第118話

『ここは王宮の中庭?』


【そうみたいだね】


 私の疑問にすかさずメテオールが答える。それにしても城内の雰囲気からなにやら慌ただしいものを感じる。


「何が起きてるんだ?」


 眉間にしわを寄せながらノティヴァンは呟くと、脇を険しい表情で走り抜けようとする兵士の肩を軽く掴む。突如、肩を掴まれた兵士は力任せに振り払おうとしたが出来ず、振り返り驚愕の表情を浮かべた。


「ゆ、勇者様!どうしてこちらに?いつお戻りになられたのですか?」


「俺のことはいい。それより何が起きている」


 尋ねるノティヴァンの声は普段の人懐っこさは鳴りを潜め、上に立つ司令官のような厳しさがあった。それにつられてか兵士の姿勢がびっしと正される。


「はっ!現在この王宮に魔物が侵入したとのことで兵士総出で探索を行っている所であります」


「魔物の種類は?」


蛇人ラミアが侵入したという知らせが入っております」


「蛇人だって!?」


 まさかラミナが捕えられた?抑えきれない不安が胸の内に広がる。


「分かった。ありがとう」


 短く礼を返すとノティヴァンは掴んでいた兵士の肩を離す。解放された兵士は「失礼します」と軽く一礼すると駆け足でその場を去っていった。暫く兵士の背中を見送っていたノティヴァンの視線が私達の方に戻る。


「まずは、部屋に戻ろう。動くのはそれからだ」


 彼の言葉に私とソアレはただ、頷くしか出来なかった。



 フィーネの休んでいる部屋のドアノブにノティヴァンが手をかけると抵抗もなくノブは回り扉が開く。扉が開いた瞬間、夕食に出されたであろうカレーのスパイシーな香りが漂ってきた。

 二脚のソファーとその間に挟まれたローテーブルの上にはここにいた人数よりも多い空いた皿が積み重ねられ、右側のソファーには口の周りをカレーまみれにしているキキと顔色の良くなったフィーネがソファーにもたれかかりながら気持ち良さそうに寝息を立てている。


「お姉ちゃんとフィーネさんは無事みたいだね」


 キキの無事に少しだけ安堵してはいるもののソアレの声は固い。不安げなソアレについてきた駆鳥が大丈夫と励ますように頭をこすりつけた。


 ラミナだけがいない。彼女はいったいどこに。ただ、無事でいて欲しい。その気持ちだけで胸の中が一杯だった。不安で押しつぶされそうになる。それでも止まっているわけにはいかない。


 私とラミナは常に導きの鈴を身に着けている。私は首にかけている鈴を手に持ちラミナを想うと鈴は北の方角に向かって澄んだ音色を奏でた。


【北と言うと主塔ベルクフリートがあるね】


 主塔には牢がある。ラミナはそこに捕らえられているのかもしれない。一刻も早く救出に向かわないと。


『ノティヴァン、子供たちを頼みます』


「任された」


 ノティヴァンは大きく頷くと私の頼みを快く引き受けてくれた。


「父さんも気を付けてね」


 私の身を案じるソアレの言葉を背に私は主塔に向かって駆けだしていた。



 王宮の庭園を超えた先に白い石材で組み上げられた主塔ベルクフリートが聳え立つ。主塔の主な役割は王宮内の監視。遠くまで見渡せるようにと作られたこの建造物の高さは高く、優に30マクリス、おおよそ人が住む建物で言えば10階ほどの高さがあった。

 見上げた天辺には監視のための明かりが灯され、ちらちらと人影が躍る。彼らの視線はまだ、私には向いていない。忍び込むなら今のうちだ。

 通常なら入口のあるはずの正面には入口らしきものは存在しなかった。回り込んだ裏側にも扉はなく、丁度ドアノブの高さのあたりに手の平ほどの大きさの石板がはめ込まれている。

 入口はどこに?入口がないなら作れば良い。今の私の強度ならこの石壁くらいぶち抜くことも可能だ。拳に力をこめ、振り抜こうとするのを止めたのはメテオールだった。


【ちょっと待った!ぶち抜いたりしたら、忍び込んだ意味が無くなるだろう。それに僕がいるから壊す必要はないよ】


 メテオールの声にはっとし、壁を打ち抜く寸前で拳を収められた。早くラミナを助けたいあまり私の思考は短絡的になっていた。


『すまない……。少し焦りすぎた』


【彼女が心配なのは僕にもわかるよ。ここは僕に任せてくれないか】


 そう言うとメテオールは私の手の平を石板に押し当てると、石板に触れた所が淡く輝く。すると切れ目のなかった石壁に切れ目が入り、ズズズと石を引きずる音をたて切り取られた岩壁は横に移動し、塔内部への入口が現れた。


 踏み入れた塔の内部は明かりもなく暗闇に包まれていたが、私の目は上階と地下へと続く階段をしっかりと映していた。


 ラミナが捕えられているのは上階か地下か。ラミナを想い手にした鈴をかざすと鈴は地下に向かう階段の方で涼やかな音を奏でる。


 薄暗くじっとりとした地下へと続く階段を燭台の上に無造作に置かれた小さな魔石がおぼろげなの明かりを放ち、頼りなく足元を照らす。そんな足元のおぼつかない階段を飛び降りる様に駆け下りた先には鈍色の金属製の強固な扉が立ちふさがっていた。何が立ちふさがろうと構わない。駆け降りた勢いそのままに鈍色の扉に飛び蹴りをかます。

 バキンと扉を支える蝶番が音たて吹き飛び、砕けなかった扉は横に折れ曲がり地下室の宙を舞った。飛んできた扉に驚いた中の人々の悲鳴のようなものが聞こえたような気がしたが気のせいだろう。

 踏み込んだ地下室はきちんとした照明器具があるようで部屋の隅々が見渡せる。地下室の正面の壁には人の姿で壁から延びる鎖に両手を吊るされた愛しい女性ひとの姿。


『ラミナ!!』


 叫んでいるのは私?叫んだ意識もないまま駆け寄りざまに剣を抜き、彼女の両手を拘束する鎖を断ち切る。支えを失ったラミナの身体はゆっくりと私の胸にしなだれかかってきた。ラミナを受け止め、彼女の背中に回した手から伝わるのは少しだけ低い体温と規則正しく刻まれる心臓の鼓動。

 あぁ、無事だったんだ。一安心していると薄く開かれたラミナの口から彼女らしい言葉が零れた。


「……あの……お替り貰えますか?…………すごく美味しくて」


 まったく、ラミナらしい。ラミナの無事な姿に今まで張りつめていた緊張の糸が切れた。とたん、ラミナを抱きしめたまま私は膝から力が抜けてその場に座り込んでいた。

 こんな状況でも起きず、幸せそうに眠るラミナの寝顔を見つめているとゾクリと背筋に冷たいものが走る。

 恐る恐る顔を上げると槍を構え私達を囲う兵士と厳しい眼差しで私を見下ろす火の国の国王の姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る