第120話 狼煙

 ディックは、自分たちが立ち入り禁止区域に入ったことを王国に知らされるのを防ぐため、気絶させた騎士をフィラディルフィアから遠い森にある無人の小屋に監禁した。


 その後、エマの『瞬間移動』で吹雪くアルカトラズまでやってきた。


 「うげ! さっむ!」


 エマが自らを抱いて、全身をガタガタと震わせる。


 フィラディルフィアは気温0℃だったが、アルカトラズの壁の外は氷点下50℃だ。

 『氷耐性』があるディックは平気だが、エマにはとっては長居していたら凍死してしまう寒さである。


 「久々に来たけどアルカトラズってやっぱり寒い……てか、アイリス平然としてるけど、アンタ寒くないわけ?」


 大粒の雪が横から殴るように降ってきているというのに、アイリスはいつものビキニアーマー姿でいた。


 「ヤー! 私は風の子デスカーラ!」


 「いや、アンタ子供じゃないだろ! っていうか、そういうレベルの寒さじゃないだろ!」


 ツッコミながら、エマは魔法石の『道具収納』で自らのトレンチコートを引き出すと、背伸びしてアイリスに羽織らせた。


 「せめてそれぐらい着ときな!」


 「ヤッフー! ありがとうございマース! ……うーん、わかってはいましたがサイズがキツイですネー」


 エマが着るとトレンチコートの裾は膝下までくるのだが、アイリスの場合だとちょうど臀部が隠れる程度でしかない。全体的にサイズも小さくピチピチで、アイリスのボディラインが浮き彫りになってしまっている。特に胸の部分が苦しそうだった。


 「…………」


 それを横目に、エマは両手を自分の胸に当てる。


 「はぁ……腹違いとはいえ、半分は血が繋がってるっていうのになー……」


 エマは自分の平べったさにガックリとした。


 「おい、何モタモタしてんだ、早く行くぞ」


 「あ、ああ!」

 「はーい!」



 三人はアルカトラズの入り口の前まで移動した。


 入り口には門番がおり、その門番にディックは自分を中に入れるように頼む。

 夜の突然の来訪に少し驚く門番だったが、相手が筆頭勇者だとわかると、恭しい態度で鉄製の大きな門を開けてくれた。


 中に入ると、早速ディックは地下の収容施設へと続いている建物へと向かう。


 「なぁ、あのガキを仲間に入れるって話、本気なのか?」


 道すがら、エマがディックに訊く。


 「何を今更、だからこうして、わざわざ観光地でもない田舎に足を運んでるんだろ?……そういや、お前、渡辺をやけに毛嫌いしてたっけな。何がそんなに嫌なんだ?」


 「弱い癖に口先だけ立派なとこ。でかい口叩くなら、それに見合った実力をつけてからにしろって言いたくなる」


 「なーるほど、ま、気持ちはわかるぜ。渡辺はすぐに背伸びするからな。けど、だからこそいいんだよ。裏切る可能性が無いからな。アイツは決して相手を見て闘うか闘わないか選んだりしない。自分が気に入らないければ、トコトンくってかかる。例え相手が王国だろうとな」


 「でも、それで弱かったら結局戦力にならないじゃん」


 「いいや、俺の見立てでは、渡辺が今よりもあの能力を使いこなせるようになれば、かなり大きな戦力になるはずだ」


 ディックの渡辺に対する高評価に、エマは意外そうな顔をした。


 「前は散々貶してたのに、ずいぶんヨイショするようになったじゃん。アリーナ戦で何かあったの?」


 「あー……まぁ、ほらよく言うだろ。男と男は拳で語り合うってよ」


 「闘いの最中に見た夢を介して渡辺の過去を知ったから」と説明したらバカにされそうだなと思ったのが半分、単に説明が面倒くさいのが半分で、ディックは適当に流した。

 実際、拳を合わせた瞬間に変なものを見せられたので、間違ったことは言っていない。


 「そうかい。ま、ヨイショし始めたキッカケはともかく、アンタなりに渡辺を選んだ理由があるなら、それでいいよ」



 三人は収容施設の建物へと入る。

 このとき、時刻は午後7時を過ぎており、面会できる時間はとっくに過ぎていると、受付職員から告げられる。

 これは予想できていたし、ディックも面会をする気はない。

 そもそも、反逆の計画を渡辺へ秘密裏に伝えるには、面会はまずい。信用に乏しい来訪者がやってくるのが前提となってる面会室は当然厳重に警備されている。

 なので、ディックはこう言った。


 「別に特定の会いたいヤツがいるってわけじゃねーよ。勇者の務めさ。この収容所にもしかしたら、使える能力がいるかもしれねぇって思ってな。だから、地下牢を一通り見せてほしいってわけさ」


 普通なら、看守でもない人間を収容施設に入れるのは規約違反だ。しかし、他でもない筆頭勇者の頼みを無下に扱うわけにもいかない。そう考えた職員は上の者に『精神感応』で連絡を取る。


 結果、ボディチェックを受けた上で案内係を一人付けるなら、と条件付きで通してもらえることとなった。


 職員が『透視』能力者がいる部屋まで案内する。

 その途中だ。


 「ん……アイツは……クソ……珍しく仕事してんじゃねぇよ……」


 ディックは長椅子にドッカリと足を組んで座っているエメラダを発見して舌打ちする。


 「おや、見知った顔かと思ったらディックじゃないか。最後に会ったときよりも、また大きくなったか?」


 「変わってねーよ」


 愛想の良く笑みを浮かべるエメラダに対して、ディックはぶっきらぼうに答える。


 「一年ぶりの母子の再会だというのに、つれないねぇ」


 「似合わねーこと言ってんじゃねぇ。それより、どういう風の吹き回しだよ。アンタが酒場に行かず仕事場でちゃんと待機してるなんて」


 「なに、8日ほど前に活きのいい囚人が入ってきてな。そいつが昨日派手に暴れてくれたおかげで、8人の騎士が重傷、一人の勇者が重体で、私自身かすり傷を負わされた。それだけ危険な奴がまた暴れたりしたら大変だろう?」


 「え!」

 「ワッ?!」

 「ッ!」


 エメラダが傷を負わされたという部分に、エマとアイリスが驚きの声をあげる。ディックも声には出してないが信じられないといった表情をしていた。


 四大勇者の一人であるエメラダにダメージを与えられるほどの人物となると名の通った者に限られてくるが、その中でアルカトラズに収監された者がいるという話は聞いたことがなかった。

 ならば誰が、となるが『8日前に来た』というキーワードからディックには思い当たる人物が一人いた。


 「もしかしてだが、そいつの名前、渡辺 勝麻じゃなかったか?」


 「うん? 確かにそうだが」


 「はぁ?! うっそだぁ!」

 「わー、渡部さんすごいデース!」


 さらに驚く姉妹。


 「何だ? お前たち、あれと知り合いなのか?」


 「一週間前にアリーナで戦ったんだよ。で、その後パートナー取られたからってキレて暴れて、お縄についたってわけさ」


 ディックはヤレヤレと肩をすくめる。

 今となっては渡辺に対しては申し訳ない気持ちがあるが、立場上、筆頭勇者が犯罪者の肩を持つわけにはいかなかった。

 それにしても、とディックは渡辺の持つポテンシャルの大きさに内心驚いていた。

 エメラダ相手にダメージを与えられるとは、やはり渡辺は仲間に率いれるべきだ。ディックは自らの考えをより確固たるものにする。


 「ふーん、そうか。アイツがいるなら一声かけてやろうかな」


 さり気なく、ディックは渡辺と会うことを公言する。

 予め周知しておけば、この後自分たちが渡辺がいる牢屋の前でゴチャゴチャやっていたとしても、そう不自然には映らないだろうと機転を利かせたのだ。


 「……ところで、収容所には何をしにやってきた? 母が恋しくなったか?」


 「キメーこと言うな。勇者の仕事だよ。俺の能力と相性が良い奴がここにいないか探しに来たんだよ」


 「昔は自分から探すなどしなかったのに、ずいぶん仕事熱心になったじゃないか」


 「まぁな。俺も勇者代表と呼ばれる立場になったからには、勇者の手本になろうと思ってよ」


 「そうかそうか、その心構えでいてくれるなら、私も今後が安心だ」


 言いながらエメラダは立ち上がると、ディックの肩に軽く手を置いた。


 「頑張れよ、筆頭勇者様」


 不敵な笑みを置き土産に、エメラダは去って行った。


 「ケッ、ムカつく顔だ」


 「アンタもだいたい、ああいう顔してるけどね」


 声を押し殺すディックに、エマがボソリと言った。


 ディックにとってエメラダは決して良き母ではない。何故なら、人類史上最多の能力を持って産まれたディックは、エメラダから大きな期待を寄せられ厳しく指導されてきたからだ。

 幼少の頃はそれが当たり前なのだと思って過ごしていたが、成長して学校に行き他人と関わりもすれば、だんだんと自分の扱われ方が特殊だと気づいてくる。

 そのため、小学校を卒業する頃にはエメラダに反抗的になっていった。



 「武器や魔法石などは、あちらの籠に入れておいてください」


 ボディチェックを受ける前に、ディックたちは手持ちの銃や、腰のベルトなどに取り付けている『精神感応』や『道具収納』などの魔法が込められた魔法石を一時的に預ける。


 「はい、通っていいですよ」


 ディックたちは無事に『透視』能力者による持ち物検査を通過した。


 どうやら右足の靴の仕込みはバレなかったみてーだな。と、ディックはほくそ笑みつつ、地下牢へと続く螺旋階段を降りていった。



 *



 案内係がディックたちを連れて、これはという能力を持った女性の囚人を次々に紹介していく。

 ある程度の数の囚人を紹介された辺りで、ディックが切り出した。


 「なあ、男が収容されてるエリア行ってもいいか? そこに知り合いがいてよ」


 「え、でも上からは女性囚人を紹介するように言われて――」


 「ちょろっと挨拶するだけさ。それぐらいいいだろ?」


 「……まぁいいか。わかりました。知り合いっていうのは?」


 「渡辺 勝麻だ」



 ディックたちは男が収容されているエリアへ移動し、渡辺がいる牢屋の前までやってきた。


 そこでは渡辺がボロ布でできた囚人服を着て、足を投げ出した状態で床に座り、顔を伏せていた。


 「よお」


 ディックの一声に、渡辺がピクリと反応して顔を上げた。ディックと目が合った瞬間、渡辺の憎悪が弾けた。


 「クソ野郎が! よくも俺の前に顔を出せたな!」


 渡辺が鉄格子を壊す勢いで飛びついた。


 「テメェのせいで! テメェのせいで、ミカも、マリンも!!」


 鉄格子がメキメキと軋み、さらには渡辺の能力特有の風が吹き始める。


 「ちょ、大人しくしろ! こいつまた脱走するつもりか?!」


 狼狽する案内係の横では、エマとアイリスも渡辺の怒号に動揺していたが、ただ一人ディックは冷静に行動した。一歩前に出つつ、右靴の中敷きに仕込んでいた物を踏み砕く。


 「ったくよ……会ってそうそうこれかよ、どんだけ沸点低いんだお前」


 「――ッッ!! 何をしに来たのかと思えば、殺されたいなら、そう言え!!」


 ディックの煽りを受けて、鉄格子をぶち破ろうと渡辺が拳を降り上げた。


 『バガバカ待てって!』


 「ん?!」


 突如、頭の中に声が響いて、渡辺が動きを止めた。


 『よしよーし、俺の声がちゃんと聞こえてるな』


 渡辺は意味がわからなかった。その声は聞き覚えのある声どころではない。今まさに目の前にいるディックの声だったのだ。

 実は、先程ディックが靴の中で踏んで砕いたのは『精神感応』が込められた極薄の平べったい魔法石だったのだ。


 「あ? どうしたんだよ。急に大人しくなっちまって、ビビったか?」


 「はぁ?! わけわかんねーことしてんじゃねぇよ!」


 再度、火をつけられた渡辺がまた拳を振り上げようとする。


 『だから待てって!』


 渡辺は混乱した。

 口では喧嘩腰の癖に、『精神感応』では落ち着かせようとしてくる。全く正反対な行いをするディックの意図が汲み取れなかった。


 「お前、一体どういう――」


 『それ以上言うな。俺が『精神感応』でお前と話してるってことは、横でアホみたいに口を開いてる職員の人間に気づかれちゃならねぇ』


 『……どういうことだ』


 『今から話す。だが、急に大人しくすんなよ。疑われるからな』


 言われて渡辺は、鉄格子を両手で軋ませながら、ディックを鋭い目つきで睨む。


 「はっ、何だよ。結局大人しくなるのかよ。ま、それが正しいぜ。犯罪者は素直に罪を償っとけ」


 『って言っちゃいるが、俺はお前と喧嘩しに来たわけじゃねぇ。渡辺、俺の仲間になれ』


 『……頭湧いてるのか』


 渡辺の鉄格子を握る力が強まる。


 『何もおかしかねぇ。お前は王国に不満があるんだろ? 俺も同じだ。だから俺と一緒に革命を――』


 『同じだ?! ふざけるな! だったらテメェは何で俺をアリーナに参加させた! あのとき素直に金を渡して何事も無ければ! ミカもマリンもそばにいて! 三人一緒に家で飯食って寝て! 適当に街をぶらついたりして! ゆっくり暮らせたかもしれないのに! テメェが俺たちを引き裂いたんだぞ!』


 ブルブルと震える渡辺の腕の力に耐え切れず、鉄格子がひしゃげる。


 「……何でこうなったかわかるか? それはお前が弱かったらだ。すぐそこにある問題を見て見ぬフリしてきたからだ」


 「――ッ! この野郎! 開き直ってんじゃ――!!」


 悪びれない態度に渡辺は我慢できなくなりかけたが、ディックの青みがかった銀の瞳を見てハッとなった。

 あまりに真っ直ぐな目だった。

 怒り心頭な渡辺でも、ディックの真剣さがわかるくらいに。

 その目で、今の言葉をディックどういうつもりで言ったのか、渡辺は気づく。


 『……俺にじゃない。自分に対しての言葉か』


 『そうさ。情けないことに、俺はビビってたんだ。他人が用意したゲームのルールから外れるのが。本当に大事なものはゲームの外にあるっていうのに。ルールに従っているのが楽で、バカみてぇにずっと流されてたんだ』


 渡辺にはディックが何の話をしているのかわからなかった。

 だが、一つだけ確かなことがあった。

 これまで自分が絶対に正しいのだと、まるで誰も寄せ付ける気のなかった彼のいばらのような喋り方が、丸くなっていたのだ。


 渡辺は思い出す。

 アリーナ戦で垣間見たディックの記憶。ディックもまた王国のシステムの被害者でしかない。

 だからと言って、渡辺がディックを仲間として認める理由にはならない。

 カトレアと同じだ。

 理由があるからといって、ディックの行いが正当化されるわけではない。


 『すまなかった』


 渡辺は信じられなかった。散々好き勝手やってきても決して謝罪などしなかった男が、「すまなかった」と初めて謝ったのだ。


 『頭下げたとしても許されないのはわかってる。後で俺をぶん殴ってくれても構わない。それで足りないってなら腕を折っても目を潰してもいい。だから、どうか国を変えるのに手を貸してくれ』


 「……気に入らねぇ」


 渡辺が鉄格子から手を離す。

 同時に、風が止む。


 「気に入らねぇが、いいぜ認めてやるよ、俺の負けだ」


 『手を組んでくれるのか?』


 『勘違いするなよ。お前がしたことを決して許す気はない。利害関係が一致した仲ってだけだ』


 『それで十分さ』


 渡辺は最初にいた位置に戻ると、また足を投げ出して座り込んだ。


 『……ミカには手を出してないんだな?』


 『ああ、絶賛放置プレイ中だ』


 ミカの無事を聞き、渡辺は安堵のため息も漏らす。

 一瞬、案内係にバレないかヒヤリとするディックだったが、傍目から見ている案内係にすれば、ディックに言われた内容がショックでため息を吐いたように映っており、問題はなかった。


 『今後の予定だが、まだまだ王国に不満を持ってる奴は大勢いるだろう。仲間をもっと集めてから反逆を――』


 『そのことだが、ディック。近い内にフィオレンツァが牢屋を出て国を取り戻そうとしているんだ』


 『何?! フィオレンツァって先代女王のか?!』


 『ああ』


 『こいつは……たまげたぜ。水面下でそんな大物が動いていたとはな。わかった、俺もそれに合流するつもりで動くぜ』


 ディックは最後にそう伝えると、鉄格子から距離をとる。


 「あーあ、落ち込ませちまったかな。これ以上イジメるのも可哀相だから帰ってやるとするか」


 と、演技の捨て台詞を決めてディックは渡辺の前から去って行った。


 地上へ戻る途中、ディックは考える。

 ……思った以上に早い内に反逆者になりそうだな。フィオレンツァがどんな計画を立ててるのかは知らねぇが、最終的に暴れる展開になるのは間違いないだろう。そのときに合流して加勢すれば先代女王からの信頼も得られるはず。

 それよりも、問題なのは身辺整理か……裏切り者になる以上、城に俺のパートナーたちを置いておくわけにはいかない。ミカも含めて、どこか安全な場所に避難させなきゃな。


 ディックが考えをまとめ終える頃には、地上のロビーにまで戻ってきていた。

 あとは、受付職員に適当に結果を報告して城に戻るだけ、そう考えていた矢先だった。


 ディックは身震いした。


 受付の前にある長椅子に、エメラダが両腕を広げて座っていたのだ。


 「ヘイ? どうかしましたかディック?」


 急に立ち止まったディックをアイリスは不思議に思う。エマも同じ気持ちだ。

 二人からすれば、立ち止まる理由などなかった。ただ、そのまま歩いて、エメラダに別れの挨拶をしてアルカトラズを出ていけばいい。それだけの話のはずだ。


 なのに、ディックの胸からはドクンッドクンッと警戒信号が鳴りっぱなしだった。


 ……何故だ。何故……アイツは……煙草を吸ってやがる!


 それは、息子として長い時間一緒に過ごしてきたディックだからこそわかるサインだった。


 エメラダは気分が高揚したときにだけ煙草を吸うクセがある。主に酒場で酒を飲んだときや、強者を相手に闘ったときなどがそうだ。

 だが、この場には酒も無ければ闘う相手もいない。

 ディックは、エメラダが一体何に対して気分を盛り上げているのか。それがとても気がかりで、恐ろしかった。


 クソッ! だからって立ち止まってるわけにはいかない! 余計に怪しまれる!

 大丈夫だ、バレるはずがねぇ。コイツは俺と渡辺の会話を知る由もないんだ。心拍数を下げろ。『透視』で心臓の拍動を視られたら疑われちまう。


 「よお、また会ったな。ちゃんと仕事してるようで感心だぜ」


 ディックはいつもの調子を装ってエメラダに話しかける。


 「ああ、ここに入ればまた愉快なことが起きるかもしれないと思ったらな。そう思えば、深夜残業コースでも苦ではない。それで、お目当ての能力は見つかったのか?」


 「それが全然。一人あたりの能力の数が少なすぎて効率が悪いな。わざわざ金払って解放するコストに見合ってなかったぜ」


 「だろうな。だから囚人をパートナーにしようなんてヤツは物好きしかいないんだ」


 「とんだ無駄足だったぜ。さっさと城に戻って寝るとするわ」


 そう言って、ディックがエメラダの前を通り過ぎようとした、そのときだった。


 『ザザザ……クソ野郎が! よくも俺の前に顔を出せたな!』


 「――ッ!」


 エメラダの赤いコートのポケットから、電子音特有のノイズと共に渡辺の声が発せられた。


 『テメェのせいで! テメェのせいで、ミカも、マリンも!!』『ちょ、大人しくしろ! こいつまた脱走するつもりか?!』『ったくよ……会ってそうそうこれかよ、どんだけ沸点低いんだお前』


 紛れも無い。それは、先程のディックと渡辺のやり取りだった。


 ボイスレコーダーだと?! まさか!


 ディックは自分の体を服の上からまさぐる。そして、ダウンジャケットの襟裏に硬い物体を見つける。手のひらよりも小さいサイズの黒くて直方体の物体――盗聴器だ。


 「「ッ!!」」


 エマとアイリスが驚愕する。


 「仕事柄、持ち歩いていてな。ボディチェックの係りにも、その盗聴器は私が仕掛けた物だから無視しろと『精神感応』で連絡しておいたんだ」


 こ、こんなもの一体いつ仕掛けて……ハッ! 俺の肩に手を置いたあのときか!


 「で、だ。お前たちのやり取りを聞いていて疑問だったのが、会話に妙な間があったことだ。まるで考え込んでいるかのような、な」


 「……やれやれ、息子に盗聴器まで仕掛けて何を言い出すかと思えば。筆頭勇者であるこの俺が何かやらかすとでも思ってるのかよ」


 必死にいつもの調子を崩さぬようにディックは務めるが、エメラダの次の一言で喉元に剣を突きつけられた感覚に陥る。


 「右足に何か仕込んでいただろう?」


 「――な!!」


 「わからないとでも思ったのか? 右足がほんのわずか、3ミリ程度だが浮いていたんだよ。私の予想ではおそらく魔法石だと踏んでいるが、案内係がお前が魔法を行使したところを確認していないとなると、それは目視できないタイプの魔法。『精神感応』あたりか?」


 ディックの額から冷や汗が滲み始める。


 「なぁ、右足の靴を脱いで見せてくれないか? それで何も無ければ、私の勘違いで終わる話なんだ」


 「…………」


 真顔でふんぞり返って煙草の煙を吹かしているエメラダに対し、ディックは即答できなかった。

 中身を見られれば、魔法石の破片が出てくる。言い逃れはできない。そうなれば、必然的に渡辺と『精神感応』でどんな会話をしていたか聞き出すため、拷問にかけられるだろう。


 「は、ハハハ」


 ディックが笑う。


 「実は俺、水虫でさ。多分靴の中くっさいぜ?」


 「ふっ……フハハハハ!」


 エメラダが笑い出す。


 「「 ハハハハハハッ!! 」」


 それに引っ張られてディックもより大きな笑い声をあげ、場は和やかな雰囲気に包まれる。


 「ハハハハハ! ……いいから見せろ」


 一転して低いトーンでエメラダが発言すると同時。

 ディックが殺気立った顔で腰のホルスターから拳銃を引き抜き、エメラダへと引き金を引いた。

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