第零部 第1話

 これはまだ乙茂内が正式に探偵部に入部しておらず、キツネさんと百目鬼先輩とで同好会申請すらままならない状況を憂いていた頃の話だ。俺、犬吠埼哮太にも知らない事件があった、四月八日のある日。

 学校中で噂になるほどの美少女だった乙茂内を一目でも見ようと集まって来る男子に、ぺこりと頭を下げてとてとて逃げるように速足になる昼休みは、授業時間よりも緊張するものだったという。


 取り敢えず人のいない場所を探そう、既に有名人だった乙茂内はその黒髪の天然パーマを揺らして、辿り着いたのは校舎の端にある地学準備室だった。ここなら誰も来ないだろう、ほっとしながら乙茂内は鍵が掛かっていることも考えて慎重にそのドアをスライドさせる。

 そこにいたのは、キツネとミイラだった。

 もとい、いなりずしを至福に食らうキツネさんと、コンビニスイーツで腹ごしらえをしている全身包帯の百目鬼先輩だった。

 いくら芸能界の吸い甘いをちょっとだけ覗いている乙茂内も、流石にそれは化け物に見えただろう。なまじ、二人とも顔は可愛いだけに。


「おや? お客さんかな、それとも入部希望者?」

「にゅ、入部?」

「その反応からすると逃げて来ただけみたいよ、噂のえぇと、乙女ちゃん?」

「お、乙茂内です。乙茂内美女です」

「おー、君が噂になりまくってる美少女モデルの乙茂内ちゃんかあ! しかしなんだってこんなところに? そこの地球儀とかソ連の時代で止まってるよ、地学部実際ないよ」

「いえ地学部に用はなくて」


 もじもじしながらもそっと後ろ手にドアを閉じた乙茂内はホッとして、改めて二人を見た。斑のない金に近い茶髪のストレートをワンレングスにしている、自分を『乙女ちゃん』と略した方はスカーフの色からして三年生。もう一人の両目に眼帯を付けて包帯だらけ――おそらく怪我ではないだろう――女子は二年生。そして自分は入って来たばかり、一年生だ。


「じゃあ、私達の部に用があるのかしら?」


 はーんむ、といなりずしを一つぺろりと食べて飲み込むのは、まるで妖怪の様だったという。


「あ、あの、先輩たちの部って」

「ふっふーん、学校の内外問わず謎を探し究明する、その名も『探偵部』さっ!」


 真っ青な髪を振りながら格好付ける百目鬼先輩に、反射的に乙茂内は叫んでいた。


「助けてください!」

「ほよ?」


 意外な答えに百目鬼先輩は首を傾げる。


「悪い人に、追われてるんです!」


 直球な、ありきたりな、深刻な、依頼だった。

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