第80話 押入れの闇と忘れたいことと
”後でわかること”というのは世の中にたくさんあって、その日僕が経験した一連の出来事は、僕のそれまでの経験で何一つなんとかなるようなことではありませんでした
ジュリエットに部屋に呼込まれた僕は、映画やドラマでしか知らなかった、まさに”間男”のごとき様相で脱いだスニーカーを手に持ってこそこそと部屋に上り込みます
和室の随分と広い部屋に古い鏡台と窓側と奥に離れて敷かれた二組の蒲団、女の子が生活をしている雰囲気はまるで感じられなかったのが印象的でした
僕はその場所で朝まで過ごすことになります
その日起きたことは、おそらく一生墓まで持って帰らなければならない部類のことで、彼女が何を忘れたいのか、その一端を垣間見ただけで、僕は目を瞑り、耳を塞がなければならないようなことでした
そしてジュリエットが無断で姉のタンクトップを拝借してアルコールの力を借りて、或いは利用して外で大暴れをした理由は、すべてこの部屋の押し入れの中にあると分かった時の衝撃は、無力な自分を呪うことでしか収まりがつかない――おぞましい物でした
ジュリエットが姉と言い争い、僕は呆然とそれを眺め、そして姉は押入れの中の隠している”彼女にとって大切なもの”を愛でます
それが始まるとジュリエットは僕に救いを求めてきます
”忘れたいことがいっぱいあるの”
僕はジュリエットの姉が今僕の背後の押し入れてしているように、彼女を愛でることはできませんでした
それをしてしまっては、この部屋の闇に取り込まれてしまうようで怖かったし、かろうじて僕には”ささやかな経験”があったので、踏みとどまることができました
そう、僕には、彼女にかけてあげられる言葉は何もないし、彼女にとって必要なものは何も持っていない
せめてできることと言えば、着替える時に僕が壁になったように、彼女の視界から押入れを隠すことぐらいでした
やがて押入れの中の物は去り、代わりに僕が押入れに閉じ込められました
これは僕に課せられた罰だ
うかつに闇に手を出してしまった僕の過ちに対する、これは正当な罰なのだ
僕は明け方まで、姉の呪詛の言葉を聞きながら、一睡もすることなく、ただじっと時計を眺め、時計の刻む音だけに集中しました
やがて呪詛は聞こえなくなり、押入れに少し灯りが入り込んできます
夜が明けた
僕はそっと押入を開けて、ジュリエットが寝ている布団の横に座りました
その寝顔はとても愛らしく、どうしようもなく愛おしく思い暫く眺めていましたが、やがて彼女が目を覚ましました
「朝になったから、帰るね」
彼女は半身をおこし、僕に身を委ねて・・・
そのとき彼女はなんと言ったのか
”ごめんね”だったのか”ありがとう”だったのか、覚えていませんが、その両方の気持ちを僕は受け取りました
その後彼女とは、学校で見かけたときに挨拶をするくらいで、特に会話らしい会話をしたことはありませんでした
会話をせずとも、お互いの存在には意識と敬意と謝罪と感謝と、そして保つべき距離を認識していたように思います
その後彼女はどうしたのだろうか?
もし夢が叶っていたのなら、きっと素敵な表現者になっている事だろう
分不相応にお酒の力に触れると、思わぬ事態に巻き込まれかねないということを、このとき僕は、学んだのかもしれません
”お酒に見合うだけの男に、人物にならなければ、いい酒との付き合い方は出来ない”
では、また次回
虚実交えて問わず語り
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