第107話 ……………………
異世界ウォールガイヤにはフィラディルフィア王国と呼ばれる異世界で唯一の国があり、そこでおよそ500万人が生活を営んでいる。
現在、フィラディルフィア王国の人口の3割を転生者が占め、残りがもともとウォールガイヤで暮らしていた異世界人となるが、この異世界人の先祖も全員転生者であり、純然たるウォールガイヤ産まれの人類は存在しない。138年前、イギリス人らがやってきたのが始まりであり、その後も、アメリカ、ロシア、ドイツ、中国など様々な国の人間が神によって異世界へ招かれた。
国、文化、価値観の違う人間が大勢住むこととなった世界では、当然、治安の悪化や国民間のトラブルを避けるための法律が作られた。
人々の生活をより豊かにするための法。
しかし、法の中には国民のためではなく、王国のために制定された法がいくつも存在する。
中でも代表的なものが、アリーナ法だ。五代目女王であるカトレアがまだ女王となる前にこの法律案の原案を作成し、自らが女王に即位した後、異界暦115年に制定した。
そのアリーナ法の概要は以下のとおりだ。
闘技場で16歳以上のパートナーを所有する主人同士が闘い、勝利者が敗北者のパートナーを得る。主人である者は一月に一度このアリーナへ参加しなくてはならず、パートナーがいない者も三ヶ月以内にアルーラ城からパートナーを用意してもらい、再度アリーナに参加しなくてはいけない。
これが何故、国のための法律となるか。
主人は自身のパートナーを奪われまいと身体を鍛える。それによりレベルやステータスが上がっていく。国民全体の能力が上昇するのだ。
それだけではない。アリーナで勝った者は負けた者よりもそれだけ良いチート能力を持っていたことになる。勝者が勝ち取ったパートナーとの間に子どもをもうければ、そのチート能力を持った人間が増え、将来有望な戦力が新たに得られる寸法だ。
実際、アリーナ法が導入されるより以前は30歳以上の国民の平均レベルは25であったのが今では平均40となっているし、強力な組み合わせのチート能力者もかなり多くなった。
こうしてアリーナ法は戦力アップを実現した。しかも、主人たちの関心が武器や装備に向いたことで経済効果を生み出すまでに至っている。
だが、光があれば陰もある。
低レベルで自らの能力の扱いに不慣れな状態でアリーナに参加しなくてはならない転生者や、能力に恵まれず稼ぎが少ないものは一方的に自分の大切なパートナーや子どもを奪われて自分の無力さに絶望する。
主人だけではない。パートナーも慕っている存在、信用している存在、家族のような存在から無理矢理引き離され、身を裂かれる思いをしている。
そして、アルーラ城でもまた暗く沈む女の子が一人。
渡辺 勝麻のパートナーであったミカである。
ミカは今、アルーラ城にある8畳の部屋で、一人ベッドの上に一人座っていた。ひと目見てフカフカだとわかるベッドで、寝心地はとても良さそうだ。なのに、ミカの目の下にはクマができている。
ミカの褐色の肌を映えさせていたクリーム色の髪もボサボサで、その前髪がミカの黄色い瞳を隠し暗く濁らせている。
ディックのパートナーとなってから一週間。ミカは眠れぬ日々が続いていた。
「……また眠れなくなっちゃったな」
ポツリと消え入りそうな声で呟く。
渡辺のパートナーとなる前、他の主人のもとで過ごしていた頃も今のようにミカは安眠することができなかった。
理由は、夜な夜な主人が夜這いをしてきたからである。パートナーの身分となってから何ヶ月の間もそんな夜を過ごし続けていたせいで、例え主人が欲情せず何事もなくとも、ミカはいつ来るかわからない獣の求めに身を震わせていなくてはならなかった。
それが渡辺のパートナーとなって両親と再会して以降、また昔のように安眠できていたのだが、その渡辺から離れてしまったことで再び夜に身体が恐怖するようになってしまった。
無理もない。正面切って、ディックに自分の子どもを産ませると言われたのだ。
いつ来るかわからないディックに、ミカは怯えるばかりだった。
「ショウマ……会いたいよ……あの時みたいに頭撫でてほしい……」
ミカの目に涙が浮かぶ。
ミカは初めてアリーナ制度に対して酷いという感情を抱いた。
これまで、前の主人たちからどんな扱いを受けようと、自分に運が無かっただけだと思っていた。
しかし、幸せを取り上げられた今、ミカは思う。
アリーナなんて……無かったら良かったのに……無かったらこんな思いしなかった……。
ミカのむせび泣く音だけが、部屋の空気を振動させる。
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