第93話

眼前に広がる光景には見覚えがあった。数刻前に走り抜けた地の国の王都の街並み。ただし、そこには大きな違いがあった。

立ち並ぶ建造物の壁は白く輝き、通路に敷かれた石畳は綺麗に舗装され、多くの人が行き交い町は活気に溢れている。

雑踏に紛れながら私の前を歩く頭から鼠色のマントをすっぽりと被った二人の巨漢のうちの一人が私に向かって声をかけた。


『ようやくたどり着きましたな』


この声には聞き覚えがある。将軍魔鎧ジェネラルアーマーの確か、ヒネーテという名だったはず。


『そうだな、皆には苦労を掛けた』


応えた声は私の声ではなく、聞いたことのない青年の声。


『勿体無きお言葉。さ、早く城に戻り王に報告するとしましょう』


もう一人のマントの巨漢、この声は老騎士のものだ。老騎士が促すと景色はいつの間にか王城の玉座の間へと変わっていた。


玉座の間には王と王妃が玉座に座りその横には近衛騎士が数名控え、その後ろには小さな冠を被ったまだ幼さの残る紺色の髪の少女が嬉しそうに瞳を輝かせながらこちらを伺っている。嬉しそうな少女の隣に立つ20代前半くらいの青年は真反対の表情でにこちらを睨みつけている。


『帰還が遅れ申し訳ありませんでした』


王の前に跪き言葉を発する私の後ろには二人の将軍魔鎧ジェネラルアーマーと5人の騎士も跪き控えている。


青年の声に王達は答えない。代わりに、嬉しそうに「お兄様」と声を張り上げながら少女は私の方に駆け寄りぎゅっと首に抱き着いた。


「私、絶対お兄様は帰ってくるって信じていましたわ」


見ると少女の目じりには小さな水玉が浮かんでいる。


『心配をかけたなアイナ』


そっと幼い少女、アイナの目元を拭い、掛ける青年の声はどこまでも優し気なものだった。

アイナと青年の暖かな雰囲気に水を差したのは王の厳しい声。


『何故戻ってきた』


『魔王討伐隊は全滅したと』


続く王妃の声は驚愕に震え、睨みつけていた青年の言葉は冷たいものだった


『英雄として死んでくれていたらいいものを。魔物に成り下がってまでこの国の王位を狙うか』


慌ててアイナを抱く青年は否定する。


『違う。私は王位など狙ってない。ただ、私達の死に意味があったのか、皆が不幸になっていないか知りたかっただけなのです。それが分かればすぐにこの国を出ます』


切実な青年の想いは王達には届かなかった。


『魔物が場内に侵入した。近衛兵はこれを討て』


王からの討伐命令に近衛騎士達は青年たちを囲む。


『父上、兄上、私達は争うつもりはありません』


跪き武器を抜くそぶりも見せない青年たちに兄王子は「そこな亡者どもを滅せよ」と命じると近衛騎士たちは剣を抜き切りかかり、術士達は杖を掲げ光の女神に祈りを捧げ始めた。

騎士たちの剣が青年たちの鎧を切り裂き、女神の祝福がその身を炙る。


「お父様、大兄様、どうして小兄様を傷つけるのですか?」


涙ながらのアイナの問いに王は歪に口元を歪めた。


「お前たちはもとより不要だったのだよ。民すらお前を必要とはしていな」


王国の民の幸せを願っていた青年にこの言葉は心を砕くに等しかった。


『誰も私を必要としていなかった…。ならば何故、私は死ななければならなかった?』


ゆらりと幽鬼のごとく立ち上がった青年の身からは黒い靄が立ち上がる。黒い靄は青年だけではなくその後ろに控えていた騎士たちからも立ち上がっていた。

徐々に玉座の間が靄に満たされていくと靄を吸った騎士や術師達が苦しみだし、青年の傍らにいたアイナもそれは例外ではなかった。


「お兄様、何だか苦しい」


胸を押さえ苦しむアイナの姿に青年が正気に戻る。


『アイナしっかりしろ』


慌てて青年はアイナを抱き上げると一番近い窓をぶち破り外に飛び降りた。降りた先は城の中庭。そこには一人のメイドが花に水をやっていた。


『頼む、アイナを連れてこの国から逃げてくれ』


突然、少女を手渡され逃げろと言われたメイドは驚きで目を丸くする。しかし、それも数秒のこと。メイドは口元をキュッと引き締める。


「畏まりました。この身に変えても姫様はお守りします」


と一礼すると駆け出し、その姿はあっという間に青年の前から消え失せた。


『それで良い。……もう、抑えが効かないようだ』


安堵の息を吐いた後青年は疲れた声を出し空を仰ぐとその身から止めどなく黒い靄があふれ出し、靄は瞬く間に城を覆い、そして町も覆った。

こうして地の国の王都は一夜にして滅んだ。

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