第127話 Lv316 モンデラ・シャン & Lv382 グスターヴ・ヴンサン & Lv500 草薙 刀柊
「……よかろう。ならば、そこな男子共々貴様も牢獄送りにしてやろうぞ」
「――何?!」
予想外の反撃に驚く刀柊へ、続けざまにオルガが右拳を放つ。
刀柊は即座に刀で防御する姿勢に入るも、その動作と同タイミングでオルガは右拳での攻撃を中断し、左拳で刀柊の脇腹を殴った。
刀柊は微動だにしなかった。ダメージも一切無い。
当然だ。刀柊のレベルは500。防御も500を超えており、レベル152であるオルガの攻撃は蚊ほどにも効かない。
しかし、刀柊は不愉快そうな顔をしていた。
「……解せんな」
言いつつ、刀柊は5回連続でオルガを斬った。
その攻撃スピードはフィオレンツァの『絶対服従』の影響で先程よりも遅くなっていたが、それでも常人の動体視力で追える速度ではない。
にも関わらず、オルガは5回の斬撃を全て拳や肘で打ち払ってみせた。
「……攻撃が視えているのとは違う。こちらが攻撃を繰り出すよりも早く動いている。まるで予想しているかのように」
オルガのパンチやキックを避けながら、刀柊は語る。
「妾が知る限り、それができる能力は2つしかない。知世が持つ複合チート能力と『
刀柊の瞳の焦点が遠くにいるジェニーに合わさる。
一見、呆然とした様子で刀柊を見ているが、その手には『
「なるほど、そこな小娘が『直感』で私の動きを読み、お主に伝えていたわけか。そうと分かれば、対処することは容易い」
刀柊がオルガを再び連続で斬り始めた。
今度は5回どころではなく、無数の刃で攻める。
「ん……うー、キッツいかも」
ジェニーのボケーッとした表情に変化は無かったが、その声には苦しさが混じっていた。
ジェニーは3秒ほど先の未来の攻撃をオルガに伝え続けていたが、刀柊の怒涛の連続攻撃で未来の情報がジェニーの脳内に一気に押し寄せ、ジェニーの処理速度を追い越そうとしていた。
「『絶対服従』で動きが鈍っているとはいえ、妾の連続攻撃を予知し続けるとは大したものだ。『直感』の扱いだけは一級品だな。普段から心を無にする訓練をしていなければ出来ない芸当だ」
別にジェニーは訓練はしていない。自然体がボーッしているだけだ。
その一級品の『直感』であっても、刀柊のスピードを予知し続けることは叶わず、ついにジェニーの『直感』の処理速度を上回る。
「ごめーん、オルガ、私、もうー……」
脳がオーバーヒートしたことで、ジェニーが頭を抱えて俯いた。
「くっ!」
すると、オルガが刀柊の斬撃を次々に喰らい始めた。オルガの岩の鎧が少しずつ剥がれていく。
「流石、魔人ガイゼルクエイスを相手取って生き残っただけはある。頑丈だ。並の刀ならとっくに刃こぼれしてナマクラになっているところだろう」
言いながら、音より速くオルガを斬り刻み、岩の鎧の体積をみるみる縮めていく。
刃がオルガの骨肉に達するのは時間の問題だった。
「オルガ! もう止めろ! 俺に構うな!」
オルガの背後で倒れている渡辺が堪らず叫ぶ。
「悪いが、それは、できな、い」
斬られながらも、オルガは言う。
「何でだよ!」
「今度、守れなければ、俺はまた、自分を殺すからだ」
「――どうして……どうして大人であるアンタがそこまでして……俺を助けようとする……」
オルガの行動は渡辺にはわからなかった。
中学生時代。イジメを受けていた渡辺を助ける大人はいなかった。
生徒を守る立場であるはずの教師たちは、自らの保身ばかりを気にして渡辺のSOSを「戯れているだけだ」と一言で片付けるだけであったし、唯一頼れる存在だった母親も、父親が出て行ったことや仕事の疲れからまともに話せる状態にはなかった。
本当に必要な時に、自分を助けてくれる大人は誰一人としていなかった。
そのため渡辺には大人が自分を助けてくれるイメージがないのだ。
「フン、逃げようが逃げまいが、お主に後ろの男子は護れぬよ!」
オルガは一切抵抗できないまま、斬撃の嵐に包まれる。
「クソッ! あのままじゃオルガがやられちまう!」
ディックは体をフラフラと左右に揺らしながらも、狙撃銃を両手で構えて刀柊へ引き金を引いた。
銃口から発射された弾頭が、オルガを斬る刀柊へと真っ直ぐに飛んでいった。そのままいけば、刀柊の側頭部に命中するコースだったが、弾頭は何かに弾かれて終わる。
それは、刀柊の刀だった。
刀柊がオルガの方を向いたまま斬撃を繰り出しつつ、横から迫ってきた弾丸を打ち払ったのだ。
ディックは追加で2、3発の弾丸を発射するが、同様にして弾かれる。
「妖怪女め、俺の弾をついでみてぇに処理しやがって!」
「エメラダ、お主何をしている。子の面倒は自身で見るのではなかったのか?」
「すまんな。どうもそれは厳しそうだ」
エメラダは跪いたまま動かなかった。他の3人と違い体力を消耗していたエメラダはフィオレンツァの命令に抗うだけの力が残されていなかったのだ。
「アイゼンバーグ家のエメラダともあろう者が不甲斐ない。モンデラ、ディックの相手を代わりにしてやれ」
「うん……わかった……僕……ディックの相手……する」
モンデラは矢筒から矢を抜き取って番えると、矢を放った。
「ッ! やべ!」
ディックは自分に飛来してきた矢を飛び越える形でかわした。
しかし、かわした矢は磁石に引っ張られたコンパスのようにグルンと180°向きを変えて、またディックを射抜こうとする。
「『
避けてやり過ごすのは不可能と判断したディックは、狙撃銃で飛んでくる矢を破壊した。
それからも、モンデラから次々に放たれる矢をディックは撃ち落としていく。
『ディック、落ちた矢が爆発するからジャンプして逃げた方がいいよー』
ディックの頭の中に、ジェニーの声が響く。
「何だって?!」
言われてディックは、大きく跳躍した。
間もなく、ディックが撃ち落としたことで足元に散乱していた矢じりの破片が一斉に爆発した。それにより、地面に小さなクレーターがあちこちに作られる。
「妙に簡単に撃たせてくれるかと思えば狙いは『
『地雷』。無機物を爆弾にできるチート能力で、能力者の好きなタイミングで起爆できる。モンデラの矢筒に収められている全ての矢に、この能力が予め練り込まれている。
実は、ディックも使える能力であり、その使い方は熟知していた。
「表面に矢が刺さっただけでも爆破されたら致命傷になりかねねぇ」
頭部付近に矢が刺さったら、と想像してディックはゾッとする。
「……今……誰かから教えられて動いた……あそこの女……邪魔」
モンデラが標的をジェニーに切り替えて、矢を番える。
「ッ! しまった!」
ディックは急いでその行動を阻止しようと狙撃銃を構えるが遅かった。
矢がジェニーへ、一直線に飛ぶ。
「ジェニー!」
そのジェニーの前に、メシュが両手を広げて飛び出した。
そして、さらにメシュの前に、あの男が飛び出した。
渡辺。
渡辺が二人の前に立って、飛んできた矢をパンチで弾き飛ばした。
「ハァ……ハァ……俺の大事な友人を……王国に傷つけられたまるかってんだ」
肩で息をしながら、渡辺が言った。
「ほう」
それを見た刀柊が、オルガへの攻撃の手を止めて、渡辺に注目した。
「倒れていた位置からそこまで移動する速度、モンデラの矢を弾くだけの
そこまで言って、刀柊は首を横に振った。
「嘆かわしいな。そのような能力を与えられてさえいなければ、王国に歯向かおうなどと思い上がることも無かったであろうに」
「「 いいや、それはないな 」」
ディックとオルガの声がハモった。
二人は同じ言葉を発したことに驚き、互いに顔見合わせて、最後にフッと笑った。
「覚えておくのだな刀柊。ナベウマはチート能力があるから今ここに立っているんじゃない。ナベウマだからこそ、ここに立っているのさ」
「そうさ。ソイツは周りがどう言おうと、自分がどうなろうと、自分が許せねーものは絶対に認めない野郎なんだよ」
「……理解不能だ。何故、お主らがそこまでこの男に入れ込むのか」
呆れる刀柊。
そこへモンデラが問いかける。
「刀柊……僕……次は誰を……狙ったらいい?」
「やれやれ、人に聴くばかりではなく、己で判断することもいい加減学ぶべきだな。モンデラよ。お主の母君はもっとしっかりしていたぞ」
「ごめんなさい……」
シュンと肩を落とすモンデラだが、その表情は無表情のままだ。
「まあ良い。面倒な流れを生み出しているのは『直感』の能力を持つ女だ。あの者から動きを封じるのだ」
「うん……わかった」
モンデラが渡辺たちの方を向くと、矢を次々に番えて発射した。
さらに、その複数の矢を『必中』で操る。
『必中』で操られ矢は一直線に飛ぶことはなく、まるで生き物のように不規則に空中を動き、渡辺たちへ迫る。
「くっ、ナベウマ!」
「何処へ行く? 貴様の相手は妾だ」
再び刀柊がオルガに斬撃を加える。
「あの3人にあれは対処できねー!」
ハチの如く曲線を描いて飛び回る矢たちを、ディックは狙撃銃で迎撃を試みようとした。
ところが、
「――ッ! 後ろ?!」
突如として、背後から敵が迫る気配を感じたディックは、咄嗟に狙撃銃を後方にひっくり返して発砲した。
すぐさま、ディックは後ろを振り向いて敵を視認しようとした。
「なっ、いねえ?!」
ディックの後ろには誰もいなかった。
「しまった! この技は天知心流の『
天知心流の極意の一つ『影寄』は、自らの殺気を操り、まるでもう一人の敵がいるかのように錯覚させる技だ。
ディックの視界が後ろへ向いたのを見計らい、刀柊はオルガを斬る合間に音超えの斬撃で生み出した鋭い衝撃波を遠くにいるディックの背中に浴びせた。
「うっ!」
ディックの背中が斜めに大きく斬られ、ダウンジャケットがバッサリと切断されて中から血塗れになった羽毛が散る。
決定的な一撃を受けてしまったディックは、ついに両膝を地面に着けて四つん這いの姿勢になってしまった。
「ぐぅ!!」
オルガの肉体から血が出始める。いよいよ刃が岩の鎧の内側に到達したのだ。
渡辺は飛来する複数の矢を拳で弾こうとするが、矢は生きているみたいに渡辺の攻撃を避けていく。
抵抗も虚しく、ジェニーとメシュの腕や足に矢が突き刺さる。
「イッ!」
「くっ! オノレ!」
「ジェニー! メシュ! ぐあっ!!」
渡辺は二人を守ろうとするが、矢という名のハチの群れがブンブン周囲を飛び回って行く手を塞いでくる。しかもそれが、渡辺のアチコチを切り裂き、突き刺し、渡辺にかけられた『防御支援』を削っていく。
「あらあら、今度こそ厳しそうですね」
フィオレンツァが口元を指先で隠してニコニコと微笑む。
「お母さーん! ホントに悠長!」
他人事のように振る舞うフィオレンツァに、シーナは苛立ちを抑えられない。
フィオレンツァの方も、脱獄させた囚人や、裏で繋がっていた革命派の民たちのほとんどがグスターヴの人形にやられてしまい、残っているのは元女王の近衛兵だった者たちだけだ。
今まさに、渡辺たちは最大のピンチを迎えていた。
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