俺のチートって何? ―異世界転生に沈む人々―

カーマイン

アバン

終焉の原初 前編

 終わりの世界。


 物騒な言葉だ。

 物騒ではあるが、聞いて驚く人はあまりいない。世界が海に沈むだの、巨大隕石が落ちるだの、恐怖の大魔王が降臨するだの。終末論は、世に掃いて捨てるほど溢れている。語られ過ぎたものは陳腐化するものだ。


 文明が発達した世界で恐怖の大魔王説を口にした日には、笑い者にされることは免れない。


 だが、それも過去の話。


 今、それを嘲笑う者は、この暗い宇宙にはいなかった。



 「ローラ、その後ジェシル船との連絡は?」


 そう言ったのは、宇宙船の重巡洋艦じゅうじゅんようかん“ヴォイジャー”を指揮する艦長である。ヴォイジャーは全長10kmはある三角錐型の細長い船で、その周りを移民船と、全長約4kmの光線艦と称されるこれまた三角錐型の戦艦たちが守るように取り囲み宇宙空間を漂っている。


 「ありません……3時間前に救難信号を発信して以降、沈黙したままです」


 ヴォイジャーのブリッジでは、多くのオペレーターが操作盤の前に座っており、その中でも通信機能を担当するローラは暗い面持ちでいた。


 「心配すんなよ。この座標からジェシルがいたところまで、3.6パーセクも離れてるんだ。もここまではやってこないって」


 隣にいた男が、ローラの肩に手を置く。


 「……それで慰めてるつもり? ヴィルツ」


 「…………」


 ヴィルツは何も言うことができなかった。

本当はわかっていたからだ。彼女は悪魔を恐れているんじゃない。仲間の死にショックを受けているのだと。

 逆にヴィルツは安堵していた。10光年以上も離れていれば、悪魔に会うことはない。自身の命は救われたのだと、そう考えていた。


 ヴィルツだけではない。

乗組員クルーのほとんどがヴィルツに近い考えをもっていた。



 突如、電子音警報が鳴り響く。

艦長が眉をひそめる。


 「この警報パターンは……まさか、空間の歪みか!」


 艦長が椅子から立ち上がり、フロントウィンドウ越しに見える宇宙を見据える。艦長の動揺に合わせて、オペレーターたちも一斉に騒然とする。


 「こ、これは、ワープ航行による空間歪曲です!」


 「座標告知もなしに、どこの馬鹿なの! ぶつかる気?!」


 「ワープアウト座標探知! ……ひゃ、150km先、正面です! 艦長!」


 迷っている時間はなかった。艦長は直ちに指示を出す。


 「全艦に通達! 本艦より左舷側の船は左に、右舷側は右に回避行動を取れ! 本艦は右だ!」


 艦長の指示通りに、十数隻の宇宙船らが進行方向を変える。急な命令だったこともあり、何隻か衝突しかけるが、大事には至らずに済む。


 ヴォイジャーの左舷側から、30kmほど離れた地点の空間が白く輝き出す。


 「クソッ! 生き残りがいたことには歓迎したいところだが、文句言ってやらねぇとな」


 その光を横目にヴィルツが文句も垂れるが、その声は嬉々としている。オペレーターたちの表情もいつの間にか、焦りから喜びの表情になっていた。

 それもそのはずで、ヴォイジャーのクルーたちは、この世界で生き残った人類は、自分たちだけだとばかり思っていたのだ。


 予想外な生存者の登場に、多くが人類の再出発を思い描く。

しかし、そのような青写真は絵空事であったということを、間もなく知ることになる。



 「ワープイン元の相対座標判明! ……これは……ジェシルの信号が途絶したポイントです!」


 その報せを受けて、ブリッジ内は静まり返り、緊張がはしる。


 「ムラカミ! ワープアウトしてくる物体の質量予測は?!」


 「はっ! 調べます!」


 艦長の命を受け、オペレーターの一人が操作盤を叩く。


 「予測質量値……65.7kg?!」


 「65kgだって? 計器が故障してるんじゃないのか? そんなに軽い宇宙船があるわけないだろ」


 ヴィルツが苦笑する。


 光年単位の距離を瞬時に移動できるワープ航行は、宇宙船に搭載されている装置が可能にしている。宇宙船が無ければワープ航行はできない。

 宇宙船の重量は、最も小さい貨客船のタイプでも10tは超える。10tを遥かに下回る65kgという値が示す意味は、がワープ航行を行っている、になる。


 この意味に一早く気がついた艦長は、もう一つの答えに至る。

 65kgは、成人男性の平均体重。



 「全軍に通達。 戦闘準備!」


 ヴォイジャーと光線艦の外部壁が開き、レーザー砲が宇宙に顔を出す。


 「移民船団は後退、ワープ航行の準備が出来次第、直ちにこの場から離脱せよ! 本艦居住区内の人間は急ぎ脱出艇へと退避!」


 「故郷を捨ててまで逃げてきたのに……もういやあああ!」


 オペレーターの一人である、若い女性が泣き崩れる。艦長の発言から、これから起きることがわかってしまったのだ。

 彼女だけではない。

 全ての船の人間たちが理解し、一部が癇癪を起こしていた。



 宇宙空間に現れたワープ航行による光は、次第に弱くなり、最後には消えた。


 そして“終焉”がその姿を見せる。

 それは衣類は着ておらず全裸であり、生気が抜けた目に黒髪の前髪がかかっている。

 男とも女ともとれる中世的な顔立ちだったが、股間に男性特有の器官がついていることから男であることがわかった。


 「……記録映像を見ても半信半疑だったが……悪魔の正体は、本当に人間だったのか」


 ヴォイジャーの船外カメラによってズームされた終焉を見て、艦長が呟く。その声には妙な落ち着きがあった。

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