第110話 プリズン・ブレイク
上司の命令を受け、待機していた騎士たちが一斉に動き出す。
それに対して呆然と突っ立っている渡辺ではない。
両手に握っていたままだった長さ20mのエモノを、一つ上の階の通路にいる杖を持った男目掛けて力ずくで振るった。
「い?! ヤッベ!」
攻撃魔法を行おうとしていた男が横に飛ぶ。男が立っていた床は直撃を受けて崩れ落ちる。
その圧倒的な暴力に何人かは怯むが、多くは冷静な思考のもとに行動を起こす。
渡辺の攻撃を隙とみなし、矢を番えていた騎士たちが矢を放った。
その様子を視界の端で捉えた渡辺は、長いエモノを手から放すと地を蹴って横へ飛び、それらを躱す。
よく見ている。そして、速い。
と、矢を射た者たちの中の一人が思う。
あの牢屋に投獄された人物は転生者だと聞き及んでいる。ならば、能力が1種類なのは間違いない。先程から髪や服が風になびいているのは気になるが、見せた腕力やこの瞬発力から察するに、彼の能力は『
『怪力』はあり余るパワーで瞬間的に大きく加速ができる。しかし、一瞬だけだ。
スピードが落ちてきたときが、狙い目。
男はそう考えて次の矢を番えた。
宙に浮いていた渡辺の両足が地に着き、通路の上を慣性の法則に従ってスライド移動するのを視認したところで、矢を発射した。
発射された矢は、渡辺の腿を射抜く軌道を描いて飛ぶ。
よし、仕留めた。
男がそう思ったとき、渡辺の姿が視界から消えた。
む! 消えた?! 一体どこ――。
タンッ
と、男の眼前にあった手すりが音を立てて揺れた。
「――ッ!!」
男が横を向くと、すぐ近くで渡辺が手すりの上に立っていた。
「いつの間に?!」
慌てて距離を離そうとするが、遅い。渡辺の飛び蹴りが胸部に入り、通路を転がった。
今いる通路から、反対側にある上の階の通路へ。
渡辺はそうやって上へ上へと登っていく。
その間も、炎の玉や銃弾が飛び交うが、すべて避けて相手を返り討ちにしている。
渡辺が好き勝手に暴れる様子を、第二収容区画の管理長は最上階から歯痒く見下ろしていた。
「お待たせしました。罪人の資料です」
管理長のそばに『
「……能力は不明……転生者? しかもレベル32だと?」
管理長は唸る。
おかしい。さっきの攻撃は明らかに攻撃力100を超える威力だった。仮にヤツの能力が『怪力』だったとしても土台となる攻撃力がレベル32相当ならばせいぜい攻撃力は50程度のはず……。解せない点はもう一つ。ヤツはパワーがあるだけじゃなく速さもある。ヤツの動きは、まるで『怪力』と『
管理長が思案している間も、渡辺は騎士らの猛攻を掻い潜り登っていく。
地下15階にあたる通路に着地した渡辺に、鉄球が飛んできた。それを渡辺は身を反らして躱す。
「グフフ、よく避けたな。なるほど、雑兵共が揃いも揃ってやられるわけだ」
鉄球には鎖が取り付けられており、今しゃべった男がその鎖を引っ張って鉄球を回収する。
渡辺が立っているのと同じ通路上にいるその男はオルガよりも縦にも横にも幅がある大男で、頑丈そうな西洋の鎧で全身を覆っている。
「だが、遊びもここまで。俺は騎士とは違う。なんせ俺は勇者だからな、格が違うのよ! グハハハ!」
威張る巨漢から10m離れた位置にいた渡辺は、射殺す目つきで言う。
「……早くしろ、デブ」
「ッ! ガキがいつまでも調子づいてるなよ!」
巨漢が鎖を握っている手をグルグル回し始め、鉄球を遠心力にのせる。
「オラッ!」
巨漢が唾を飛ばすと、鉄球も真っ直ぐ渡辺へ……向かわず、鉄球は空中をジグザグに移動した。
「ハハハ! 見たか! 上下左右、どこから鉄球が突っ込んでくるかわからんだろ!」
巨漢の言うとおり、鉄球はアッチへ行ったりコッチへ行ったりと生き物のように飛び回りながら渡辺へ迫る。
これは『
通常であれば、狙う対象を定めて確実に当てるチート能力だが、連続で空中の様々な位置を狙うポイントとして設定することで、鉄球を自在に操ってみせているのだ。
これに対して、渡辺は手も足も瞳さえも動かさない。
その様子から、巨漢は自分の技の凄さに驚いて渡辺は硬直してしまったのだろうと高を括るが、それは間違い。
何故なら、瞳がピクリとも動かないときこそ、“観の目”を最大限に発揮しているからだ。
右からと見せかけて左から、鉄球がフェイトをかけて突っ込んでくるが、これを見切った渡辺は左手のみで鷲掴んで受け止める。その衝撃は渡辺の体を伝って、足元の床にヒビをはしらせた。
「はっ! 大口を叩くだけはある! だが掴んだな! 『
巨漢が叫ぶと、何の変哲もなかった鉄球から針が生え、渡辺の左掌を刺し貫いた。突然の鋭い痛みに、渡辺は苦虫を噛み潰した顔になるも、今の渡辺はこの程度では怯まない。
針から左手を引き抜くどころか、渡辺は左手の握力を強めて鉄球を後方へと引っ張り、鉄球に付いてる鎖を右手で掴んだ。
「このガキ、俺から武器を奪い取ろうってのか?! バカが! 力勝負で俺に勝てるか!」
渡辺から鉄球を取り戻すため巨漢が鎖を引くと、鉄球に繋がれた鎖は緊張状態となり、巨漢と渡辺の綱引きの形になる。
「ヌッ?!」
すぐさま取り返せると踏んでいた巨漢は、渡辺の予想外な筋力に驚く。
「ど、どうなってる! 倍を超える体格差、しかも俺は鎧も身に着けてるってのに!」
体重差から考えればあり得ない光景。
だが、今の渡辺の攻撃力はそれを現実にできる。
渡辺が右へ大きく体を捻る。
「ッ!」
巨漢が体勢を崩した。
「なっ――」
ここぞとばかりに、渡辺が一気に鎖を思い切り引くと巨漢の体が宙に浮いて渡辺へと向かった。
「死ね」
呟きと同時に、殺意が込められた右ストレートが巨漢の胸部に叩き込まれた。巨漢の鎧の胴部分がべコンッと大きく沈んだ後、巨漢は体をくの字に折ったまま通路の一番奥まで吹っ飛び、壁に激突した。
「は、ハート様がやられた……」「うわあぁ! 逃げろぉ!」「俺たちが敵う相手じゃねぇ!」
手足を痙攣させ、口から泡を吹く巨漢を見た騎士たちの何人かが、戦意を喪失し収容区画から逃げ出す。
「……レベル150以上の勇者ですら負けるとは……」
管理長の立ち位置からは、何が起きたか視認はできなかったものの、下の騒ぎから事態を把握していた。
「もはや、一介の兵士でどうにかできる相手ではないな……急いでエメラダを呼べ」
「畏まりました」
管理長の横にいた女は指示に従い『瞬間移動』で、エメラダという人物を迎えに行った。
「……くっ!」
渡辺が片膝を着いた。
小さな穴が空いている左手で右腕の付け根を押さえる。左手以上に上腕が痛い。どうも上腕三頭筋が肉離れを起こしたらしい。
……やっぱ、50%以上力を出すと一発で体が傷つくか……クソッ……腕だけじゃない……全身も連続した40%の力の行使で軋んでやがる……この調子でマリンのところまで辿り着けるのか?!……うっ!
悪い事態は重なる。
突如、強烈な吐き気に襲われ、渡辺はその場に倒れてしまった。
貧血だ。
『
視界がどんどんぼやけていく。
チッ、強敵を倒して気が抜けたか?!
冗談じゃねぇ!
どこからともなく聞こえてきたマリンの助けを求める叫び、流れてきた苦しいという感情。
それらが燃料となり、渡辺を突き動かす。
こんなところで寝てられるかよ! 俺はマリンを! ミカを! 市川もデューイも! 助けるんだ! このクソッタレな連中から! だから、死んでも動け! 渡辺 勝麻!
横に倒れている状態で、渡辺は自らの胸を強く叩く。離れかけた意識を強引に牽引し、体を立ち上がらせる。
「おい! アイツ弱ってるぞ!」
上からの声に、渡辺は舌打ちを重ねる。
流石にこの空間にいる敵全員を相手にするのは文字通り骨が折れかねない。
別の道から出口へ向かうべきだ。
渡辺は虫の息になっている巨漢の脇を通り抜け、収容区画から別の場所に繋がっていると思われる廊下を走った。
「いやぁ、今回の新人は結構粘るなあ」「勇者まで倒されるなんていつ以来だ?」「さあ」「まあ、そろそろ祭りも終わりだろ」「そーだな。アルカトラズにはあの女がいるからな」「これまで牢屋を出た奴は何人も見てきたが、みんな結局あれにやられちまうんだよなぁ」
廊下へ向かう渡辺の背中を見送りながら、囚人たちはそんな会話をしていた。
横縦ともに、約5mの幅の殺風景な廊下。それが遠くまで続いている。
この廊下一体何メートルあるんだ。と、じれったく思ってる渡辺の前方に、二人の人間が『瞬間移動』で現れた。
一人は、渡辺から見えない場所で管理長と話していた女。その隣にもう一人、女がいる。
ゆうに180は超えている身長。銀のショートのウルフヘア。
ファー付きフードの赤いコートのポケットに両手を突っ込み、口に煙草を咥えている。顔には額から口元までバッサリと何かで切られたと思われる古傷が刻まれていた。
「アルカトラズ内は禁煙です」
「……ふぅ、緊急時でもお堅いねぇ」
女は咥えていた煙草を床に捨てると、グリグリとロングブーツで踏みつけて火を消した。
「それでは、任せましたよ。エメラダ・アイゼンバーグ」
言い残して『瞬間移動』の女が消えた。
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