第51話 退院

 アリーナから病院の前に着く頃には、日の半分が山に隠れ始め、その反対側から月が顔を出し始めていた。

 月と言っても、元いた世界の月とはもちろん別物だ。

 けど、入院中に看護師から聞いた話によると、異世界ここでも夜空に浮かぶ大きな白い物体のことは月と呼ぶらしい。

 どこまでも、この世界は元いた世界と大した差が無い。技術力にしろ、食文化にしろ。

 ……ついさっきまでは、そう思っていた。

 アリーナとかいう場所で、人間同士の戦いがあって、そこの試合で負けると自分のパートナーが奪われる。

 ここに来て初めてのカルチャーショックかもしれない。


 そんなことを考えながら、病院へ戻った。



 受付の人に帰ったことを伝えた後、自分の病室に戻ると、ベッドのそばの椅子にマリンが腰掛けていた。

 マリンは俺の顔を見ると、笑顔を見せる。


 「おかえりなさいショウマ様! お出かけしていたんですか?」


 「ああ、ずっと病室にいたから、外の空気が吸いたくなったんだ」


 「もう、急にいなくなってすごく心配したんですから! 今度から、一人で出かけるときは一言言ってくださいね!」


 笑顔から一転、今度は頬を少し膨らませるマリン。


 「あ、ショウマ様。これ、どうぞ」


 マリンが両手で何かを差し出してきた。

 何だろう……あ、財布か!

 全体が青色ベースとなっているラウンドファスナーの財布だ。


 「約束でしたからね」


 俺は、そのプレゼントを快く受け取ると同時に、改めて守りたいと思った。


 アリーナだが何だか知らないけど、要は勝てば良いんだろ。

 ……絶対に勝ってやる!



 ――――――



 遥か彼方の次元でが思う。



 足りない。

 ヤリ足りない。


 もっと女が要る。

 女を寄こせ。


 犯したい。

 女を片っ端から、ひん剥いて、抱いて、欲望を流し込んでやりたい。



 この世の全ての女は、俺の所有物だ。



 ――――――



 翌日。

 退院する俺は、病院の出入り口にマリンと一緒にいて、そこでリーに別れの挨拶をしていた。


 「ショウマ様から聞きました。薬草のことリーさんが教えてくれたんですよね。リーさんがいてくれなかったら私、どうなっていたか。本当にありがとうございました」


 マリンが深々と頭を下げる。


 無茶苦茶苦労して取って来たのは俺なんだがな……と、思ったけど、リーの情報が無かったら助けられなかったのは事実だ。

 ここはツッコムの無しにしておこう。


 「そんな大袈裟な、恥ずかしいからやめてーな。ウチは情報を伝えただけや。それに礼を言いたいのはこっちの方や」


 「俺たちがリーに何かした覚えなんてないぞ」


 「……この世界では……特に今の時代はな、大概の病気はチート能力で治せてしまう。せやから薬草師なんて必要とされていないんやと思っとった。でも、ちゃう、助けを必要としているやつがおった。数は少ないやろけど、それでもそいつらのために、薬草師としてやり直そうと思た。やる気取り戻すキッカケくれて、ありがとうな」


 リーが俺に右手を差し出す。

 最初に会った頃と比べ、眼鏡の奥で瞳が輝いていた。

 何かを成そうという強い意志が感じられる目だ。


 「……こりゃ、次来るときは遠出する必要はなさそうだな」


 俺は、こういう目をするヤツが大好きだ。

 だから、迷い無しに俺も右手を差し出し、リーと快く握手を交わした。



 リーと別れ、マリンとともに病院を出る。


 「やー、お二人さん。退院おめでとー」


 病院の前で、ジェニーとメシュが俺たちを待っていた。

 退院後、一緒に食事でもどうかとジェニーに誘われていたのだ。


 「全く、あの程度の怪我で三日も入院しおって、軟弱な男よのう」


 メシュがまた何か言っている。


 「とか言っちゃってるけど、退院を一番喜んでるのはメシュなんだよねー。ここしばらく、ずっと二人のこと心配してたんだよー」


 ジェニーがいつもの様に、メシュの頬をツンツンする。

 そしてそれを、いつもの様にメシュが恥ずかしがって騒ぐ。

 そんな微笑ましい光景を見て、俺は改めて朝倉の考え方に対して疑問が浮かんでくるのだった。

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