レイソナルシティ - 2

「ゴブリン――森に住む悪戯いたずら妖精のことだな。群れで暮らして、旅人や近くの集落の家畜や家に悪さをしては、困らせる習性がある。よくホブ・ゴブリンと混同されるけど、ホブ・ゴブリンは善性が強いのに対して、ゴブリンは悪性が強いって違いがある。それにホブ・ゴブリンはゴブリンと違って、複数の性質の似通った妖精を指す総称みたいなもんなんだ。ゴブリンの知能は高くないし、対処法さえ知ってりゃ苦労もしない奴らだよ」

 レオンと合流して仕事の話を共有すると、頼んでもいないのに、彼はローストビーフをつつきながらゴブリンの解説をしてくれた。

 森の深緑を映したかのような緑色の癖っ毛に、暮れの空を切り取ったかのような紫の瞳。胸部鎧プレスト・プレート肩鎧ショルダー・ガードなどの防具を身に着け、机には剣を立てかけている。

 見ての通りの剣士なのだが、腕はとても立つというのに、なぜか極度の方向音痴というめんどくさい特徴を持っている。

 彼は、旅人初心者のあたしを勝手ながら心配して同行してくれているのである。こちらとしては迷惑なんだかありがたいんだか、というところだけれど、助かっているのは事実である。

 さて、依頼内容はいたってシンプル。この街の近くの集落にゴブリンが出て、村人たちが困ってるからゴブリンを退治して欲しい、ということだった。

「で、引き受けたのか?」

「金五十はおいしいから」

「まあ、それは否定しないが」

 あたしは、豆類のたくさん入ったスープを啜りつつ、仕事を引き受けたことを肯定した。

 あたしはまだゴブリンに遭遇したことがないのだが、レオンもいるしなんとかなるだろう、と二つ返事で引き受けてきてしまった。

 メルはレオンに相談せずに決めたことを不安がっていたが、彼が話を聞いても顔をしかめなかったからか、ホッとした顔でビーフシチューに口をつけている。

「ゴブリンは悪戯する相手がいるところに移動しながら生活する習性があるんだが、話聞いた感じ、その集落が気に入って長居してるんだろうなぁ」

 彼はローストビーフの一切れをばくりと口に入れ、咀嚼する。

「ふーん。『退治』って依頼だけど、要はあの場所から追い払えばいいのよね?」

「ああ。この集落に手を出したら痛い目見るぞって教えれば、他の場所に移動を始めるはずだ。でもこれ、金五十もする仕事か?」

「そうなのよねー」

 支部長の言う通り、一見簡単そうなのだが、その程度の仕事に金五十枚も出すかなー? という疑問があるのだ。

 裏があるのか、ないのか……。

「その支部長って人からは?」

「行けばわかるとしか。そんなわけだから、明日は朝からそっちに行こうと思うんだけど、いい?」

 あたしの確認に、レオンは「問題ない」と頷いた。

 あたしとレオンの話が一区切りついたのを見計らってか、メルが話題を変えた。

「前から思っていましたけれど、レオンさんはいきものに詳しいんですね。まえも街にいた鳥について教えてくれましたし」

「あ、それ、あたしも思ってた」

 メルの言葉にあたしも便乗する。彼に「あの生き物は何か」と一尋ねると、必ず十返ってくるのだ。気にならないという方がおかしい。

「別に、好きなだけだけど」

「好きって……いきものが、ですか?」

 メルの確認に、レオンはひとつ頷く。

「見てて面白いじゃないか」

 そうか? あたしは敵意があるかどうか、食料になるかならないかくらいにしか見たことないけど、好きな人にとっては「面白い」ものなのか。

「本でも読んで覚えたの? 図鑑とか」

「それもあるし、人に教えてもらったり、実際に見て観察したりして。

 今は、いつか砂漠蛇と戯れるのが夢なんだ。砂漠地方はまだ行ったことがないからな。あっちの方は変わったネコもいるって聞くし、他にその地方にしかいない珍しい生き物もいて……」

 延々とレオンの話が始まり、あたしはジト目で残りのおかずを平らげる。剣ができて生物にも詳しいとは、何を目指してるんだろう彼は……。

 そんなあたしとは正反対に、メルは目をキラキラとさせてレオンの話に耳を傾けている。たぶん、話の内容が彼女にとっては物珍しいのだろう。どのくらいの期間牢屋にいたのかはわからないが、あまり外界と接してはこれなかっただろうから。

 あたしはそんなことより、対ゴブリンの方法でも延々と話してくれるとか、珍味な動物の話とか聞かせてくれた方がよほど楽しーんだけど。

 こりゃあ、ゴブリンについては明日かなぁ……。

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