天近き、沈黙の丘 - 2

 土に汚れながら最後の一踏ん張りで上がりきると――そこには、風が吹き抜ける石畳の道が伸びていた。

 アンナが上がり、メルを引き上げ、ハンナとレオンも上がってくると、全員その、道の先の光景に息を呑んでいた。

 石畳の道は緩やかにカーブを描きながら下り、その先に緑色の広場がある。広場の右手には大きな下り階段のように段々とした土地が下に伸び、それらを坂道が結んでいた。一部に植物が生えているのを見ると、元々は段々畑だったのだろうか。

 広場の先には石の建造物が並んでおり、そのほとんどは屋根がなく壁だけとなっている。その建物群が囲むように、一段と高い丘がある。その上には木が一本、緑葉を枝に満たして泰然と生え、さわさわと風に揺らいでいた。

 深呼吸をすれば、秋だと言うのに草の清々しい匂いが体を満たす。

「おとうさんとおかあさんは、ここでくらしていたんですか……?」

 メルの呟きに、答える人はいない。誰もそれはわからないからだ。

 代わりに別のことを、あたしはメルに聞く。

「早速だけど、あっち行ってみる?」

 あたしが指差したのは、建物の遺跡がある方向だ。

 メルは「はい」と頷き、率先して歩き出す。

 広場に入る石の門のようなものを潜り、草を踏みしめながら広場を抜ける。集落の細い路地から左右に建つ廃墟を眺めて歩くが、上から見た通り、壁や出入り口だけが辛うじて残っているところが多い。そこにはすでに、生活の跡と呼べるものはなにも見当たらない。

「思ったより広いのね。そこそこの人数が住んでたんじゃないの?」

「これ、全部確認するのか……」

「そこは、手分けするしかないでしょうね……」

 レオンの言葉にあたしは左右に広がる集落跡を見つめる。

 話し合いの結果、レオンとメル、アンナとハンナ、あたしは一人で三手に分かれて探してみることになった。

 メルはあれでしっかりしてるし、レオンと組ませておけば、レオンがメルを守れる。さらに、メルがレオンの方向音痴をカバーできるし、なかなかいい組み合わせだと思う。

 さて、あたしも何かないか探さないと、とあちらこちらと廃墟に入っては瓦礫をどかして探してみるが、そこにいるのは石か虫かというところで、手がかりは見つからない。そもそも十年も経ってちゃ泥棒も入り込んでいるだろうし、物は残っていないんじゃ……。

 探すのに飽きてきて、あたしは気分を入れ替えるようにため息を一つ。そして、外に向かって声をかけた。

「どこの誰だか知らないけど、いつまで監視してるつもり?」

 瞬間、壁の向こうで走り出す足音!

「逃すかっ!」

 あたしもすかさず廃墟を飛び出し、逃げる背中を捉える。薄汚れた上衣にズボンを履いた後ろ姿は思ったより小柄だが、それはあたしたちの誰でもない。

 三つ目くらいの建物を確認した辺りから、なんかずっと見られてる気配はあったが、試しに声をかけてみれば、これである。魔族のような気配ではないし、こんな場所に誰だろうか?

 角を曲がり直線を走り、あたしとそいつの距離は縮まっていく。あとちょっと――と伸ばした手は、見事そいつの服の襟首を掴んでいた。

「捕まえたっ!」

「あっくそ!」

 掴んだ襟首を引き寄せると、そいつは悪態をつきながら後ろにバランスを崩して尻餅をつく。黒髪ショートに声も高めだ。もしかして大人の男じゃなくて少年だろうか?

「ミナ、なにしてるんだ?」

 少年(仮)を抑えたまま、あたしは聞こえたレオンの声に首を巡らす。左の建物から、レオンとメルが不思議そうにあたしを見下ろしていた。

「なんか変な奴が」

「アルっ⁉︎」

 ――へ?

 突然のメルの発言。あたしが状況を飲み込めないでいるその間にも、メルが少年(仮)の前に膝をつき、そいつの顔を覗き込んでいる。

「やっぱり、アルだよね⁉︎ いきてたの⁉︎」

「――メル」

 そいつがメルの名前を口にすると、メルの顔が泣きそうな笑顔に変わっていく。そしてそのまま、アルと呼んだ少年に抱きついた。

 ええ〜っと、これは一体……。

「メルの知り合いか?」

 レオンも近づきながら確認すると、メルは「はい」と力強く肯定する。

「アルはわたしの、おさななじみなんです。ずっとどこにいるのか、いきてるのかもわからなくて……でも、よかった……!」

 メルは涙をこぼしながら喜んでいる。あたしとレオンは、その様子と彼女の話に思わず顔を見合わせていた。

「――そう、積もる話もあるでしょーし、一旦アンナたちとも合流しましょうか」

 反対意見もなく、あたしたちは二人が探索している辺りで彼女たちの姿を探す。その間にもレオンと情報共有をしたが、やはり向こうも何も見つけられなかったらしい。

「アンナさん、ハンナさん!」

 メルが先に見つけたのか、私たちの間をすり抜け、弾けた声で二人の元に走っていく。

「メルさん、どうかされたんですか?」

 メルの声がやけに弾んでいることに驚いたのか、アンナが目を丸くしてこちらに歩いてくる。ハンナもそれに続いて廃墟から出てきて――アルを見た瞬間に眉間にシワがよった。

「そいつ、誰」

「わたしのおさななじみの、アルです。先ほどひさしぶりにあえたんです」

 ハンナの質問に、メルは嬉しそうに彼を紹介する。

「てことは、そいつも天使セイラルト族?」

「あ、ええ。まあ、いちおうは……」

 メルの答えを聞いて黙り込むハンナ。

 あたしは空を見上げる。移動に時間がかかったのもあるが、空の端が赤くなり始めていた。

「今日はもう、休む支度をしない? なんか寒くなってきたし」

 あたしの提案に、アンナが「そうですね」と同意する。

「では、野宿できる場所を探しましょうか」

「そーね」

 やる気のない声でハンナが同意する。二人の言葉にあたしとレオンは異論がなかったが、メルだけがきょとんと不思議そうにしている。

「あの、きょうは」

「メル、お客様がいるからね」

 メルが魔女の結界のことを口にする前に、すかさず遮る。そしてそのままアルの方に話しかけた。

「あなた、ここに詳しい? とりあえず雨風しのげればいいんだけど、どこか知らないかしら?」

 アルはしばらくあたしを見ながら思案して、一言「ついてこい」と口にした。

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