時空加護の黒き剣と翻弄の勇者~グラスイースト編~

夕闇 夜桜

プロローグ

プロローグ


 とある世界のとある場所。

 そこには三人の女がいた。

 三人のうち二人はあちらこちらへと忙しそうに動き回っており、うち一人は寝ころびながら、目の前の水晶を見ていた。


「ちょっと、寝転がってないで手伝ってよ」

「無駄よ。言ってる暇があるなら、私たちが動いた方が早いわ」


 動き回っていた二人の言葉に、寝転がっていた女は思う。


(バカね。私がこうやって下界を見てるから、状況が分かっているっていうのに)


 水晶は様々な場面を映す。

 子供たちが遊ぶ所や若者たちの青春、先が短いと分かっていても元気に暮らす老人たち。


(でも、つまらないわ)


 女はそう思う。


(私たちの世界にイレギュラーを入れたらどうなるかしら?)


 ふと思いついた考えに、我ながら面白いと思いながら、水晶に映るのは、自分たちのいる世界とは別の世界。

 そして、そこに映っていたのは――……


「見ーつけた。彼にしましょう」


 女は誰にも気付かれずに、ニヤリと笑みを浮かべた。


   ☆★☆   


 時空管理局・戦闘機動課。


「ったく、どういうことだ! 今まで音沙汰無しだというのに」

「落ち着いてください。場所はグラスイースト世界。寄りによって彼女・・が不在な時に起こるなんて……」


 警報機の様な物がその場に鳴り響く。

 それを聞き、机に握り拳をぶつけて怒る男に、女が宥める。


「とりあえず、私は彼女に連絡だけはしておきます」


 女の言葉に頼む、と男は言うものの、どうしたもんか、と目の前の画面を睨む。


 グラスイースト世界。

 グラスワールドと呼ばれる東西南北と中央の五つからなる世界の一つであり、その東に位置するのが、グラスイースト世界である。

 グラスイースト世界にも神はおり、そのうち世界を仕切る女神の数は三人。

 この世界の担当者は北に位置するグラスノース世界へ召喚された異世界人であり、現在そちらでの仕事も兼ねて故郷とグラスノース世界、そして、この場所を行き来していた。


「課長、彼女と連絡取れたんですが、召喚魔法の使用許可が欲しいと言ってるんですが」

「はぁっ!?」


 課長と呼ばれた男は変な声を上げた。


「直接繋ぎますね」


 最初からそうすればいいのに、と思う反面、彼女は彼女でやることがあるのだろう。


「召喚魔法の使用許可ってどういうことだ?」


 繋げられた回線に、男は尋ねる。


『嫌な予感がするんです。グラスイースト世界はグラスノース世界同様、勇者と魔王が存在します。グラスノース世界とは違って、亜人差別があり、グラスイースト世界の住民たちの中には、獣人などの亜人たちを排除しようとする活動をする者たちがおり、実際に行われています』

「グラスイースト世界がそういう世界なのは、俺もよく知っている」

『では、そんな世界に、何も知らない――それも、異世界人たちが勇者として、喚ばれたらどうしますか?』

「……何?」

「……あ」


 怪訝する男に対し、話を聞いていたらしい女が何かに気付いたように声を上げる。


『何も知らなければ利用するのに都合がいい。しかも、グラスイースト世界の女神の一人が仕事を放棄気味だと、こちらへリークしてきましたから、すでにこちらの観察対象に入ってます。つまり――』


 グラスイースト世界の人間たちが勇者召喚しようとすれば、女神の一人がそれを利用しないはずがない。

 そして、こちらにとっても、問題が一度に二つも片付くことになる。まさに、一石二鳥だ。


『ただ、そのためには召喚された者の制止役が必要です。召喚された者は女神に利用されるでしょうから、制止役は女神に気付かれず、こちらから送り込んだと分からないように、勇者召喚と同じ方法でグラスイーストへ召喚する必要があります』

「それでも、グラスイースト世界を管理しているのは女神たちでしょ? 問題の女神の一人に見つかる確率の方が高いわよ?」

『ですから、私はその見つからない確率・・・・・・・・に賭けます』

「もし、失敗してその者が亡くなったらどうするつもりだ」


 男の問いに、担当者は黙り込む。

 もし、問題の女神に見つかれば、こちらから送った人物の命はないかもしれない。


『大丈夫ですよ』


 二人は目を見開いた。


『女神に妨害されるのは予想済みですが、超強力な防御壁を陣に仕込みますから』


 それに、と担当者は続ける。


『多分、喚ばれるのは私の関係者――』


 いや、弟子のはずですから。

 担当者はそう言った。


   ☆★☆   


 地球世界・日本のどこか。


かがみ


 呼び止められ、鏡と呼ばれた少年は振り返る。


飛鳥あすか


 飛鳥と呼ばれた少女はよ、と手を軽く挙げる。


鷹森たかもりたちと一緒じゃないのか」

「別にいいのよ。ゆい蒼緋そうひと一緒だから」


 そう言いながら、鏡の隣を飛鳥は歩く。

 二人の友人である鷹森たかもりゆい東雲しののめ蒼緋そうひは二人の姉たちと同様に幼馴染であり、飛鳥たちは結と蒼緋と小学校からの付き合いがある。

 鏡たちが結と蒼緋の姉――結理ゆうり朱波あけはの二人と最後に会ったのは、中学二年生の時だ(なお、結の兄である友愛ゆあと最後に会ったのは受験勉強時であり、分からない点を教えてもらっていた)。


「に、してもだ。テスト明けだし、どっか行くか?」

「あんたとデートするつもりはありません」


 ちょうど試験最終日で早く帰れるのも最後であり、そんな言い合いしながら、二人は通い慣れた道を歩いていく。

 だから、何もないというわけではないのに、


『慣れは怖いわよ』


 という数年前に聞かされた言葉を思い出した二人は悪くない。


(だからって……)


「こんなのありかああぁぁああ!!」

「っ、鏡!?」


 いきなり足下に現れた光る魔法陣に叫ぶ鏡に、飛鳥が手を伸ばすが――


「うっ、そ……」


 引っ張り上げるどころか一緒に足下の召喚陣に飲み込まれた。






「だから、そう簡単にはいかせないって」


 そんな二人の状況を、遙か遠くの世界から見ていた人物は笑みを浮かべながらそう言う。


 そして――


「やっぱり邪魔が入るか。予想通りね。でも――」


 女――いや、女神は笑みを浮かべる。


「目的のためには邪魔はさせないし、その程度で隠したなんて、ふざけないでほしいわ」


 女神は手を一振りする。


「ごめん、二人とも。でもお願い。この世界を――グラスイースト世界を、助けて」


 関係のない者たちを、被害者を、魔王を殺さないでくれ。


 遙か遠くの世界から見ていた人物は――グラスイースト世界の担当者はそう祈るしかなかった。


(今は無理だけど、必ず助けに行くから)


 だから、時が来るまでは待ってほしい。


 そして、彼女は目の前の問題を片付けるために、歩き出すのだった。


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