第81話

重苦しい雰囲気の話も終わるとラミナと獣王は久方ぶりの再会に話に花を咲かせる。その横ではうつらうつらと舟をこいでいるキキと必死に瞼が落ちてくるのを耐えるソアレの姿があった。


『獣王、お話の最中失礼します。私はこれにて失礼させていただきたく思います』


私の言葉に王はソアレとキキの姿に気付くと鷹揚に頷く。


「退室を許可する。この者たちを部屋に案内せよ」


『感謝いたします』


王に向かって一礼すると私は子供達を抱き上げる。気付けば音もなく白猫の獣人のメイドが現れ、王に深々と一礼すると猫メイドは私達を客室に案内した。


「こちらをご利用ください。今晩はゆっくりお休みくださいませ」


案内が終わると白猫メイドは一礼し、また音もなく姿を消した。


部屋に着くころには二人は既に寝息を立て、寝巻きに着替えさせ静かにベットに寝かせてもスヤスヤと気持ち良さそうに眠り起きる気配がない。よっぽど慣れない船旅で疲れていたのだろう。

そっと2人の頭を撫で、窓の外を伺えば、まだ火が灯る修練場の光景が目に入った。まだ、私が寝るには時間が早い。修練場の端でも借りて稽古でもするか。


修練場につくと主に肉食獣の獣人達が技を鍛え合い、互いの木製の武器がかち合うコーンカーンと言う音があたりに響き渡る。

真剣に稽古に打ち込む相手に声はかけ辛い。

周りを見渡すと入り口付近に丁度良い感じに一息入れているころっと丸い顔に丸みががかった三角の耳、目元は黒く縁取りされた狸の獣人の兵士姿があった。


『すいません、空いているところをお借りしたいのですが』


私が声をかけると狸人の兵士はびっくと飛び上がり慌ててこちらを振り返ると震える声で「人形?」と呟いた後安堵の息を吐いた。


「何だ、人族じゃないか。びっくりさせないでくれよ」


人族?私はリビングアーマー種なのだが…。そういえば、王以外ここで出会った獣人達は私のことを人族として接していた。これも属性のせいなのだろうか?


「人族?」


狸人の言葉に誰かが反応し呟くと修練上にいた兵士達の手が止まり一斉にその視線が私に向けられた。


「人族が獣王騎士団の修練場に何用だ」


修練上の奥から真っ白な毛並みに覆われ胸には青い三日月模様を持った三日月熊ルネウサスの獣人が此方に歩み寄ってきた。

三日月熊ルネウサス、熊獣人の中でも特に魔力が高いものは生まれつき胸に三日月模様を持って生まれてくる。他にも星型の模様を持つ星狼ステラルプス、満月模様の月狐メンセフォクス、半月模様の半月狸デミデゥムリィ、そして太陽の模様をもつ太陽獅子ソルレオなどが存在している。獅子王は勿論太陽獅子ソルレオで純白のその身の右肩には燃え盛る炎のように鮮やかな橙色の太陽の模様があった。


私の前に立った白い熊人を私は思わず見上げた。白熊人は優に私の頭二つ半程の高さとほぼ倍近い横幅がある。

私も背が高い方だかここまで大きい人型の生物に出会ったのは初めてだ。ここまでくると壁だなぁ。と、そんなことを考えながら白熊人に尋ねられていたことを思い出した。


『あ、すいません。修練場の端で良いのでお借りしたいと思って』


「ふむ。それなら俺と手合わせしてみないか?」


白熊人はその獰猛な口元をにやりと歪める。あちらは挑発のつもりのようだが、これは翁以外と戦えるまたとない機会、私にとっては嬉しい展開だ。


『良いんですか?喜んで!』


私が喜色に溢れた声をだすとすごんで見せていた白熊人の方が逆に驚いたようで「お、おう」と私の勢いに押され若干腰が引けていた。


「手合わせはこれで行う」


白熊人が私に手渡したのは一見なんの変哲もない練習用の木剣。手渡され持った瞬間思わず驚きの声が口から零れた。

何だこの木剣重い。見た目は普通の木剣なのに重さがほぼ鋼鉄製の剣と変わらない。そんな私の姿を見て白熊人は獰猛な口元を楽しそうに釣り上げる。


「驚いたか。こいつはこの国特産の鉄木シダロデンテロという鉄と同じ比重を持つ木で作られている。固さもなかなか良いんで訓練用の木製武器に重宝されているんだ」


言いながら白熊人が背後から取り出したのは私の胸元まである巨大な木製の鉞。


「さあ、始めよう」


マクリス間を開け、私と白熊人は向き合う。双剣を構える私を前に白熊人は右手に鉞を持ち自然体で立っていた。白熊人は左手を持ち上げると手の甲を表に手招きする。掛かって来いということか。ならば遠慮なく行かせてもらう。

タンと地を蹴る音の一拍後には木剣と木の鉞がぶつかりコーンと甲高い音を奏でる。


「早いな」


白熊人は楽しげに小さく呟くと、木剣を受けた鉞を思い切り横なぎに振るう。ブウンと空気が裂ける音と共に突風が吹き私の身体を数マクリスほど後方に押し飛ばす。

相手は私が地に足が着くのを待ってはくれない。

白熊人は駆け寄り鉞を頭上高く掲げ振り下ろす。頭上から迫る鉞の斧刃を私は身体を捻ってすんでのところでかわす。背面で斧刃に打ち付けられた地面が割れ、飛礫が背中にあたり、コンコンと軽い音をたてる。受身を取り片膝をついた私の真横には深く地面にめり込んだ鉞があった。


重さは武器だ。重いものほど速度が乗ればそれだけ破壊力が生まれる。

私も重さがないわけではなないが、同体格の場合はどうしても重量負けしてしまう。それを補う為にひたすら翁に技と速さを叩き込まれた。


「かわしたか」


白熊人はにっと口元をゆがめ、鉞を担ぎなおした。


「まだ、序の口ですよ」


私も笑い返しながら少しずつ魔力を身体に巡らせていく。打ち合うごとに身体に魔力が巡り私の速度は上がっていった。

始めは余裕を見せていた白熊人も今は真剣な面持ちで私の動きを追っている。

黒い疾風となった私が白熊人の横を吹きぬける。

鈍い衝突音の後には右脇腹を押さえる白熊人の姿があった。鈍痛に顔を歪める白熊人に驚きはあったが、まだその闘志は消えていない。


「うおおおお」


雄叫びと共に白熊人が切りかかってくる。右からの袈裟切りをさければ切り替えし左からの横なぎが襲い掛かる。かわすことは出来るがなかなか此方の間合いに踏み込ませてくれない。踏み込む機会を伺いながら白熊人の連続攻撃をかわしていく。

機会は訪れた。

左からの逆袈裟切りからの打ち降ろし。真っ直ぐ落ちてくる斧刃を僅かに軸をずらし、そのまま踏み込む。地を蹴り飛び上がり上段から木剣を白熊人の頭目掛けて振り下ろす。一瞬、驚きに目を見開いた白熊人と目が合う。ゴンと鈍い音と共にどさりと白熊人は仰向けに倒れた。

その瞬間、がやがやと騒がしかった一体から音が消えた。たっぷり1レプト程静寂の後銀色の毛並みの狐の獣人が慌てた声を上げながら白熊人に駆け寄った。


「団長大丈夫ですか?」


え?あの白熊人、団長だったのか。通りで威厳はあるとは思った。私が事実に少しばかり驚いているとむくりと白熊人は起き上がり額に手を当て顔を顰めた。


「やるな、人族。いや人形リビングアーマー


「え?人形リビングアーマーがなんで?」「本当に人形リビングアーマーなのか?」ひそひそと周りの獣人達が声を潜めて呟きあう。

やはり、あの石つぶての反響音でばれてしまったか。

私がリビングアーマーと分かったら白熊人はどうするだろうか?


狐人に肩を借りて立ち上がった白熊人はじっと私を見据える。

少しばかりの不安を抱えながら私は白熊人の次の行動を伺った。


「ここにいるという事は王がお許しになったのだろう。訳は聞かん。ただ、ここにいるという事はお前は同族とやりあわねばならないということ忘れるな。…お前の技は見事だった」


そう言うと白熊人は私に背を向け吼えるように「今日の訓練はこれまで」と宣言すると修練場の出入り口へと向かって行った。

その後に続いて獣人達も修練場を後にしていく。


誰もいなくなり静かになった修練場にぽつんと1人私は取り残された。

獣人達と敵対するような事にならず、小さく私は安堵の息を吐いた。


人気のなくなった修練場で1人、私は日課の訓練を続けた。慣れ親しんだ双剣が空を切りザンと音立てる。静かな修練場に風きり音が響くのに混じってじゃりっと地面を削る音が混じる。


音の方に顔を向けると口元に笑みを浮べた勇者の姿があった。


「精が出るな」


『私は強くならないと、大切な人に危機が迫っているのに無力なのはもう嫌なんです。そのための努力なら惜しくないですよ』


苦笑気味に答える私の背を勇者はぽんと軽く叩く。


「そういうところホント偉いよ。俺も見習わないとなー」


言うと勇者は私の脇に座り空を見上げた。私も剣を収めて空を見上げる。爪の先ほどの薄い暁月のか細い光が私と勇者を照らす。

明日の夜は新月。月が姿を隠し、空から降り注ぐ光が最も失われる日。光の女神の力が最小になり、闇の男神の力が最大になる日。それは闇の魔力の恩恵を一番受ける不死者アンデッドの力が最も強まることを意味していた。

亡者アンデッドの軍勢は新月の夜に進軍し、夜明けと共に帰還していく。

亡者アンデッドは休息を必要としないが、それでも女神の力が強い昼や月が燦然と輝く夜は弱体化する。攻めるのなら弱体化しているときではなく、最大に能力を活かせる時に進軍するものだ。こんな攻防をこの砦は8年も続けてきていた。

この攻防も明日の夜、終焉を迎えようとしている。


『明日の夜ですね』


「そうだなー」


明日、私は始めて同族と戦うことになる。通常の攻撃では滅びることのない不死者アンデッドの唯一の弱点は身に埋まった核晶コア。これを砕けば消滅する。出来なければ魔力が尽きるまで再生を繰り返し襲い掛かってくるだろう。

確実に倒すには相手の核晶コアを砕かなければいけない。


不死者アンデッドは食べない、眠らない、成長しない、血を流さない。それは生命として活動を終えているから。それでも意思を持って活動しているのならそれは生きているのと何が違うのだろう。

私はまだ生きている人族を殺したことがない。思うことはあっても行動に移すことは出来なかった。その一線を越えてしまったら私の心はもう人でなくなってしまうのではないか、罪悪感の重さに心が押しつぶされてしまうかもしれないという恐怖が常に付きまとう。それと同じものが今、目の前にある。私と同じように意思を持った不死人アンデッドを私は斬れるのだろうか。


『私に斬れるだろうか…』


不意に零れた言葉に労わるような声色の勇者の声が重なる。


「無理しなくて良い。出来ないときは俺がやるさ」


視線を落すとサムズアップし、二カッと笑う勇者の顔があった。


「1人で行く覚悟はできてた。でも、一緒に来てくれるって言ってくれた時はホント嬉しかった。だから前は俺が切り開く、俺の背中は頼んだぞアステル」


突き出されたノティヴァンの拳に自身の拳を軽くあてる。


『了解しました。ノティヴァン』


「名前呼んでくれたな」


嬉しそうに立ち上がるノティヴァンの顔を見ているのが気恥ずかしくてつい私は視線を反らした。


『まあ、その…』


友人?仲間?相棒?どれが一番相応しいだろうか。私が言葉に迷っていると


「頼んだぜ、相棒。さーて、今日はもう休もうか」


声に振り返ると既にノテシヴァンの遠ざかる背中が見える。


『そうですね』と一息ついてから私もその後を追った。

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