第102話 価値観の相違

 俺とオルガはあの後、騎士連中の馬車で病院へと搬送された。オルガと同じ病室に運ばれ、ベッドに寝かされた状態で看護師から『回復魔法リカバリー マジック』を受けた。

 これで人生三度目の骨折治療になるわけだったが、アリーナ戦のときに比べれば、折っている箇所も少なく、折れ方も綺麗だったので、3日もあれば完治するとのことだった。



 物を盗み人を攫う犯罪組織ジェヌインの襲撃から、一夜が明けたバミューダは騒然とし始めた。バミューダの住人や祭りでやってきた観光客など、街にいた半数近くの人間が急に意識を失って倒れたり、埠頭がメチャクチャに荒れたりしたんだから当然の反応だ。

 騎士も、埠頭の修繕や千頭たちの追跡よりも、何が起きたのか情報を求めてやってくる者や騎士の警備の甘さを咎める人々の対応でてんてこ舞いだった。


 一体何が起きたのか。

 俺の知る限り千頭には三つの目的があって、今回の作戦が実行された。


 1つはバミューダが始まりの街と言われる所以であるアトランタ号を奪うこと。アトランタ号は最初の転生者たちを乗せて現れた船だ。千頭はあの船に転生する仕組みが隠されていると言っていた。正直、俺にとっては船なんてどうでもよかったが、バミューダの住人たちは船が無くなったことにかなりのショックを受けているらしい。この街にとってはシンボルのような存在だったのだろう。


 2つ目は、俺の誘拐。

 千頭は現れて早々に俺をスカウトしに来たとか言いやがった。ジェヌインの最終目的は、元の世界である地球に帰ること。その目的と俺の願いが一致しているから俺を迎えに来たらしいが、俺は他人を踏み台にしてまで、元の世界帰ろうとは思えなかった。

 ……市川が、アイツの話を聞いていたら、なんて答えたんだろう。


 3つ目は、ディックを殺すこと。

 ジェヌインが去った直後、俺はエマたちと一緒にディックのもとへ『《瞬間移動テレポート》』で移動したのだが、酷い有様だった。

 ディックは意識を失っていた。

 ディックの黒いローブは赤黒いローブと呼べる代物に変わっていて、頭からも大量に血を流していたんだ。

 エマとアイリスが大急ぎで『回復魔法』をかけていたが……アイツ死んじゃいないよな……。




 とにかく、千頭の自分勝手な振る舞いのおかげで、俺はこうして病院のベッドで横たわっている。


 「1989年――」


 隣のベッドで横になっていたオルガが、口を開いた。


 「俺が24歳で交番勤務だった頃、世間がまだ景気というものはどんどん良くなるものだと思っていた時代だ。交番近くの空き地でサッカーボールを蹴って遊ぶ子供がいた。当時その子供はまだ8歳で屈託のない笑顔をしていた」


 突然何だ? と、俺は言いかけたが、オルガが自分の過去を語るなんて珍しかったから、黙って耳を傾けることにした。


 「その子供がな。ある日、ボールを道路に蹴り出してしまって、慌ててボールを追いかけたんだ」


 「そこに車が来て轢かれそうになったのをオルガが助けた?」


 「ああ、そうだ」


 「そんな漫画みたいな話が実際にあるなんてな」


 「フッ、俺もあんな場面に出くわすとは思わなかったさ」


 「どうして、今その話を?」


 「それが、俺と千頭の出会いだった」


 な! 千頭だって!?


 「そのことがあってから、千頭はよく交番にやってきて俺と話すようになった」


 オルガの話は続いた。

 千頭は特撮ヒーローが好きだったこと。

 自分を救ってくれたオルガをヒーローのように思っていたこと。

 いつか、自分もオルガみたいな警察官になると夢を語っていたこと。


 「千頭にもそんな子供らしいときがあったなんて、あの後じゃ信じられないな」


 「そうだな。千頭と会ってから3年後に俺は死んだが、最後まで良い子だった」


 「そんで今から14年前に、異世界で再会したわけか」


 「ああ、憧れていた警察官となった千頭は警察学校を卒業してから4年ほど後に、乗っていたパトカーにトラックが横から激突してきて命を落としたそうだ」


 ……またトラックか。


 「その時点で性格は変わってたのか?」


 「……あの頃の俺は、人と接することを恐れていたからな。断言はできないが、変わっていなかったはずだ。レイヤの話では俺のことを毎日気にかけてくれていたらしい」


 「それなのに再会から三ヶ月で、千頭はオルガたちの前から消えて、犯罪者となった……か」


 わからない。千頭が。

 ヒーローに憧れて警察官にまでなったやつが、何故、犯罪行為に手を染めているのか。

 ふと、千頭が言っていた言葉を思い出す。

 『モラルやルールを守るというのは余裕の表れだ』

 ……今の千頭には、余裕が無いんだろうか。



 そんなことを考えていたとき、病室のドアが勢いよく開いた。


 あ……マリン。


 「ショウマ様! オルガさん!」


 マリンが俺のそばまで駆け寄ってきた。後から、ミカ、ジェニー、メシュも部屋の中へ入ってくる。


 「盗賊団に襲われたって聞いてけど! 二人とも大丈夫?!」


 ミカも鬼気迫る表情で、俺とオルガの様子をまじまじと見てくる。


 「左腕をやられた程度だ」


 オルガはミカに包帯が巻かれた左腕を動かしてみせる。


 「俺は、両手両足をポッキリと……あ、アハハハ参っちゃうよなぁ! 2ヶ月の間に3回も折って、もう1年の間に何回折る気だよってペースで!」


 俺はわざと明るい調子で言った。

 マリンの瞳が揺れていて、今にも目から雫が零れ落ちそうだったから。


 「ごめんなさい……そばにいたのに……ショウマ様を守れませんでした。それどころか私は眠っていて……」


 マリン、責任を感じてるのか……。


 「マリンが謝る必要ないって。俺からしたら、マリンが怪我とかしなくて良かったって思うよ」


 「……はい」


 吐き出しかけた言葉を喉の奥へ押し込むような、くぐもった声でマリンは返事をした。



 *



 三日が経ち、無事に治った俺とオルガは退院した。


 この三日間、ディックに何度かスマホでメッセージを送信していたのだが、連絡が取れずにいた。

 宿屋でこれからどうしようかと、皆で話し合っていたところ、エマ、アイリス、知世、そしてディックが『瞬間移動』で現れた。ディックは松葉杖で体を支えていて、まだ完治しているとは言えない状態だった。

 「大丈夫か?」と俺は、声をかけるが。


 「用は済んだ。フィラディルフィアに戻るぜ」


 俺に対して返答はなく、ディックは真顔でそれだけ口にした。


 いきなりな展開ではあったものの、俺としても一度家に帰って休みたかったので、反対は無かった。



 ディックの愛馬たちとも合流した後、俺たちはエマの『瞬間移動』で、あっという間にフィラディルフィアの東区の入り口の前へと帰還した。


 馬車でも四日近くはかかる道を一瞬で……『瞬間移動』すげぇ。ゲームでもワープってよくある機能だけど、こうして実際に体験すると便利さがより身に染みるなぁ。


 「というか、最初から『瞬間移動』でドロップスカイとかバミューダまで移動すれば良かったんじゃ?」


 思ったことを声に出す俺に、エマが答える。


 「『瞬間移動』は移動する際に大量の魔力を使うんだ。ジェヌインに魔力の流れを感知する能力者がいたら、すぐに察知されちまう」


 「あー、隠密行動のために使えなかったのか」


 「そういうこと。ま、どちらにしろ私達の動きは筒抜けだったけどな」


 ……? なんだろう。エマに愛想が無いのは毎度のことなんだけど、今回はいつも以上に素っ気無いような。

 まあいいか。


 「ディックたちも家に帰るんだよな? 怪我してるし途中まで見送ろうか? って『瞬間移動』がありゃ家までひとっ飛びだったな」


 ディックがおもむろに俺の方を振り返る。

 その表情は真顔のままだ。怪我の具合が悪いのか、それとも千頭を取り逃したことがそれほどまでにショックだったのか。

 これまでディックと言ったら憎たらしい笑みだったから、なんかこの表情には慣れない。


 「他人よりも自分の心配をした方がいい」


 低い声でディックが言った。


 ドクンッと心臓が大きく高鳴った。

 ……なんだ……猛烈に嫌な予感がする…………まさか、こいつ……。


 そんな馬鹿なと思いつつも、俺は次の言葉を口にせずにはいられなかった。


 「おい、ディック……報酬を渡せ」


 俺はゆっくりと片手を前に差し出した。


 「悪いが、クエストは未達成だ」


 ――! コイツ、マジかよ!


 「冗談じゃないぞ! いくら千頭を捕えられなかったからって、それを俺に――」


 「千頭は関係ねぇよ」


 俺の怒号を、ディックがピシャリと切り裂く。


 「露天風呂での会話の時点でお前には金を渡さないことを決めていた」


 「露天風呂での、会話だって?!」


 「金だけじゃねぇ。ワタナベ ショウマ。お前をアリーナでぶっ倒して、そこの女――ミカをもらうぜ」


 「え?!」


 突然ディックに指を指されたミカから驚きの声が漏れた。


 こ、このヤロウ! 金を渡さないどころか、アリーナまで!


 「お前! 一体どういうつもりだよ!」


 「どういうつもりか? そりゃミカを手に入れて、ヤるに決まってる。それが勇者の役目だからな。そいつが持つ『飛行フライト』の能力は、スナイパーライフルでの狙撃と相性が良い。俺とミカのガキなら将来有望な戦力になる」


 最初からそれが狙いで俺たちに近づいてきやがったのか!


 「ふざけんな! 戦力になる子どもを作るため? お前はミカを何だと思ってやがる! ミカの気持ちも考えないで! ミカは俺たちと一緒にいたいんだよ! 人の気持ちを無視するんじゃねぇ!」


 「チャンスなら一応与えたんだぜ。露天風呂のとき、お前は言ったよな。マリンとミカを抱くつもりはないってよ。お前が住んでいた世界ではそれが誠実とされるのかもしれねーが、ここ異世界では、次世代へ自分の能力を継がせる気のないヤツの方が不誠実なんだよ」


 「魔人と戦う気が無いヤツはみんな悪だってのか!」


 「そのとおりだ、よくわかってんじゃねぇか。露天風呂で俺の二つ目の質問に対して、お前はこうも言った。「マリンとミカを守ってスローライフを送るんじゃないか」ってな。戦いは他人に丸投げして、自分は悠々自適に暮らす。何でそんなヤツに貴重な戦力を囲われなきゃいけない?」


 チッ! あのときのやり取りの裏に、そんな意味があったのか! 軽い気持ちで答えた結果が、こんな形で返ってくるなんて!


 後悔の念から、俺は両拳を握り締める。

 その片方の腕にミカが飛びついてきて身体を密着させてきた。

 ミカを見ると、不安な気持ちを顔一杯に広げていて、その顔で俺を見つめていた。


 ……さっさと抱けば良かった? 戦いに身を投じれば良かった? そうじゃねぇだろ。そんなことして、二人が喜ぶはずがねぇ!


 「ディック、お前の価値観じゃ、俺は悪なんだろうな。けどな、俺の価値観じゃテメェの方が悪だ! いいぜ、アリーナ! どうせ逃げられないなら、お前を叩きのめしてやるよ! んでもって、ミカを守る!」


 「はっ! 俺を前に、転生したての雑魚がよく咆えた! 度胸だけは認めてやる!」


 ディックが不敵な笑みを浮かべた。

 そして、片手を俺の方へ突き出して、人差し指を一本上に向けて立てた。


 「1日だ。明日1日だけ、ミカとの時間を過ごさせてやる。んで、その翌日にはアリーナでお別れだ」


 「ちょ、ちょっと待ってください! 明後日にアリーナに出る気でーすか?! それまでに怪我は――」


 「俺は、今この場でコイツと戦っても負けるとは思ってねー」


 横槍を入れたアイリスをディックは一蹴した。


 「そんじゃ、明後日までの時間、せいぜい楽しんで過ごせよ。ワタナベ」


 最後にそう言い残した後、ディックたちは『瞬間移動』でその場からいなくなった。

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