第16話 人生を奪いさる薬

ゼンとドラキュラが練兵場に降りてからしばらく経った。カチュアは不安の気持ちで兄が戻ってくるを待っていた。


しかし階段を登ってきたのはヴラド・ドラキュラだった。カチュアはドラキュラの姿を見て泣き崩れた。


「あぁ・・・お兄ちゃん・・・」


父を奪われ、母を亡くし。最後に残った兄までも失ったカチュアの心は絶望のあまりその場に立っていることすらできなかった。


「おい、お嬢ちゃん。小僧ならここだ。治療してやれ。お嬢ちゃんの仕事だろう」


カチュアがハッと顔をあげると、ドラキュラが小脇に抱えているのは、傷つき戦闘不能状態になったゼンだった。


「お兄ちゃん!!」


「・・・あぁ・・・カチュア・・・・あ・いてて。つえーなドラキュラの旦那は。刀もへし折られちまった。」


「よかった・・・ほんとに」



治癒の魔術ヒーリングでゼンの傷を癒やした後、兄妹はふたたびドラキュラの応接室に通された。そこにはドラキュラが変わらずウィスキーを傾けながら暖炉の前でくつろいでいた。


「さて、剣での語らいにも満足した。おまえは取引に対等する男だ。」


「取引?・・・なんのこっちゃ知らんけどな、剣での語らいはこれっきりにしてほしいな。おかげでこっちは殺されかけたぜ。」


ドラキュラは、グラスをサイドテーブルに置くと、すこし遠い目をしながら話を再開した。



「オレが眷属の数が増えていることに気づいたのは、5年前だった。」


「5年前・・・」


「きっかけはキルトリアで見たこともない吸血鬼が領地を荒らしているという報告だ。使いをやってそれを捕えてみると、人間と吸血鬼のハーフに近いようだが戦闘力はまるでない。」


「最初は、我らの眷属が噛み仕損じた失敗作かと思った。泣いてすがって命乞いをするような軟弱者、眷属の誇りもない失敗作。当然、おれはそいつを殺した。しかし、どういう理由でこんな質の低い吸血鬼がいるのか気になった。眷属の教育をせねばならないのかも。その時はそう思った程度だった。その時はな。」


館の外には、いつの間にか嵐がきていて、稲光のすぐ後に雷が鳴った。ドラキュラの話は続く。


「しかし、その失敗作の吸血鬼もどきの数は次第に増えていった。まるで何かの疫病が蔓延するようにな。俺はそいつらを調べ解剖し、肉体を研究した。そして、吸血鬼とは異質な血液であることに気づいた。試しに、やつらの血液を味わってみると、少し腐ったワインのように味によ澱みがあることに気づいた。それも、上級の吸血鬼が口にして、ようやく味の違いに気づけるかぐらいの微妙さだ。だが、確実に眷属の血の味ではなかった。当然、人間の血の味とも違う。」


ドラキュラはクバネイティス産の葉巻を口で楽しみ、ゆっくりと紫煙を吐き出す。


「そこでオレは原因に思い至った。」


ここでゼンが最も聞きたい単語をここで挟んだ。


「人工的につくられた吸血鬼・・・。」


ドラキュラはニヤリと笑いゼンを見つめた。


「おまえの父親が関わった粉とでも?」


「やっぱり知っていたのか!」


ドラキュラはグラスに口をつけストラスライラの味を楽しみ微笑する。


「お前の父親がどこにいるか、誰が連れ去ったのか、ノーライフパウダーが吸血鬼を産み出す原因になっているのはなぜか。それを知りたいということか。」


「おい、そこまで知っているなら、教えてくれ。ヴラド公」


ゼンは、前にのめりだすようにヴラド・ドラキュラに詰め寄る。カチュアは固唾を呑んでドラキュラの話に聞き入る。


「まぁ焦るな。どこまで話したか忘れただろう。」


「・・・出来損ないの吸血鬼もどきの話です。マスター。」


ラウルが執事のようにそっとドラキュラの後ろに立つと、言葉を差し伸べるとスッと部屋の隅に下がっていった。


「あぁそうだった。これと似通った事例を思い出した。それが錬金術師が生み出したある薬の存在だ。」


ドラキュラの話しは少しづつ真相に近づいていく。遠い昔を思い出すようにドラキュラが葉巻の煙を眺めながらつぶやく。


「なぁ小僧。おれが今から聞かせてやる話は、この国の暗部であり、人間の闇の歴史そのものだ。それを聞いた上で判断しろ。」


「判断?なんの判断だ。」


「人間の業の深さを知ってなお、何を目指すかだ。」


そうしてドラキュラは、グラスのウィスキーをゆっくりと口に含み、葉巻をたっぷりと口の中で転がしてから、龍が煙を吐くように紫煙を部屋に放った。


「今から50年も前の話になる。キルトリアは一時期の経済的繁栄が行き止まり、その後は経済の停滞と少子高齢化に悩んでいた。福祉が逼迫して国の金庫を食い尽くし、国家としてのインフラが荒廃しようとしていた。国民はそのことに知っていながらも、来るべき未来については見て見ぬふりをしていた。かつて栄華を極めた過去からか、プライドだけは高かったからな。老人が権利を主張し、若者は無気力になっていた。栄光ある孤立と称して、移民を受け入れず滅びの道をたどっていた。植民地を得るために戦争しようにも、福祉費で国の財源は食いつくされ、とうぜん軍事力拡大もできるはずもなく。あとはまぁ人道的支援と経済的支援で国を生きながらえようとしていた。」


ゼンもカチュアもキルトリアの歴史と国内事情は理解していたが、人外の王であるドラキュラが語ると妙な説得力があると感じた。


「そんなとき、ある事故がおきた。錬金術師が生成した新薬が原因で村人が生きたままゾンビ化したのだ。今から50年も前のことだ。」


「なんだと?」


ゼンが驚きの声をあげる。ドラキュラは話はこれからだという様子で独白を続ける。


「言っておくがこれはお前の父親のおこした事件じゃない。なにしろ50年も前の話だからな。だが錬金術の新薬生成過程で生まれたのは確かだ。そしてその錬金術師もゾンビ化して死んだ。屍肉を喰い漁るゾンビどもはすぐに駆逐されたよ、軍隊によってな。村一つが消滅したわけだが、とうぜん国は隔離した。新しい疫病が発生したと発表してな。国は事態を収集するのと同時に、事故現場に残された新薬を回収し、その研究を進めた。」


ドラキュラはウィスキーの瓶を傾けるとグラスにほどよく注ぎ足した。


「新薬の名は被害の規模を皮肉にしたのかゾンビパウダーと呼ばれた」


「ゾンビパウダー・・・」


「ゾンビパウダーの研究はキルトリアという国家が関わり予算がついたおかげで順調に進んだ。そしてその活用法を考えた時、ある方法に行きついた。増加した国民の数を減らし、危機感をあおり、国民を団結させ、一丸とさせる方法。内部の敵に目を向けさせ、結束を固める方法だ。」


「おいまさか」


「そう。ゾンビパウダーを意図的に国民に使用するんだ。その頃にはゾンビパウダーは改良されていてな。屍肉をむさぼるだけだったゾンビに、ある程度のルーチンワークをもたせることに成功していた。特定の人間を襲えとか、リーダーに付き従って村を襲えとかな。表向きはゾンビが感染者を増やしているようにして、村から村へと伝染させていった」


「おい、国の団結のために、国民をゾンビ化させたら元も子もないじゃないか」


「やつらはバカじゃないさ。若いやつには抗体があって、ゾンビパウダーには感染しない。あとは抵抗力のない子どもに伝染できないように改良したんだろう。そうして、みごとに老人にだけ伝染していった。見た目はゾンビだがな、若返って人を襲うゾンビもどきを、国は『吸血鬼だ』とうそぶいた。外敵の出現さ。村をおそって吸血鬼化するやつらに、国は騎士団を新設して徹底的に殲滅していった。突然発生した外敵に対して、国の対応が早いので国民も喝采さ。被害にあった人間には保証をだしてな。その金の出処も老人から巻き上げたそうだが。」


「信じられない・・・キルトリアの吸血鬼増加問題は、国の繁栄のためにやっている国策ってこと・・・」


カチュアが唇を震わせながらドラキュラの話に耳をかたむける。


「国は生き残るためならなんだってやるさ。お嬢ちゃん。おまけに突然発生した国の危機に対して、人間の生存本能でも動いたんだろうな。出生率は少しづつあがっていった。こうして、人口が削減され、国が潤って人口がもどってきた。だが、いちど甘い粉に手を出したキルトリアが、これでめでたしめでたしとするわけがない。


次にやつらが始めたのは、労働力の確保さ。死ぬ寸前の老人やら犯罪者やら浮浪者をあつめては、ゾンビパウダーを投与し、鉱山や金鉱で働かせ始めた。表向きは移民の受け入れと称してな。鉱山の下に隔離した居住区をつくったのはそのためさ。日光をあびても死なない吸血鬼を誰が吸血鬼だとおもうか。改良に改良を重ねたゾンビパウダーは、いつしかノーライフパウダーと呼ばれ始めた。自分の意志で生活し働く。不能の人間を若返らせ、生きた奴隷にできる魔法の薬さ。」


そこまで聞いてカチュアがのりだすように疑問をなげかける。


「ちょっと待ってよ。それって若返りの薬となにがちがうのよ。」


「生か死かの違いだな。このノーライフパウダーを投与すると、人間は数時間後に一度絶命する。その後、蘇生して活動するのだが、そこに自我や魂は存在しない。言われたとおりにしか動けない。おまえのオヤジが関わっていたのはその研究の一環だ。


ノーライフパウダー人生を奪いさる薬とはよくいったもんだ。吸血鬼を増やす薬じゃねぇ。忠実に働くほんものの奴隷をつくるための薬さ。ヘタしたら自分が奴隷なのかすらわからなくなる。強靭な体力と、ストレス耐性、寝ないで働いて国家に貢献する薬さ。奴らが次に作ろうとしているのは、ノーライフパウダー人生を奪いさる薬を使った不死の軍隊だろう。」



「するとドラキュラの旦那が5年前に見つけた吸血鬼の出来損ないというのは・・・」


「そう、ノーライフパウダーによって感染した人間の成れの果てだ。粉のことは知っていたが、感染した者を見るのは初めてだったがな。よくできた吸血鬼もどきだ。人間どもが信じて怯えるのも無理はない。」


「なんてことだ・・・オレたちが殺してきた吸血鬼は、国によって犠牲になった人間だったってことなのか。」



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