第3話

 翌朝は乙茂内の悲鳴で目を覚ました。なんだなんだと出て来るのはキツネさんと百目鬼先輩と俺と。悲鳴のした倉庫に向かうと、箱一杯になっていたはずのインスタントやレトルトの食品が半分近くになっていた。乙茂内が恐怖からドカ食いしたわけではないだろう。外はひゅうひゅう風が強くなって、雨も降っているらしかった。

「全部じゃないところが救いかしらね。これで昨日哮太君が見た人影は、少なくとも人間で幽霊じゃない事が分かったけれど――」

「あの、あの、リビングに金庫があるんですっ。それを使いましょう、幸い冷蔵物もないですしっ」

「あら良いの? 大切なものが入ってるのじゃなくて、その金庫」

「でも飢え死にするより良いですっ! ああもう何でだろう、こんなつもりじゃなかったのに、適度に勉強していっぱい遊んで、そうして欲しかっただけなのにっ」

「美女ちゃん。誰もあなたを責めてはいないわ。だからあなたも自分を責めちゃ駄目。良い?」

 キツネさんに肩を掴まれてまっすぐに見られた乙茂内は、こくんっと頷いて目元を拭った。なんか違和感あるな、と思うと、乙茂内はすっぴんなのだ。アイプチも色付きリップも付けていない。髪はかろうじて梳かされているが、多分湿気でぐちゃぐちゃだったんだろう。そう言えば乙茂内の荷物にはヘアーアイロンが入っていた。しかし盆も過ぎたと言うのにまだ宿題が終わっていないのはまずいのではなかろうか、とりあえず箱を持ってリビングに向かい、乙茂内はちりちりとダイヤルを合わせて金庫を開く。中は良く見えなかったが、白黒の写真があるのは見えた。あと真四角に近い何か。そこに一つずつレトルト食品を入れて行く。俺は暫くカロリーメイトかな、思いながら今朝の分を各々に選び、またドアを閉めてダイヤルをずらしていく。とりあえずみんな大事を取って二階で寝て良かった、思いながらうんっとあくびをすると、呑気だねえ、と百目鬼先輩に笑われた。まあ危害を加えられない限りはこれで良いだろう。と思ったところで、


 キツネさんがパジャマ代わりのワンピースを脱いだ。


 鼻血が出るかと思ったが下は水着で、やっぱり白だった。それから玄関に向かいガチャガチャあちこちを開いていく。ああ、と目当ての物を見付けたらしいキツネさんは、透明な雨合羽を羽織ってぱたぱたとほこりを払った。

「ちょっと島を一回りして、無線か何かが使える場所を探してみるわ。その間の事は耳目ちゃんがお願いね。いざとなったら釘バット――はないんだったかしら。適当な棒に釘を打ち付けて武器でも作っておいて頂戴。間違っても私には振り下ろさないでね」

「そんな恐ろしいもん作りませんから早く行って早く帰って来て下さい。目に毒です、その姿」

 レインコートという付加価値が男の子の何かをこう男の子の男の子的なものをそそるのだ。ただでさえ眩しいキツネさんのスレンダーボディを薄く透けさせる透明レインコート。溜まらない。と、思っていると乙茂内からぎゅっと足を踏まれた。な、何ゆえに。見下ろすとプイッとされたがその指先が俺のランニングシャツの端っこを掴んで離さないのが見えた。これはこれで可愛いな、と思っているうちに、キツネさんは土砂降りの雨の中をゆっくり歩いていく。大人しいなと思っていた百目鬼先輩は、自分の荷物の中から小さなラジオを出していた。防災用の手回しラジオで、携帯端末の充電も出来る優れもの。しゃこしゃこ回して合わせるのは最寄りのラジオ局だ。

「……の温帯性低気圧は、明日まで続くでしょう……」

 二日はカンヅメか。乙茂内はさっきとは打って変わった様子で今にも泣きだしそうだった。だから。そう言う顔をするな。肩を抱こうとすると百目鬼先輩が一拍早くその肩を抱く。ニヤニヤされてちょっとバツが悪かったが、ここにキツネさんがいなくて良かったと思ってしまう自分は結構薄情だ。キツネさんとしては部長の責任として島探索に出かけ、女の子二人のボディガードとして俺は置いていったのだろうが、一番危ないのはキツネさんじゃないだろうか。携帯端末は圏外だし、元々キツネさんは携帯端末を持って来ていない。何が起こるのか解らない。そっちに俺も付いて行くべきだったんだろうか。思いながらはいと渡されたラジオを渡され、きこきこ回す。何の音もしないよりは安心できた。きこきこきこきこ。明日の天気は。雨の続く。不安定な空模様。きこきこ。きこきこ。


「とりあえず美女ちゃんの宿題から片付けてこっか」

「えっなんで百目鬼先輩私が宿題残しているのを知ってっ」

「ふっふーん三泊四日には大きなトート、しかも食事は段ボールで運び済み、となったら残りは勉強でしょうー?」

「百目鬼先輩だっておっきいじゃないですか、トート!」

「あはははははっ、まあ色々入ってるからね! もちろんあたしの宿題も入ってる! さあキツネさんが帰って来るまで楽しくお勉強としようじゃあないか! 美女ちゃんは哮太君に教えて貰えばいーよ、一番荷物少ないから大丈夫なんでしょ?」

「そりゃ夏休みも後半になったら片付いてるでしょう……おら、行くぞ乙茂内」

「ふにゃああ~」


 四人掛けダイニングテーブルを三人で囲む。

 その日、キツネさんは帰ってこなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る