第137話 作戦フェイズ

 「あー、コホン……仲直りできたなら、そろそろ本題に入らせてもらってもいいかな」


 わざとらしく咳払いをする千頭を、渡辺は穏やかな表情から一転して険しい表情で睨む。


 「お前も俺に言うべき言葉があるんじゃないのか?」


 「僕は自分の行いを後悔するような無責任な人間じゃないからね」


 「はっ! そうかよ!」


 渡辺は舌打ちした。

 露骨に攻撃的な態度をとる渡辺であったが、千頭はそれを無視して作戦会議をスタートさせるのだった。


 「さあ、役者も揃ったところで、会議を始めようか。まずはこちらの戦力状況の確認だ。女王様、こちら側に加わってくれる囚人の数はおよほ3000人で間違いありませんね?」


 「ええ、それが裏切りの可能性が無く、協力的な人たちになります」


 「と、いうわけだ。信頼できるかはともかくとして、信用できる者たちがそれだけいる。囚人全体のザッと3割。思った以上の数が味方についてくれた」


 「おいおい、その数で喜んでるのかよ」


 ディックが呆れた様子で頭をポリポリと掻く。


 「お前、敵との戦力差わかってんだろーな?」


 「今まで僕らが誰を相手に逃走劇を繰り広げてきたと思っているんだい? 女王様に聴くまでもなく把握済みさ。フィラディルフィア王国の騎士の数は約25万人。全人口の5%が軍人だ。平時でこの数なんだから、国民たちはよく騎士たちを養ってるよ」


 千頭の説明にフィオレンツァが付け加える。


 「カトレアは今回の戦で動員はせず、平時の戦力で挑むつもりのようです。もっとも、その戦力の一部も普段通りバミューダや各村々の警備などの仕事をあてがわれているので、実際に戦うことになる人数は15万人ほどになるかと」


 「……んで、こっちの戦力が?」


 ディックは答えを知りつつも敢えて訊く。


 「僕らや僕の部下、あと革命に参加したいっていうアルカトラズの住人も含めて、4500人というところかな。戦力差は30倍以上あるね」


 「あるね、じゃねーよ。それだけの差をどうやってひっくり返すつもりなんだ」


 「確かに数では圧倒的に不利さ。けど、質が違う。ここには特A級の強さをもつ人間が二人もいるじゃないか」


 千頭がディックと渡辺を見やる。


 「棍棒を持った人間がどれだけ集まろうが、ライフルを持った人間には敵わない。そうだろう?」


 「なるほど、お前さんの言う事にも一理ある」


 「おや、小樽さん。あなたから同意をいただけるとは予想外ですね」


 「四大勇者を拘束した今、騎士団や勇者連中でまともにこの二人と渡り合えるのはせいぜい"退魔の六騎士"ぐらいだからな」


 退魔の六騎士という聞き覚えのない単語に渡辺が首を傾げる。

 その仕草に気づいたオルガが続けて説明をする。


 「退魔の六騎士というのは、騎士団の中でもトップクラスの強さを誇る6人のことだ。トップクラスと言うと大層に聞こえるが、あくまでも騎士の世界での話。勇者の世界も含めたら大した強さではない」


 千頭がうんうんと頷く。


 「だがな、亮。大事な人間を一人忘れているぞ」


 「おや? そうでしたっけ?」


 「ルーノール・カスケード――人類最強の男だ」


 その男の名が出た瞬間、テント内が水を打ったように静まり返った。

 渡辺やセラフィーネなどを除く、ほとんどの人間が顔を強張らせる。


 「……昔、あの男のそばで戦っていた俺はよく知っている。ルーノールの強さは別次元だ。四大勇者など比較にならないほどにな」


 「もちろん、わかっていますよ。敵の大将を忘れるわけがないでしょう」


 雰囲気が重くなる中、千頭はいつも通り軽い口調で答える。


 「皆さん、実は一つ朗報があります。ルーノールは現在レベルアップのために遠征しているんですが、どうやらカトレアは彼をフィラディルフィアに呼び戻すつもりはないようなんです」


 「「 !!!! 」」


 千頭から告げられた話により周りは驚愕する。


 「おい、マジかよ! 敵はルーノール抜きなのか?!」


 ディックが手で会議机を叩く勢いで訪ねる。


 「これはそこにいるフィオレンツァ女王様からの情報だからね。間違いない。だからこそ、今回はスピードが勝利するための重要な要素になる!」


 千頭は声を高らかにすると、『道具収納』の中から一枚の大きな紙を取り出して、それを会議机の上に広げた。

 地図だ。

 フィラディルフィアの北区側の平野から中央区のアルーラ城まで、街全体の半分が俯瞰で描かれている。


 「平野から」


 千頭が人差し指で地図上の平野部分を指す。

 そこから指を北区、中央区と順に滑らせていき、最後はアルーラ城で止める。


 「城まで。このルートを一気に駆ける。電光石火でカトレアを拘束し、女王様の『絶対服従』で従わせるんだ。そこまでもっていけたなら、後でルーノールがこっちへ向かって来てもカトレアに命令させてしまえば問題は無い。僕らの勝利が決まる。逆に僕らがモタモタして城に辿り着く前に、カトレアの気が変わってルーノールを呼ばれてしまえば、敗北が決まる。シンプルなルールだろう?」


 「ちょっと待て」


 ディックが言った。


 「おや、異論があるのかな?」


 「ルーノールが戻るよりも早くっていうのに反論はねぇが、平野から正面切って入るってのはどうなんだ。15万人から集中砲火を受けちまうぞ。平野には別働隊を置いて本隊を別口から侵入させた方が良くねぇか?」


 「ディック君、想像してみなよ。15万人いたところで、それら全員がたった4500人の規模に一斉に攻撃できると思うかい?」


 「あっ」


 ディックは気がつく。


 「そうか、遊兵を作らせるのか」


 千頭は頷く。


 「その戦場にいるのは15万人でも、実質相手にしてるのは3万人ぐらいの規模になるはずさ。それに別働隊を作ってしまうと、どちらかで問題が起きたときにリカバリーがし辛い。作戦っていうのは複雑になればなるほど失敗した時のフォローが難しくなるからね。シンプルな方が事態に対して柔軟に対応できる」


 「へっ、オメェの考えに納得なんてしたかねーが、納得するしかねーな」



 「……そっか、北区で戦うなら南区は大丈夫かな……」


 作戦内容の確認が進む中、一人まったく別の心配事をしている者がいた。

 ミカだ。

 ミカの隣にいる渡辺には、彼女が何を心配しているのかすぐにわかった。

 両親である。


 「心配せずとも君の家族や友人は絶対に安全だ」


 「え!」


 千頭がミカに声をかける。

 まさか声をかけられるとはミカも予想していなかったため、ビクリと驚いて体を跳ね上げさせた。


 「南区の住人は全員、バミューダへ避難するように誘導されてるからね。今頃は馬車の上じゃないかな」


 「そうなんだ……良かった」


 ホッと胸を撫で下ろすミカ……だったが、次の千頭のとんでもない言葉で、衝撃を受けることになる。


 「さて、この作戦においてもっとも大きな障害となるのが、"障壁"と呼ばれる壁の存在だ。障壁は『魔法反射』と『物理反射』が重なったもので街全体と中央区を覆うようにドーム状に展開されている。これが存在する限り中には蟻一匹入れない。よって、この防備を突破する方法を考えなくてはならない。そこで鍵になるのが君だ、ミカちゃん」


 「……え?」


 突然の名指しに、ミカは鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔をした。それから、キョロキョロとテント内を見渡す。自分以外にミカという名前の人物がいるのではと思っての行動だが、別のミカが出てくることはない。

 そこでようやく、自分か? と、自分を指差す。


 「ああ、そうだ。君だよ」


 「え、ええぇ!!!? 私?! 何で!? 私別に強くないよ?!」


 「強さの問題じゃないさ。まあ、話を聞いてくれよ。障壁を突破する作戦だけどね――」



 *



 「――と、こんなところさ」


 千頭が障壁を破る方法を、皆に説明した。


 そこで黙っていなかったのが、渡辺だった。


 「ミカを戦いに参加させるだって?! ありえねぇ! 俺はそんなの絶対許さねぇ! そんな回りくどいことせず、ぶん殴って壊せばいいんじゃないのかよ!」


 「障壁を生み出している魔法陣はルーズルーちゃんが元だ。その魔力の高さは『防御支援』で君も体験済みだろ」


 「だからってミカを――」


 「それと、これは君が決める話じゃないと思うけど? 本人の意思も尊重したらどうだい?」


 千頭がミカに視線を送る。

 それに渡辺もつられてミカの方を向いた。

 何かを考え込んでいるのか、ミカは俯いている。


 「ミカ……まさかお前……」


 「……ショウマ、私、戦場に出るよ!」


 「バカ! 自分が何言ってるのかわかってんのか! 一歩間違えば死ぬかもしれないんだぞ!」


 「わかってるよ! でもそれはショウマだって同じじゃん!」


 「俺はいいんだよ! 覚悟ならできてる!」


 「私もできてるよ!」


 「な?! ……どうしてお前がそこまで……」


 「……だって私、マリンさんのこと本当のお姉ちゃんみたいに想ってるもん……優しくて、イタズラしても許してくれて……」


 「ミカ……」


 「マリンさんだけじゃないよ。市川さんもデューイくんも助けたい……バミューダではあんなこと言っちゃったけど、今なら自由を奪われた人の気持ちがわかるから。王国に捕らわれてる人みんなを助けたい!」


 「…………」


 渡辺は言葉に詰まった。

 ミカの思いは十分に伝わった。だが、渡辺にはミカの両親から託された責任もあって、考えあぐねる。


 「認めてやりなよ」


 「――ッ! エマ!」


 まったく予想していなかった人物から口を出され渡辺は唖然とする。


 「その娘の思いは本物だよ。城から連れて脱出する時も、自分の身の安全なんてお構い無しにマリンを探そうとしていたからね」


 「……だが……」


 「主人がパートナーを守るのは立派だけど、パートナーを信頼するのはそれ以上に大事なことだと、私は思うよ」


 「……クソ……わかったよ」


 その一言に、ミカがぱぁっと顔を明るくさせる。


 「ただし! 無茶はするなよ! 危なくなったらすぐ逃げる!」


 「うん! わかった!」


 「あとディック! テメェがそばにいるんだから絶対守れよ!」


 「フッ、ったりめーだ」


 ディックは渡辺を親バカっぽいなと思った。



 以上、渡辺の不安要素は出し尽くされた。かに見えたのだが、まだ終わりではなかった。


 「千頭、その障壁の内側にいるっていうお前の部下連中は本当にやり遂げてくれるんだろうな? ミカを出すからには失敗は認めねぇぞ」


 「もちろん大丈夫さ。僕は信頼できる人間しかジェヌインには加えないからね」


 「チッ、こっちは顔も知らないんだ。そんなヤツらを信じろって方が無理あるだろ」


 「おっと、それがいるんだなぁ。一人。君の知り合いが」


 「はぁ? 俺はお前のところの部下と誰一人話したことすらないぞ」


 「本当にそうかい? よく思い出してみなよ」


 「ああ?」


 「君を初めて、アリーナへ連れて行ったのは誰だったかな?」


 「…………!!」


 しばらく考えた渡辺は、電撃的にその人物の顔を思い出した。


 『ここは“異世界”よ。あなたが元いた世界とは違う。環境も違えば辿ってきた歴史も異なる。歴史が異なれば文化も異なる。文化が異なれば倫理観も価値観も異なる。私達の尺度で測れないことだってあるのよ』


 これは誰の言葉だったか。


 「……朝倉あさくら……葉子ようこ……あいつ、ジェヌインだったのか?!」


 「何っ?!」


 渡辺が言い放った事実にオルガも食いついた。


 「まさかまだ気づいてなかったとはね。考えてもみなよ、どうして君をアリーナに連れて行ったと思ってるんだい? まさか本当に君のためを思ってだと? 違うね、あれは僕が君の顔を一度見ておきたいと言ったからさ。僕は面が割れてるから病院に堂々と入るわけにはいかなかったしね」


 「チッ、そういうことか、街でお前とすれ違ったのは偶然じゃなかったのか」


 「そうさ。ちなみに最初に渡辺君の存在を教えてくれたのも彼女だ。優秀な組織のメンバーだよ」


 「……なるほど、ナベウマの隣がクラコの家だったのも、ナベウマを監視するためか」


 オルガの言葉に渡辺はギョッとする。


 「ちょ、いくらなんでもあれは偶然だろ」


 千頭はかぶりを振る。


 「マジかよ……とんだストーキング組織だ」


 「まぁまぁ、とにかく彼女がしっかりしているのは君も知るところだろ? 少しは安心したんじゃないかい?」


 「……そうだな。失敗した時、誰に文句を言えばいいかはハッキリした」


 「ハハハ、朝倉さんも大変だ」



 *



 それからも、一日中テント内は騒がしく、会議は続いた。

 昼。

 夕方。

 夜。

 ご飯時になったところで、解散となった。


 明日の朝は早い。

 それに命を懸けた戦いが待っている。

 しっかり休息を取って備えなければ。

 各自、そのような思いを胸に、足早に床へ向かっていった。


 その時、渡辺とディックはまだテントに残って会話を続けていた。


 「いよいよだな……心の準備はできてっか?」


 ディックがそんなことを言うので、渡辺は、


 「できてるに決まってるだろ。そういうお前はどうなんだよ」


 と、言い返した。


 「当然できてらぁ。むしろ、人類の守護神様がいなくて残念なくらいだぜ」


 「はっ、明日もその意気で頼むぞ」



 「ナベウマ」


 そこへ、オルガが現れる。


 「オルガか……そういや刀柊から助けられた礼をまだ言ってなかったな。ありがとな」


 少し照れ臭いのか、渡辺はオルガの顔は見ずに言った。


 「そんなことぐらい安いものだ。それよりナベウマわかっているんだろうな?」


 「ん? 何をだ?」


 「今回の戦。出ればお前さんは確実に人殺しになるぞ」


 「…………」


 「お前さんの体は、もはや立派な凶器だ。四大勇者クラスの防御力があれば簡単には死なないが、そうではない一般の騎士レベルが今のナベウマの攻撃をまともに受ければ間違いなく命を落とすだろう。人の命を奪う、それを理解しているか?」


 「……横からわりぃが、コイツにとっちゃ今更な話だろ」


 ディックが話に割って入る。


 「渡辺はこの世界に来る前に人を殺してるだろ?」


 「な?!」

 「は? ディックお前何言ってんだ?」


 ディックの発言に、渡辺もオルガも驚く。


 「あれ、その反応……違うのか?」


 「当たり前だ。そんなことしてたら高校生活なんて送れないだろうが」


 「うーん? あれは俺の妄想だったのか?」


 ディックは渡辺とアリーナで戦った際に見た金色の光を思い出す。

 あの時、渡辺から圧倒的な負の感情を感じた。それは人を殺すほどの感情だった。

 故に、それを実行していると思い込んでいた。


 「……けど、まぁ、あながち間違ってねぇかもな」


 渡辺は自らの手のひらを見つめる。

 その手は、かつて石を握り締めた手だった。


 「殺しちゃいないが、殺しかけたことならあった」


 「ッ!」


 信じられない事実に、オルガは動揺する。


 「それはどういうことだ! お前さんの過去に一体何が――」


 「あんたには関係ないだろ」


 渡辺が冷たく一蹴する。


 「聞いてどうしようってんだよ……説教するのか? 父親でもないくせに」


 「っ……」


 父親でもないくせに。

 オルガはこの言葉に対して、何も言い返せなかった。

 渡辺の言うとおり、自分は赤の他人だ。

 この世を去ってしまった息子と渡辺を重ねているのも自分の勝手に過ぎない。

 自分に、渡辺の過去に踏み入る権利は無かった。


 渡辺はオルガが押し黙ったのを見ると、少しクールダウンをしてから口を開いた。


 「……さっきの質問の答えだが、人を殺す覚悟ならできてる。俺は間違ったことをするヤツは絶対に許さない。例え、そいつ自身が悪い事をしていなくても、間違ったやり方をしてる王国の味方をするなら容赦はしない」


 最後にそれだけ言い残すと、渡辺はその場を立ち去った。

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