銀の涙

Swampman

第1話Prologue

 ――遥か遠い昔。

 人類が未いまだに自らの力によって生み出した技術で文明を築いていた時代。

 

 そんな時代において偶然かはたまた必然か、ある国の深き太古の地層から一つの遺跡が見つかった。


 太古の遺跡は今までに発見されてきた遺跡群とは違い、現代の科学技術を超越した技術と素材で構成されていた。まさに古代の超文明が残した遺産であった。


 その世紀の大発見とも言える出来事に現代人類たちは大いに熱狂し、新たな技術の進展に胸を躍らせた。


 そして遺跡から次々と出土する遺物はどれもオーバーテクノロジーの産物であり、そんな遺物の中でも人類が最も注目したものが《巨大な人型兵器》の存在であった。


 それらは瞬く間にニュースとなり世界を駆け巡った。やがてその存在が全人類に認知されるほどになると、いつしか《ドール》という俗称ぞくしょうで呼ばれるようになった。


 人類たちはこの未知の巨大兵器と遺物の数々を早急に調査するため、国家間規模での調査プロジェクトであるIIRPを設立する。

 そうして各国の優秀な研究者や考古学者たちにより、《ドール》は古代文明期に生み出された戦術兵器であると推察され結論付けられた。

 また詳細な調査結果から、《ドール》の保有する戦闘力・機動力は現人類の持つ多くの軍事兵器たちを過去のものにする性能であった。


 ――それは同時に各国のパワーバランスを崩壊させる発端ほったんでもあった。


 その忌々いまいましき発表により、当然各国は自国の立場や国家安全保障いては軍事力を強固にするため。こぞって《ドール》を自国の手中に収めようと画策する。 

 《ドール》という超兵器さえ手中に収めれば、例え小国であろうと保有台数によっては覇権はけん国家と成り得るからである。


 いち早くそのことを危惧した大国や先進国の国々は、歯止めをかけるべく国際機関の主導権を握る立場を利用し、規制に打って出ようとした。


 それは最初にドールが発掘された遺跡を巡り、今後発掘されるドールは参加国の国力に合わせ、公平に分配されるよう国際会議の場で提唱を行ったのだ。


 しかし、小国や発展途上国はそんな大国に有利になる条件を当然承認する訳もなく、議論は平行線を辿った。そんな膠着こうちゃくした議論がいつまでも続けられるものだと、人類の誰しもがそう思っていた。


 そんな折、突如として世界各地で原因不明の地殻変動が発生する。そして幸か不幸か、様々な国でドールが埋没する可能性がある遺跡群が発見され始めた。

 それによりドールは偏在性へんざいせいのある資源として各国に認識されることになる。


 そうなると国際会議の体はさなくなり、事実上ドールに対する国際和平条約会議は破綻した。


 自国の領土に現れた遺跡を直ちに発掘を開始する国から、他国の遺跡に侵攻する国が次々に出始めたからだ。

 そしてドールを巡めぐる隣国同士での争いは徐々に大陸間、世界大戦にまで勃発ぼっぱつするのにそう年月を要さなかった。

 人類は遺跡から発掘されるドールと古代文明の技術・知識を手に入れ、複製可能の物から大々的に軍事に利用していく。


 そうして生まれたのは、人類をただ殺戮さつりくするためのおぞましい兵器の数々であった。


 その絶大な威力を誇るドールや兵器群によって人類は大きく人口を減らし、瞬く間に世界は荒廃していった。

 やがて大多数の国が消滅し、人類の約8割を失ったあと、人類のドールを巡る戦争は一時の終結をみた。


 生き残った僅かな国と人々たちは同じ過ちを繰り返さないよう、隣国間・集団的自衛権及び国際安全憲章を締結し和平に努めた。

 また、言語の違いからいさかいが生じないよう、兼ねてから国際補助語であったEsperantoエスペラント語を世界の公用語として定めた。


 それらの規律の他に人類の並々ならぬ努力の末、和平は無事保たれ人類はその数を増やしていった。加えて先の大戦により手にしたドールと古代文明期の技術の数々は、今までの人類の生活様式を一変させ、人類はかつてない程に文明を謳歌していくことになる。


 そんな人類にとって平和で満たされた楽園のような時が悠久ゆうきゅうに続くとさえ、人々は錯覚していた。


 ――しかし、それからたった70年過ぎた後、悲劇は再び繰り返されることになる。


 愚かにも人類は永遠と続く平和の中で生きることなどできなかったのだ。

 所詮、人間という生き物は争いを忘れて生きることなど不可能なのであった。


 そうなれば諍いの種などは無数に存在し、探す必要などなかった。国家間の貧富の差。歴史認識の齟齬そご。宗教や人種による差別。実に枚挙まいきょにいとまがない。


 それらをきっかけに各国の軋轢あつれきは輪をかけて大きくなり、次第には確執へと姿を変えていった。やがて確執は国同士の戦争にまで発展し、人類は血で血を洗う争いを繰り返えすのであった。


 そしてその度に人類たちは、二度と過ちを繰り返してはならいないと誓うのも常であった。


 変わることのないサイクルを反復し、人類は破壊と再生をその歴史に刻んでいく。


 あれから数百年の歳月が流れた現代において、ドールは兵器という枠を超えて人々の生活の一部として当たり前に利用されるまでに至った。

 無論、各国の主力兵器としての地位は不動のまま変わりはなかった。

 

 結局、過去の凄惨せいさんな大戦の教訓も誓いも生かされることなく、人類はドールに搭乗し自らを戦火の中に投じているのであった。


 そんな時代のさなか、ある男を中心に運命の歯車は大きく動き出す。


 男の名はラルフ=ティミアーノ。

 古代の遺跡から遺物を見つけ出す発掘屋を生業なりわいする彼は、いったいなにを見て、なにを知るのだろうか。


 それは世界の不都合な真実か。それとも不変のことわりか。


 ――全てはここから始まる。

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