第20話

「これはね、失せモノ探しの風見鶏って言ってね、使用者が強く念じたモノの元に案内してくれる魔道具なの。売り物にしてるのは普通これくらいなんだけど、これは試作品で探せる距離が長い分大きくなっちゃたのよ」


『説明ありがとう』


ラミナの片手には手乗りサイズの風見鶏がちょこんと乗っかり、寝室の作業机の上にいた鶏サイズの風見鶏は現在キッチンテーブルの上に鎮座していた。

使い方の説明を受け、わたしは鶏サイズの風見鶏を空間圧縮ポーチの中に収めた。


「後はこれね」


そう言ってラミナがわたしの首にかけたのは皮ひもに通した鈴だった。初めてレフコと出合った時にレフコが着けていた鈴だ。


『この鈴、レフコも着けてたね』


首にかけられた鈴を弄るとリーンと澄んだ綺麗な音がした。


「風見鶏は距離の制限があるけど、この鈴は1対になってて装着者同士が相手のほうを念じればどんな距離でも相手の元に導いてくれるの。だから、どんなに迷っても大丈夫だからね」


ぎゅっとわたしを抱きしめるラミナの左手首にはわたしと同じ鈴が細い銀色の鎖に通され着けられていた。


「だから、絶対無事に帰ってくるのよ」


『ラミナは心配性だなぁ』


「家族なんだから心配して当たり前でしょ」


『ありがとう』


わたしもラミナの背に腕を回し抱きしめているとラミナの足元にいたソアレも自分もとわたしに向かって両手を突き出していた。


『勿論、ソアレも大事な家族だよ』


ソアレを右手で抱き上げ、左手でラミナを抱きしめる。


『それじゃあ、行ってきます』


「いってらっしゃい」


抱いていたソアレをラミナに手渡すとわたしは生まれた地、魔鎧の森へ向かった。



事前に聞いたラミナの話によるとわたし達の住んでいるところは水の国の大森林の西の端あたりでわたしの生まれた魔鎧の森は大森林の中央当たりの一区画のことを指していた。

この区画だけが異常に濃い闇の魔力、瘴気に覆われ人はおろか通常の魔物ですら入ることが難しかった。

いや、入るだけなら誰でも出来た。ただ、入れば生き物は生きたまま闇の住人不死人になり無限の時間を森を彷徨うことになる。

特殊な聖なる加護でもあれば無事でいられるだろうが、そんな努力をしてまでこの森に足を踏み入れる人はいなかった。


家から1オーラ(時間)ほど東に進んだところで見覚えのある黒い水の流れる川にたどり着いた。

川向こうは薄紫色の濃い霧に包まれた目的地の魔鎧の森だ。


川を渡りきり森に踏み入った瞬間、目覚めた時と同じ無理やり熱く不味いスープを口に流し込まれた不快感と強烈な吐き気が襲ってきた。

あまりの気持ちの悪さに思わず、その場に両膝をついていた。

なんとかポーチから風見鶏を取り出しわたしの双剣を思い描くとくるくると風見鶏は回り、北の方向を向いてぴたりと止まった。

進まないと。

気持ちの悪さとは裏腹に魔力は大量に補充され、身体は軽くなり気合で立ち上がる。

立ちあがったものの足取りはふらつき、風見鶏を壊さないようにのろのろと風見鶏の差した双剣のある北を目指し歩くのが精一杯だった。


森に入ってから体感として30レプト(分)程歩いたところで木々の葉の擦れる音の中からかすかに人の声が聞こえた。

こんな所に人がいる?よく耳を澄ませば声は少女のようだった。

声は進路と外れていたが、聞こえてしまったものを無視出来ず、わたしは少女の声のする方へ歩みを向けた。


徐々に少女の声が大きくなり何を言ってるのか判別が出来るようになってきた。


「誰か!誰かおりませんか!?私の声が聞こえませんか!?」


少女の声の調子や内容から助けを求めているようだ。

早く行ってやりたい気持ちはあったが、気持ちの悪さにまともに歩けず木にしがみつきながらやっと少女の元にたどり着いたわたしは目の前の光景に一瞬、言葉が出なかった。


森の少しばかり開けたところに少女は確かにいた。

少女らしい愛らしくクリッと開かれた瞳は深い翠、淡いエメラルドグリーンの髪は緩く波打ちながら腰まで伸び、ふんわりとした白いワンピースを着た歳は成人したての15くらいの半透明の少女が浮いていた。

え?え?浮いてる?半透明?幽霊ってこと?

わたしが混乱して立ち尽くしていると、少女の方がわたしのことを見つけ、目を輝かせ声をかけてきた。


「ああ、良かった。私の声が届いたんですね。実は貴方にお願いがあります」


『お願い?』


幽霊に何をお願いされるのだろう?命をくれとか、乗り移らせてくれとかだったらどうしよう。内心冷や汗が流れる。


「私をマスターの所まで連れて行って欲しいのです」


少女のお願いは想像していたような恐ろしいものではなかった。


『マスター?』


「はい。マスターです」


『その人はどこにいるの?』


「この森のどこかにいるはずなんです。一緒に探してもらえませんか?」


上目遣いで少女は可愛らしくわたしに頼んでくるが、この森の中をあてもなく探したらどれだけ日数がかかるか分かったもんじゃない。少女には悪いがわたしも直ぐには返事が出来なかった。

ふと、左脇に抱えていた風見鶏のことを思い出した。

もし、少女が風見鶏を使えれば少女の頼みも聞いてやれるかもしれない。


『これが使えれば君の頼みを聞いてやれるかもしれない』


少女に歩み寄り風見鶏を少女の両手に渡すと、風見鶏はしっかりと少女の両手に収まった。


「どうやって使うんですか?」


『探しているモノ、君の場合はマスターを思い浮かべながら風見鶏に触れてみて』


「分かりました。やってみますね」


少女が目を閉じ風見鶏に触れるとクルクルと風見鶏は回りだし、東を指して止まった。


「此方の方向に向かえばマスターに会えるのですね?」


わたしに問う少女の声は喜びに溢れていた。


『風見鶏が反応したから1オーラ(時間)くらい歩けば会えるはずだよ』


「そんなに早く!ああ、待ち遠しいですわ」


風見鶏を胸に抱きしめ少女は白いワンピースを花のように咲かせ、クルクルと楽しげに踊っていた。ひとしきり少女が踊ったところでわたしは少女に声をかけた。


『それじゃあ、行こうか』


「あの、出来ればこれもお願いしたいのですが」


少女に手を差し伸べると上目遣いで少女がこちらを見ながら自身の足元を指差した。

少女の指した先には一本の槍があった。

白銀の穂はほのかに緑の光を放ち、黒い柄には銀で美しい蔦の模様が掘り込まれ、石突には翡翠色の石がはめ込まれた芸術品と言っても遜色のない豪華な槍が横たわっていた。


『この槍も?』


「はい。お願いします」


屈んで槍を掴んだ瞬間、今まで襲ってきていた吐き気ががすっと消えた。いまだに無理やり飲み物を流し込まれる感覚はあったが、吐き気がない分、いくらかましになった。

それにしても何故?

わたしが不思議そうに槍を握っていると小首をかしげて少女がこちらを見ていた。


「どうかしました?」


『いや、何でもない』


少女に話したところで疑問が解決するようには思えず、何でもないとごまかしてしまった。疑いの眼差して暫く少女はわたしを見ていたが、


「まあ、貴方がそう言うならそういうことにしておきましょう。さあ、行きますわよ」


言うが早いか少女は風見鶏を抱きしめながらふよふよと浮きながら東に進み始め、わたしもその後を追った。

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