第134話
嫁取り祭り。その起源は昔々とおとぎ話として語られるほど過去に遡る。
まだ人と魔物が共存していた時代、
しかし、国土は有限のもの。養える人数にも上限がある。長命でありながら多産の彼らの国は瞬く間にその上限を超えてしまった。上限をこえればどうなるか。食料が行き渡らず飢えに苦しむものが現れ、その不満は暴動という内乱へ変わるのにそれほど時間はかからなかった。
仲睦まじかった蛇男と蛇女はそれ故に争わなくてはならなくなった。
当時の王と王妃は惨状に悲しみ闇の男神に助けを請い、愛しい子達に頼まれた男神は一つの策を彼らに授けた。
増えすぎてしまったのなら、増え過ぎぬよう互いを分ければ良い。
これには互いを愛し合っていた蛇男と蛇女は難色を示したが、種の存続には変えられず、泣く泣くこの提案を受け入れた。
こうして蛇男と蛇女は国を分かつこととなり、食糧難と内乱は去ったが、今度は次代が生まれぬという問題が起きた。この問題に両国は10年に一度婚姻適齢期の者同士が番となれる場を設け、それが嫁取り祭りと呼ばれるようになった。
女王から嫁取り祭りの起源を聞き、ずっと疑問に思っていたことがやっと解消された。だからこの国は
しかし、神の介入があって現在も存続しているが、仲が良すぎて国の存続が危ぶまれるというのも難儀なものだ。
下位の魔物が多産で、上位の魔物ほど少産なのも幼児の死亡率が極めて低いからなのだろう。幼児の生存率が高く長命であるとこのような破綻も起きるのだな。
生まれる命が多すぎて起きた悲劇。多くの命が失われて生まれる
嫁取り祭りとは字のごとく、嫁を娶るもの。参加資格は婚礼適齢期の男女に与えられるが、誰もが好きな相手と無条件で結ばれるわけではない。
参加出来る男性の数も死亡率と出生率によって変わり、今年の参加者は10000名程度と言われている。
強き男にこそ尊き女を娶る資格がある、と蛇男には掟がある。
その為、蛇男達は日頃から鍛錬を行い、女性達は男性に選ばれるよう祭の間、最大限自己の魅力をアピールする。
男性達は女性を娶るために祭りの期間に行われる武術トーナメントでその武を示さなければならなかった。
トーナメントで優秀な成績を出したものから
求婚された女性は基本求婚を断らない。自身を求めるために戦い抜いた男性に対する報奨が自身だということを女性たちは理解しているのだ。
また、前回の祭りの夫とは違う魔物でも彼女たちは気にしない。
元々彼女らには一生同じ番と添い遂げるという意識がない。多くの男性に選ばれることこそが誉であり、一人の魔物と添い遂げたいというラミナのような思想は少数派だったりする。
現在、蛇女の女王、アルバニクスの夫である蛇男の王、アートルムは女王の夫で居続けるため無敗を維持している。アートルムがとても女王を愛しているのかはアートルム王について話す、幸せそうな女王の顔からも伺えた。
「そういう訳だから、アステル君も頑張ってね」
「お義兄さん、ファイト!」
話し終えた女王とラミエさんは私に声援を送り「話し込んじゃったわね、お休みなさい」とあくび混じりに笑顔で手を振り二人は部屋を後にした。
私もラミナの夫であると認めてもらうためにトーナメントに出場し、優秀な成績を出さなければ。
何より王以外に負けることは許されない。私以外の誰かがラミナに求婚するかもしれない。それだけは絶対に阻止しないと。
ふと、窓の外を見れば東の空が白み始めていた。
『もうすぐ朝になるけど、ラミナは少し休んでなよ』
抱き寄せ額に軽く口元を当てるとラミナは嬉しそうに目を細め「そうする」と応え、ベットに横たわり一瞬で眠りに着いた。
心地よさそうなラミナと子供達の寝息を背に私は訓練所へ向かった。
早朝の訓練所では王宮の蛇女の騎士達が既に稽古を始めている。
嫁を娶るために来る蛇男たちを歓迎するため、意中の男性を応援するためと国を挙げての歓迎ムードのせいか訓練所にいる女性騎士達は何処か浮かれているように見えた。
そんな彼女達から離れて稽古をする見慣れた茶色い髪の青年が一人、無心に槍を振っている。
槍の軌道は演武を舞っているかのように優美で力強く見るものを惹き付け、遠巻きに彼の姿を見つめる女性達の視線には熱いものが込められていた。
『組み手お願いできますか?』
私の頼みにノティヴァンは一旦、槍を収め快く「勿論良いさ」と笑顔で応えてくれた。
稽古とは言え、私とノティヴァンは互いに殺気すらこもった剣を交えている。
撃ち合うこと2時間ほど。互いに後ろに飛び、間合いを取った所でノティヴァンの首筋から大粒の汗が地面に滴り落ちる。
それが合図となって、どちらともなく刃を降ろした。
『訓練に付き合ってくれてありがとうございます』
互いに武器を収め、近くの木にかけてあったタオルで汗を拭うノティヴァンに感謝の言葉を述べると
「君のためだけじゃないさ。俺も求婚したい相手がいるからトーナメントに出場するんだ」
驚きで思わず私の金色の瞳が瞬く。
『勿論……フィーネにですよね?』
恐る恐る聞き返す。これで違うとかないことを祈りたい。
「あぁ……。アステルと出会ってからは君が俺の背中を守ってくれている。でも、それまではずっと、フィーネが頑張って俺の背中を守ってくれた。今も隣で俺を支えてくれてる。
やっぱり、俺は帰りを待っている人じゃなくて隣で寄り添ってくれる人が良いんだ。
一緒に寄り添って着てくれた彼女にちゃんと俺の気持ちを伝えておこうと思ってな」
気恥ずかしいのかタオルで顔を覆うノティヴァン。
『お互い想い人のために全力を尽くしましょう』
互いを鼓舞し、木の根元に置いてあった冷水で満たされた水筒を手渡すとノティヴァンは「ありがとう」と受け取り一気に飲み干した。
「よし、訓練再開だ」
『はい』と応え互いに槍と双剣を構え、ダンと地を蹴る次の瞬間には互いの刃はギンと甲高い音を響かせる。
一歩間違えれば死が訪れるような壮絶な打ち合い。和やかだった訓練所から笑い声が消え、シンと静まり返る中、聞こえるのはノティヴァンの浅い息遣いだけ。
皆が固唾を飲んで見守る訓練はトーナメント前日まで続けられた。
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