第113話

日も落ち訪れる人もいない火の神殿の周りは虫の音もなくしんと静まり返っていた。

 白い石材で造られた厚い壁のような 塔門の正面には火の神の似姿や逸話が描かれているようだ。ただ、そのほとんどが風化し色褪せ、いたる所が欠けている。それでも、作られた当初はさぞ、絢爛豪華だったとうかがわせるだけのものがあった。

 塔門には扉はなく入口は開け放たれ、誰もが参拝に訪れるのを快く迎えているようだった。


「少し寂しいけどここで待ってて」


 ソアレは駆鳥から降りるとそっとその純白のふわふわの頭を撫でてやる。駆鳥は寂しそうな視線を送りながらも大人しくその場で足を折り、胴に頭を埋め丸くなった。


「すぐ戻るからな」


 ノティヴァンが声をかけても拗ねてしまった駆鳥は顔を埋めたまま顔をださない。


「はは、じゃあ行くか」


 まいったなぁと苦笑いを浮べながら先頭を歩くノティヴァンの後にソアレ、私と続き塔門をくぐるとその先には巨大な柱の連なった大列柱室が続いていた。見上げるほど高い柱の一つ一つに火の国の文字が刻まれている。それなりに文字の勉強はしてきたが、さすがにこれは読めなかった。長年お世話になった翻訳の方眼鏡モノクルをポーチから取り出そうとすると頭にメテオールの声が響いた。


【ここに書かれているのは火の神への感謝と祈りだよ】


 なるほど。火の国の人々は火の神をとても敬愛してたんだな。火の国の人々の信仰心に感心しているとメテオールが寂しげな声で


【昔はね……】


 と呟いた。確かに、現状の寂れようを見ると今はこの神殿が建てられた当時ほどは人々の信仰はないようだ。時の流れで信仰も徐々に薄まっていったのだろうか。そう考えると緻密なレリーフの刻まれた壮麗な大柱群からももの悲しさが漂っているように見えた。

 

 大列柱室を進むと至聖所しせいじょへと続く巨大な両開きの扉が私達の前に立ちはだかる。ざっと、目測でも成人男性の3倍ほどの高さのある炎を模った彫刻が施された巨大な赤い扉は神官が数人がかりで開けていたのだろう。鍵はかかっていなかったが、軽くノブを片手で引いただけでは開く気配は無かった。


「一人じゃ大変だろ」


 私の反対側の扉のに視線を移せばノブにノテイヴァンが手をかけ私に笑いかけていた。


『助かります』


 微笑み礼を言いながら両手でノブを引くと重しを引きずるズズズという音をたてながら扉は開き始めた。




 大人一人分通れるほど開いた扉の先は人族の目では闇が広がっているばかりだったが、不死人である私には城の大広間ほどもある至聖所しせいじょの中心に建てられた巨大な火の神の神像がはっきりと見ることが出来た。

 神像の周りには縦長の火の国の紋章の描かれた箱型の帽子を被り首元には炎をかたどった装飾の首飾りをし、腕には火のように赤く輝く宝石をはめ込んだ腕輪している神官だろうか?

 同じようなような服装をした普通なら肌を晒している所を包帯で巻いた10数人ほどの人々が頂点に赤い宝珠を乗せた金属製の杖を片手に至聖所しせいじょの中を祈りの言葉を紡ぎながら歩いている。

 おそらく、彼らも不死人だろう。私と似た気配を感じる。


「暗くてよく見えないな」


 勇者であっても人族であるノティヴァンは扉の先をのぞき込んでも闇しか見えず、腕を伸ばしカンテラで先を灯そうとすると真っ暗だった至聖所しせいじょの壁に設置されている無数の燭台にポッポッポと一人でに明かりがともされ至聖所内と火の神の神像を照らす。


「お、これなら進みやすいな」


 カンテラをしまうと警戒することなく至聖所に足を踏み入れるノティヴァンに私達親子も続く。なにか危険があるのならメテオールが忠告なりしてくれるだろう。彼が何も言わないのなら危険はないということだ。

 私達が至聖所に踏み入れたのを確認したかのように背後の扉が一人でに閉まると前方の神像の方からの神官より装飾の数が多い、おそらく司祭とおもわれる人物が私達の方に歩み寄ってくる。


『このような寂れた神殿に何用でしょうか?』


 少し離れた所で歩みを止めた司祭が擦れてはいるが穏やかな声で尋ねてくる。


「火の宝珠を授かるため試練を受けに参りました」


 普段聞くことの少ないノティヴァンの畏まった口調での返答に司祭はほうと感嘆の声を上げた。


『貴方は勇者様でしたか。こうしてお目にかかるのは300年ぶりですな』


 思い出深そうに語る司祭だったが、困りごとでもあるのか顎に手を当てふむと唸った。


『困りましたな。火の国は武の国。王家のものは代々勇者様と共に魔王の元に行く戦士。試練を受けるには火の国の王族が勇者様と共に受けねばならぬのです。見た所、一緒にいらっしゃる剣士殿は風の国の方とおみうけする』


 司祭は私と私の背負う双剣の鞘と紋章を見て言う。ここにいるのは風の国の勇者と元風の国の人間だったものと水の国育ちの魔国の王子。火の国の王族などいない。ここまで来て試練を受けられないというのか。


「まいったなぁ」


 後ろ頭を掻きながら僅かに眉根を寄せるノティヴァン。そんな彼にメテオールの声が私の口から話しかける。


『心配には及びませんよ勇者殿。試練には私が同行いたします』


 メテオールの言葉に司祭はおぉと驚きの声を上げる。


『先ほどは剣士殿の輝きで見えませんでしたが、この赤き輝きははまさしく火の国の王族の魂の輝き。それならば試練の間へとご案内できます。付いてきてくだされ』


 そう言うと司祭は神像に向かって歩き出した。



 神像の足元にたどり着くと遠目から見ても巨大だった神像は見上げるほどの高さがあり、その台座も高く成人男性と同程度の高さがあった。司祭は台座の裏に回ると『こちらですよ』と私達に向かって手招きをする。

 司祭の横に並び立つと眼前には台座より一回り程小さいノブのない扉があった。小声で司祭が祈りの言葉を唱えると私の中で何かが灯る様な感覚と共にすっと扉は消え地下へと続く階段が現れた。


『ご武運をお祈り申し上げております』


 杖を掲げる司祭に私達は感謝を述べると自然に私の身体は我先にと階段を降り始めていた。慌ててソアレとノティヴァンがその後を追う。不思議なことに階段に私の足がつくごとに何もない壁に火がともり辺りを照らす。これなら私の後を追うソアレとノティヴァンが足を踏み外すことはなさそうだ。


 階段を降りきった先には物々しい装飾のされた扉があった。この扉にもノブはなく私の手が触れると扉は跡形もなく消え去り試練の間がその先に広がっていた。

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