵器に動揺しているね」
王国では戦闘機は製造していない。戦闘機の機動力では魔人エーアーンの攻撃から逃れることができないためだ。
そのため、異世界産まれのほとんどの者が戦闘機を知らない。
ちなみに司令官が戦闘機を知っているのは、地球の兵器についてまとめられた本を読んだことがあるからだ。
「さて、あとは内側にいる仲間が上手くやってくれるかどうかだ。それまで現状を維持できれば、この革命。成功したも同然になる」
千頭は木の陰にしゃがみ込んで、ジッと戦場の様子を見ている。
バサッ。
背後から音が聞こえ、腰のホルスターから愛用の銃であるデザートイーグルを抜き取って振り返る。
カァー。カァー。
カラスだった。
なんてことはない。よく見かける鳥型モンスターが後ろにある木の枝に止まっただけだ。
「…………」
千頭は銃を下ろして再び戦場の方を見やり、それから無線で誰かとやり取りを始める。
「こちら千頭、どうぞ」
『こちら、ローレンス、どうぞ』
無線から若い女性の声が鳴る。
千頭は話を続ける。
その後ろで、先程のカラスが千頭の背中を穴のあくほど見ていた。
すると、カラスがくちばしをパカリと開いた。
カァー。とは鳴かなかった。
何も音を発さなかった。
代わりに、真っ暗な口の中から黒光りする鉄の棒のような物体を覗かせる。
苦しいのか、くちばしを開けたまま首を前後左右に振り出す。
コキッコキッ。っと千頭には聞こえない音量で骨の外れる音が鳴り、カラスの口が尋常ではないほどに開く。骨が外れてなんてレベルではない、明らかに口周りの皮膚が伸びて、野球ボールさえ丸呑みにできるまでになっている。
「ああそうだ。前もって話していたことだ」
戦場の状況を確認しつつ無線で会話している千頭は、カラスの異様な行動に気づいていない。
カラスが拡がった口を千頭に向ける。
それに合わせて、口から出ていた鉄の棒がさらに外に出てきてその全貌が明らかになる。
拳銃。
カラスの口から拳銃が現れたのだ。
それだけではない。
その銃のグリップは角ばった手に握られていた。
筋肉質な手は銃口の照準を千頭の頭部に合わせるように、カラスの口内で動く。
「これからしばらく、指揮は全て君に任せる。頼んだよ」
千頭はそう言った後、下ろしたままの拳銃の引き金を引いた。
発砲音と同時に、カラスの頭上から弾丸が2発降り注ぎ、カラスの胴体と頭を撃ち抜いた。
千頭は発砲した弾丸を『道具収納』で一度しまってから、瞬く間にカラスの上で弾丸を取り出したのだ。千頭お得意の『道具収納』の収納と取り出しを同時に行う技だ。
「ッ?! ギエエエェ!!!」
カラスとは似ても似つかない鳴き声をあげながら、カラスは雪が積もる地面の上に落ちた。
千頭は立ち上がって振り返り、カラスが落下した地点に向けて銃を構える。
カラスの体は雪の中へ沈んでいるらしく。千頭の位置からカラスの姿は視認できない。
カラスを目視できる位置まで近づこうと千頭が一歩前に踏み込むと、突然雪の中からイセカイオオカミが飛び出した。
素早い動きで逃げていくオオカミへ千頭は弾丸を一発撃つも、避けられて木陰に隠れられてしまう。
「…………」
千頭は改めて、カラスが落ちた場所に近づいてみる。
するとそこに、カラスはいなかった。
「……なるほどね」
ボソリと呟いて一人納得すると、今度は先程オオカミが逃げ込んだ木陰まで銃を構えて回り込む。反撃を受けぬように距離は開けて慎重に。
しかし、そこにオオカミの姿はなかった。
目を細めて雪の上をジッと見る。
「足跡が無い……!」
姿は無いのに、雪に逃げた痕跡が見当たらない。それから導き出される答えに気が付いた千頭は横に飛んでいた。
千頭の首をナイフの切っ先がかすめる。
「――蛇?!」
横に飛びつつ攻撃の正体を目で確認すると、それは一匹の黒い蛇だった。
蛇が口にナイフを咥えて、木の上から落ちてきたのだ。
蛇は雪の上に落ちるが終わりではなかった。
今度は蛇の顔の横から筋肉質な手が生えた。
手は蛇が咥えているナイフを掴んだ後、ナイフを逆さまにしてグリップの方を千頭に向ける。
「ハッ!!!」
千頭はナイフのグリップの端に備え付けられたのトリガーようなものに気づく。
「スカウトナイフか!!!」
手がトリガーを引いた直後、ナイフの柄尻から弾丸が射出された。
それを千頭はギリギリ身を捻ってかわす。
「……ほお、これを知っているとは」
蛇が人の言葉を喋り出した。
何も知らなければギョッとする場面だが、既に予想できていた千頭は驚かなかった。
蛇の体がボコボコと泡立つ様に膨れ上がり大きくなっていく。
千頭よりも一回り大きいほどのサイズになると、泡立ちは落ち着いていき、ある形を形成する。
男だ。
栗毛のツーブロックに緑色の目。肌の色は白く、体つきはオルガに似て筋骨隆々。
それが千頭の前に全裸で仁王立ちしていた。
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