第140話 開戦

 セラフィーネは、ディックの他のパートナーらと共にエマ、アイリス、ディックが出陣していくのを見送った後、単身アルカトラズにある教会へとやってきていた。


 礼拝堂にはセラフィーネが長い間住んでいた教会と同様に、神を模った像が人々を見下ろすかの如く佇んでいる。

 セラフィーネは神の前で両膝をつくと、両手を顔の前で組み、祈りを始めた。


 ……ディック様、アイリス様、エマ様をお守りください……そして、どうか、この世界に生きる人々に幸せを……。



 *



 フィラディルフィアの北側平原には約12万の騎士が集まっていた。

 フィオレンツァの予測よりも3万人ほど少ないが、その分の騎士たちは街内部で活動していた。現在も地下シェルターへの避難ができていない住民たちの誘導にあたったり、敵襲を警戒したりなどしていたのだ。


 

 12万の騎士たちが1万の師団毎に密集して隊列を組み、12の団を形成している。

 団のほとんどは剣や槍を持った騎士で構成されていたが、中には大砲の傍らに立つ砲兵や頭部に角が生えた馬型のモンスター"ユニコーン"に乗馬した騎兵もいた。

 他にも様々な役割を受け持つ騎士の姿が確認できるが、とりわけ目立つのが戦象だ。体高がビル4階建てに相当する象型のモンスター"ジャイアントエレファント"。その圧倒的なまでの巨大さは、敵から戦意を奪うほどの迫力がある。ジャイアントエレファントの背中にはやぐらが設けられ、そこには象使いと十数人の弓兵と狙撃手がいた。


 以上から、一つの師団に多種多様な騎士がいるのだが、それらをまとめあげているのが師団長だった。

 各師団の後方には、高さ20mはある仮初の物見やぐらが建てられており、そこからそれぞれの師団長が司令官からの指揮を受けて指示を出す手筈になっている。



 「ねぇねぇ先輩」


 後方支援を務める若い女性騎士が、男騎士の背中を指でつつく。

 男は振り向き、「どうした?」と訊ねる。


 「どうして私たち北区に全員集められてるんですか? 敵が絶対ここに来るとは限らなくないのに。というか、こんなに集まってるの見られたら別の区から侵入しようと思われません?」


 「ふむ……そうだな。まず何故北側かだが、地形の高さが理由だ」


 「地形の高さ?」


 指先を顎に当てて首を傾げる女性に、男は北の方を指差す。


 「東、西、南の方と比べ、ここは山岳地帯がすぐ近くにあるだろう?」


 「はい、あります」


 「敵の指揮官が阿呆でなければ、あそこを取りたいと考えるはず、司令官はそうお考えなのだ」


 「ええっと……」


 「指揮官にとって肝心なのは、戦場全体の状況を常に把握することだ。高い場所から戦場を見下ろすことができれば、それが一目でわかるだろう?」


 「ああ! なるほどです!」


 納得した女性騎士は合点のポーズを取る。


 「それと2つ目の質問の別の方角から攻め込まれないかだが、こちらはもっとシンプルだ。お前含め騎士には全員『瞬間移動テレポート』の魔法石が支給されているな?」


 「あ、はい! いくつかもらってます!」


 「例えば今奴らが南区側から攻めてきたとしても、我々も『瞬間移動』で南区へ移動すればいい。それで相手が『瞬間移動』で別の方角へ逃げても、こちらはさらにそれを追いかける。それだけの話だ」


 「ふむふむ! えーっと、つまりですよ。相手からすればどこの方角から攻めても私たちとぶつかるのに変わりは無いから、それならより好条件で戦える場所選びたい。そういうことでしょうか!」


 「そのとおりだ」


 男騎士はこくりと頷いた。



 「「 全員! 構え! 」」


 各部隊長が声を張り上げたことで、騎士たち全員の視線が前へ向けられた。


 「どうやら、おいでなすったようだな」


 千を超える光の塊がアルカトラズ山から真っ直ぐこちらへ向かってくるのを男騎士は自身の瞳に映した。


 数多の光は次々に山岳地帯である森へと落ちていく。

 男騎士が言っていた通り、そこは高所だった。



 「想定通り。騎士たち全員が北区に集まってくれているね。相手の指揮官が阿呆でなくて良かったよ。多少考える頭があってくれた方がこっちとしても作戦が立てやすいからね」


 森の中で木を背に騎士側の様子を確認しながら千頭は語ると、次に視線を足元に落とした。


 「積雪も足首が埋まる程度。うん、作戦に支障は無い」


 開戦前の準備は万全。

 あとは、実行するのみ。

 千頭は懐から無線を取り出した。


 『こちら千頭、Aグループ準備はいいか? どうぞ』

 『こちらAグループ、準備完了してます。どうぞ』


 『Bグループは? どうぞ』

 『Bグループ、同じく準備できております。どうぞ』


 『Cグループは? どうぞ』

 『Cグループも問題ありません。どうぞ』


 『……よし、なら始めようか!!』


 その瞬間、森から大勢の雄叫びがあがった。


 「「 ウオオオオオオオオオオオァァァァァ!!!! 」」


 声に驚いた鳥の群れが木々から飛び立つのと同時に、4000人以上の人間たちが一斉に森の奥から弾かれたように飛び出した。

 その先、向かうは騎士軍団の中央正面。


 「来たか」


 軍団のちょうど真ん中、かつ後方の物見やぐらで双眼鏡を覗く男が呟いた。

 彼こそが司令官。今この場にいる全ての騎士をまとめている存在である。


 「む……3つの大隊を作っているのか?」


 司令官は5km離れた敵集団の動きをつぶさに観察する。

 司令官の言う通り、千頭率いる軍勢は三方向に広くバラけつつ進軍していた。


 「団を3つに分けるのはともかく、わざわざ最も攻撃を受けやすい中央から攻め込もうとはどういった了見だ? まあよかろう、どんな狙いがあるにせよ。小突けばわかる」


 直後、爆発音と共にいくつかの大砲から砲弾が発射され、3つの団に命中した。

 衝撃で激しく土が舞い上がり、わずかな時間、それぞれの団がどうなったのかわからない状態になるが、答えはすぐに出た。


 何事もなかったかのように、3つの団が土煙の中から走り出てきたのだ。


 「……ほう? 一般人とアルカトラズに収容されていた囚人共の集まりでしかないと高を括っていたが、レベルの高い者が何人か混じっているな」


 千頭の軍勢が無傷な理由。

 それはジェヌインのメンバーたちによる『物理反射バリア』だった。

 3つの団それぞれの前方と左右には、レベル100超えの『物理反射』持ちが複数人おり、その者たちが今の攻撃を防いだのである。


 「多少はやるようだ。しかし、次はどうかね?」


 今度は全ての大砲と戦車砲の照準が、3つの団に向けられる。


 「「 ――ッ! 」」


 これに対し、3つの団のそれぞれ先頭を走っていたジェヌインの人間が、懐から銃を取り出して空に向けて発砲した。

 3つの光が上空に打ちあがる。それは照明弾の光だった。

 それを見た千頭軍勢全員が腰に装着している魔法石に手をかける。


 「「 てーっ! 」」


 敵の集中砲火。

 百を越える砲門が一度に火を吹き、先程とは比べ物にならないほどの轟音を平原中に響かせた。

 狙った先も、まるで火山が噴火したかのように盛大に土煙を巻き上げており、まともに食らえば確実に体がバラバラに粉砕されているであろう威力だった。


 しかし、千頭の軍勢はこれをかわしていた。

 全員が『瞬間移動』で移動していたのだ。


 司令官は顔を右に向けて移動先を見やる。


 「端に移動……我が陣を横から攻めるつもりか。確かに、その位置からであれば大砲も戦車も角度の問題で3割程度しか機能しなくなるが……そもそも何故最初からそうしなかった? 中央から攻め込んでどんな意味が? 砲弾の浪費? それとも、次の砲弾を装填するまでにかかる時間か? まさかその程度のメリットのために?」



 「その程度のメリットのために。なんて、敵の指揮官は考えているかもねぇ」


 森の奥で双眼鏡を片手に千頭がほくそ笑む。


 「寡戦かせんにおいて勝利を収めるには、そういった小さな積み重ねこそ重要だと僕は思うけどね」



 「まあ何でも良い。貴様らはこちらが想定していた位置に移動してくれた」


 司令官が千頭と同じ様に口元を歪めた。

 すると、千頭軍後方約3km地点の雪が急に盛り上がりだし、地中から7両の戦車がキャタピラを回転させて這うように出てきた。

 雪の下に潜伏していたのだ。探索のチート能力に発見されぬよう地中に『魔法反射マジック リフレクション』も展開して。


 この事態に、殿しんがりを務めていたジェヌインメンバーが気づくが、


 「おっと」


 司令官が言うのと同時に、千頭軍は直径1kmの巨大なドーム状の『魔法反射』に包まれてしまった。


 「フッ、これでもうお前たちは逃げられぬよ」


 王国が張る陣の横側には、魔法陣が描かれた石盤があらかじめ地中に仕込まれていた。この『魔法反射』は、その魔法陣によって起動したものだ。


 『魔法反射』により、さっきと同じ様に『瞬間移動』で遠くへ逃げることは出来ない。

 後方の戦車7両と前方に立ちはだかる多数の砲門が千頭軍を挟む。

 まさに絶体絶命の危機だった。


 しかし、その状況にあっても、千頭の不敵な笑みが崩れることはなかった。


 「司令!」


 司令官の横で探索能力を持つ部下が、叫んだ。

 何事かと司令官が部下の方を振り向くと、部下は人差し指を空に向けていた。


 「空から何か! 何かが! 猛スピードで接近してきてます!」


 「何だと!」


 部下が指し示す先に、視線を移した。


 「……あれは……人か!」


 首に巻いた赤いマフラーをなびかせながら、背に生やした白い翼を広げる少女。

 少女は両手で男を抱えていた。

 男は白いローブを羽織り、両手にはスナイパーライフルを一丁抱えていた。


 空を舞う男女は戦場へ一気に急降下し、地面にぶつかるギリギリで水平飛行に切り替えると、戦車7両に向かって滑空する。


 「いい高さだ! このまま真っ直ぐ突っ込め!」


 男が叫ぶ。


 「どうにかできるの?!」


 少女が訊く。


 「当然! 穴に入れるのは俺の得意科目だぜ!」


 飛行する二人が戦車7両の主砲の目の前を通るルートで直進する。

 そして、主砲を横切る瞬間、男がスナイパーライフルのトリガーを引いた。

 スナイパーライフルから飛び出した7.62mmの弾丸が、120mm砲の砲身の中へと吸い込まれるように入った。

 立て続けに、残り6両の戦車にも同じ行為をした後、男はニヤリと口元を歪めて言った。


 「ジャックポット大当たり!」


 同時、戦車7両がまとめて爆発した。

 戦車砲に侵入した弾丸には『地雷マイン』の魔力が込められており、男はそれを起爆したのだ。


 「あの男は……間違いない」


 双眼鏡で男の顔を確認した司令官が歯噛みする。


 「現れたな筆頭勇者ディック! 忘恩ぼうおんの徒めが!」


 それは怒りに満ちた声だった。

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