第146話 前半戦終了

 ネトレイトが機械の腕に力を入れ、渡辺を後方へ押し退ける。


 「……強いな。どうやら私の負けだ」


 これまでの二字熟語連発が嘘のように、流暢に話し出した。


 「喋れるのかよ……そんでもっていきなりの敗北宣言。どういうつもりだ?」


 「そのままの意味さ。私の能力である『限界突破リミット ブレイク』が時間切れだ。もう今以上の力で君を止めることは叶わぬ」


 ネトレイトの話は本当で、実際に彼が持つ折れた大剣の赤熱の光が弱まっていた。


 「なら、大人しく引き下がってくれよ」


 「それはできない。だから、私は私の力でなく、他者が生み出した力にて、君を屠ろう」


 折れた大剣を地に突き立てた後、ネトレイトは渡辺へとゆっくり近づいていく。


 ネトレイトという男は敵を倒す力を得るためならば何でもする人物だった。自分の背や足を機械化してブースターを取り付け機動力を得たのも。解放薬を服用して肉体のリミッターを外し、『限界突破』の能力効果をさらに高めているのも。二字熟語を言葉にして自己暗示をかけているのも。

 すべてはいくさに勝利するため。


 そして、これから使う兵器も、勝利の二文字のために得た力。

 ネトレイトが機械の腕に取り付けられたままのガントレットを外した。


 「――ッ!」


 露わになった機械の手のひらから、金属で作られた縄のようなものが飛び出し、渡辺に巻き付こうとする。

 それを渡辺は後退して避けようとするのだが、再び髪使いの女の邪魔が入る。


 桃色の毛髪が渡辺の片足を捕縛する。


 「ワタクシの存在もお忘れにならないでほしいですわ!」


 「あの女! また邪魔を!」


 動きを止めた渡辺の左腕に、鉄の縄が螺旋を描いて手から肩の間まで巻き付く。

 それからキィィィンという音が機械の腕から鳴り始め、その音は次第に高くなっていく。まるで離陸直前の飛行機が出す音のようだ。音量も大きくなっていく。


 『渡辺君! 今すぐそれを振りほどけ!』


 渡辺の状況を把握した千頭が『精神感応テレパシー』で強く訴える。


 『それは、超振動だ!』


 次の瞬間、鉄の縄が急激に熱を持ち始め、渡辺の腕に激痛が走った。


 「ぐああああああ!!!!」


 信じられないほどの激痛に、絶叫する渡辺。

 しかし、その痛みは巻きついた機器が発する熱によるものではない。熱は単なる副次的効果だ。

 もっと内側から。

 骨が爆発するような感覚を渡辺は味わう。


 それもそのはずで、今渡辺の左腕の骨にはヒビが入りつつあった。


 「攻撃対象の固有振動数を割り出して共振を起こさせる。第七開発局、特殊兵器開発部が造り出した最新兵器。まさかネトレイトが義手に仕込んでいたとは!」


 千頭は、フィオレンツァからの情報で超振動が戦場に投入されるのを事前にわかっていたものの、それがいつどこからくるのかまではわかっていなかった。

 超振動の働きからして千頭は大型の装置だと考えていたのだが、まさか人の腕ほどのサイズだとは想像もしていなかった。


 共振は振動さえ伝われば起こる。どれだけ防御力が高かろうが関係ない。共振はあらゆる固体の振幅を増加させ平等に破壊する。その威力は物理学上、摩擦無しで考えれば無限大になるほどだ。


 「この……ヤロオォォ!!!」


 不完全骨折して痛む腕を、渡辺は強引に後ろへ引く。

 渡辺の力にもう抵抗できるだけの攻撃力が無くなっていたネトレイトは体勢を崩し、それから懐へ飛び込んできた渡辺の左ストレートを顔面に受けた。


 ヘルムは粘土のようにぐにゃりと陥没し、防御力も下がっていたネトレイトは、この攻撃により倒れて沈黙した。


 「テメェもだ!」


 渡辺が髪使いの女に死の視線を飛ばす。


 「ッ! まずいわ!」


 女はすぐに渡辺から距離を取ろうとするが、遅い。

 ネトレイトの前の地面が弾けた次の瞬間には、渡辺の足先は女の顎を捉えていた。


 「ぶっ!」


 女は真上に高く蹴り上げられて気を失った。


 一瞬の間に退魔の六騎士である二人を戦闘不能に至らせた渡辺は、フィラディルフィアに向かって叫ぶ。


 「これでもまだ戦うっていうのか! ああ!?」


 それはこの場の騎士たち全員に対する問いかけだった。

 その問いに騎士たちは雄叫びをあげて渡辺に襲い掛かることで答えとした。


 「クソが!」


 向かってくる軍勢を渡辺は迎え討つ。



 物見ヤグラから一連の渡辺の動きを見ていた司令官は、何が起きているのかわけがわからなくなっていた。

 奴は一体何者? 何故これほどの実力者が今の今まで誰にも存在を知られていなかった? それにあのチート能力は何なのだ? 風が本体を常に覆っているようだが……謎が多すぎる。


 「おい」


 司令官が伝令兵の一人呼び寄せる。


 「半年以内で新しい能力の登録があった、もしくは能力が不明のままの者がいるかギルドに行って調べてきてくれ」


 「はっ!」


 「待て」


 命令を受けて、場を離れようとしている伝令兵を呼び止める。


 「もう一つ。正体がわかったのであれば、セルギウス様にもお報せするように」



 *



 渡辺が派手に立ち回っている間、ディックも退魔の六騎士である二人を相手に激戦を繰り広げていた。


 ディックは周囲の弓兵が繰り出す遠距離攻撃をかわしつつ、蛇腹剣使いに向けてスナイパーライフルの弾丸を放つ。

 それを蛇腹剣使いが蛇の様に曲がりくねる剣で弾き落とす。

 そこへ、毒使いの女が鳥モンスターに乗って空から強襲してくるのを、ディックは紙一重でかわす。


 この繰り返しが延々と続いていた。


 周囲の騎士たちの攻撃は通常であれば避ける必要はない。そこらの雑兵の攻撃力ではディックの防御力を上回れないからだ。

 ただし、武器に毒が塗ってあるとなると話は変わる。毒は体の丈夫さで何とかなるものではない。もし負傷している左腕に毒矢が命中すれば、いよいよ腕を切り落とさなければならない事態になってしまう。

 騎士たちの攻撃はディックの動きを大きく制限していた。


 ならばとディックが騎士に向けて発砲すれば、女が二本の蛇腹剣を適確に伸ばしてそれを弾き、殴りかかろうすると行く手を阻んで妨害する。


 「ったく! 蛇みてぇに鬱陶しい女だぜ!」


 「はっ、最高の褒め言葉だ! ありがとよ!」


 蛇腹剣使いは明らかに守りに徹して、攻撃は周りに任せている。

 多対一だからこそできる戦法だ。


 「お前の銃の軌道は完全に見切ってる! 何しようが無駄だぜ!」


 「へっ、出会ったばっかで俺の全てを知った気になってんじゃねーよ!」


 ディックが両手を合わせ、『炎魔法ファイア マジック』と『水魔法ウォーター マジック』の複合チート能力『ミスト』を発動させた。ディックの両手から霧が一気に拡散し、辺り一面を真っ白に覆い尽くす。


 「視界を奪ったつもりか? この程度の霧、意味ねぇんだよ!」


 女が蛇腹剣を勢いよく振り回して風を起こし、たちまち霧を晴らす。

 霧が晴れると、ディックが女へ殴りかかっていた。


 「甘めぇ!」


 蛇腹剣がディックを食らおうと迫る。


 「オメェがな!」


 突如、ディックの姿が消えた。

 代わりにディックが存在した位置にワイヤーが現れる。


 「な!」


 そのまま蛇は誤ってワイヤーに食らい付つくのだが、ミスリル製のワイヤーを噛み千切ることができず、逆にワイヤーに巻きつかれて動きを封じられてしまう。

 急いで女は二本の蛇腹剣を呼び戻そうとするも、節々に絡み付いたワイヤーがそれを許さない。


 これがディックの狙いだった。

 『霧』を発動した直後、足元にワイヤーを置き、攻撃されたタイミングで『位置交換スワップ ポジション』を使って入れ替わる。


 「ったく10秒コースを散々延長しやがって。お代は高く付くぜ!」


 ディックのスナイパーライフルから数十発の弾丸が放たれた。


 「ぐっ!」


 『能力向上キャパシティ ビルディング』で貫通力を高められた一発一発が、甲冑を貫いて女の腕や膝、肩や胸を穿ち、最後の一発は女の額へ向かう。

 しかし、それを女は手の甲で防いだ。


 「ギリギリのところで死ぬのは免れたか。けど、そのあり様じゃもう動けねーだろ」


 「……ちき……しょ」


 蛇腹剣の女は口から血を吐くと、力無く倒れ伏した。


 「おおぉーっと! 気を抜くのはまだまだ早いよー!」


 蛇腹剣使いを倒してディックが油断していると思った毒使いの女は、ここぞとばかりに鳥に乗った状態で攻め込み、ディックの喉元を狙った。


 ズグリと確かな手応えが毒使いの手に伝わる。


 「やりぃ!」


 「やる事やっちまった後ってのは確かに気が抜けちまうが、ピロートークが終わるまでがセックスだと思ってる俺に隙はねぇ」


 「へ?」


 喉を羽根ペンで貫かれているはずのディックの瞳が毒使いを捉え、しかも何事もなかったかのようにしゃべっている。


 「そいつは『二重行動ダブルアーツ』の俺だ」


 「ッ! しまっ――」


 目の前のディックが魔力で作られたマヤカシであると気づいた時には、本物のディックの拳が偽物のディックの胸を突き破って毒使いの女の腹部に食い込んでいた。

 強力なパンチを受けて女は相棒の鳥モンスターと共に騎士たちを巻き込みながらぶっ飛んでいった。

 その様を見届けたディックは銀髪の前髪をかきあげてドヤ顔で言う。


 「蛇とか毒とか、どうやら搦め手で俺を斃そうとしたみてーだが、俺とお前らの実力差はそんなもんじゃ埋められねーんだよ」



 *



 「私は王国の皆を守らなきゃいけない! だから私は、私はあああ!!!」


 「よすんだレイヤ!」


 メリケンサックを嵌めたレイヤの拳を、オルガは手のひらで真正面から受け止めた。

 レイヤの攻撃は『万有重力ユニバーサル グラビテーション』で重くされていたが、『鋼の肉体スティール ボディ』を有するオルガにはこの程度通用しない。

 しかし、肉体的には無傷でも、精神的には参っていた。


 「聞けレイヤ! もし革命軍が敗戦する事態になれば、反逆者全員極刑は免れない! そうなれば亮も殺されるんだぞ! お前さんはそれに耐えられるのか?!」


 「やめて! 聞きたくない!」


 レイヤも騎士として国を守らなければならない気持ちと、愛する人と尊敬する人を救いたい気持ちの間に挟まれて苦しんでいた。

 そんな彼女の辛そうな姿を見て、オルガは一刻も早く何とかしてやりたい気持ちに駆られる。


 「少々手荒になるが、お前さんのためにもここは寝てもらうぞ」


 オルガは空いている方の拳でレイヤへパンチを繰り出すが、レイヤは後退してかわす。


 「コウク君! 清十郎! 援護お願い!」


 「はい!」

 「ああ!」


 二人の返事を聞いたレイヤは、再びオルガに向かって突っ込む。


 その後でコウクが小さく言った。


 「清十郎、止めるぞ」


 「……言われるまでもねぇ」



 オルガは走ってくるレイヤに拳を突き出す。

 しかしそれを、コウクがオルガの目の前に『瞬間移動テレポート』して巨大な盾で防いだ。


 「いいわ! コウク君そのまま――!」


 コウクの足元に清十郎の鎖鎌の分銅が飛んできて、地面を叩いた。

 それにより舞い上がった砂煙が、オルガ、コウク、レイヤの3人を覆い隠して周囲の騎士たちから見えなくした。


 「清十郎何してるの?! 狙いが外れてるわ! ウッ!」


 レイヤの全身を電流がはしった。

 加えて急激な眠気にも襲われる。

 『拘束魔法レストレイント マジック』と『催眠魔法ヒプノティズム マジック』の魔法石だ。


 「そんな……どうして……コウクく……」


 意識を失って膝から崩れ落ちそうになるレイヤを、コウクが腰に手を回して自らへ寄りかからせて支える。


 「コウク?!」


 予想外な展開にオルガは動揺するが、それとは対照的にコウクは落ち着きを払っていた。


 「オルガさん」


 砂煙が舞う中、黒縁の眼鏡越しにコウクの鋭い視線がオルガを刺す。


 「その亮とか言うヤツがどなたかは知りませんが、今度会ったら一発殴らせてください」


 それだけ言うと、コウクは煙の中から飛び出した。


 「レイヤさんがやられた! ここは一度撤退するぞ清十郎!」


 などと周囲の騎士たちに納得してもらうための演技を行ってから、コウクはレイヤを抱きかかえたまま清十郎と共に魔法石の『瞬間移動』で戦場から離脱していった。


 「……コウク、レイヤが苦しんでいるのに気づいてくれたんだな。レイヤのことは任せたぞ」


 

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