第8話 追憶の夢 世界は残酷で脈絡もない
その数年後。ゼンが17歳、カチュアが14歳の時に村が襲撃された。
その日は乾いた風が吹く夜だった。突然村の警笛がカンカンと打ち鳴らされた。
村の訓練場で剣を振っていたゼンは火事かと思ったが「敵襲!敵襲!」という声とともに、悲鳴があちこちで響き渡ったのを聞き、村が襲われている事に気づいた。
ゼンは村の武器庫に走っていった。村の青年団がそれぞれ待機していて、武器を支給していた。ゼンも武器をもって配置につこうとした。
「おいゼン、おまえ妹とどこかに隠れろ。なんか得体の知れない奴らが攻めてきた!」
村の若い戦士が教えてくれる。サイファーという青年で、ゼンの3つ上。正規の軍に所属していて、休暇で故郷の村に帰ってきていた。短剣をつかった剣技が得意で、ゼンは暇を見て剣技を教えてもらったりしていた。
「隠れるなんてしない。俺はもう男だ。戦力だ!」
ゼンは強がったが、手は震えていた。実戦は初めてだ。得体の知れない敵が襲ってきて、火をつけながら村人を殺して回っているという噂が出回り、あちこちで叫び声が聞こえてくる。
「ゼン、お前の家の方に向かってるみたいだ!おまえの父ちゃんはどうしたんだ。カチュアと父ちゃんを連れて逃げろ!」
「カチュア!!なんでだ!?父さん!!」
火の手がゴゥっとあがり、村の通りを真っ赤に照らした。ゼンは我が目を疑った。
道に累々と積み重なれた、村人の惨殺死体。やつらはここに来る間に、防衛隊を斬り殺し、逃げる村民を殺してきた。これが戦争なのか?
「やつらは吸血鬼だ!!逃げろ!!捕まったら責め殺されるぞ!」
逃げ惑う村人の誰かが真偽のほどもわからないことを叫ぶ。
「父さん!!カチュア!!!」
ゼンは叫びながら家のほうに走っていった。サイファーも後から追いついてきた。
「ゼン、奴らどうやらマジでお前ら家族を探しているみたいだ。まさか吸血鬼とは! 」
ゼンとサイファーが家にたどり着くと、渦巻く火に照らされてその不気味な一団が家をとり囲んでいた。
物陰から確認すると襲撃者の数は5人。やつらは、ドアをさぐり鍵が付いているドアを蹴破ろうとしていた。サイファーとゼンは草陰に隠れて機を伺った。
襲撃者のうち2名が家の裏手に、2名が家から少し離れた位置に。もう1名が入り口に立ち、家をとり囲もうとしていた。
「いいか。入り口のやつをオレが斬り伏せる。お前は家に飛び込んでカチュアたちを連れて逃げるんだ!」
「そんな!?サイファーはどうするんだ!死ぬ気かよ!」
「オレは正規兵だぞ。一息で3人くらいは斬り伏せられる。吸血鬼は戦闘能力よりも呪術が脅威だ。一撃離脱に徹すればなんとかなる。いいか?この場を切り抜けることだけ考えろ。やつらと戦おうとするなよ!」
機会を伺っていたサイファーが草陰から猛スピードで飛び出し、背後から男に斬りかかった。
「がふぅ」
その瞬間、サイファーは逆に斬り伏せられていた。男がいつ剣を抜いたのかわからない。サイファーのほうを振り返ったのかすらわからない。気づいた時にはサイファーは胴体を袈裟に斬りつけられ、地面に伏していた。
「あーまた団長にもってかれた。くそ!なんでオレのほうに来なかったんだ!」
飄々とした狐のような男はさも不満そうに死体を蹴る。
「あ?なんだこのガキは」
大柄の男がドアに歩み寄ると、いつの間にか立ちはだかるゼンを目に止めた。
「俺達に何の用だ?」
ゼンが食ってかかる。
「俺達?あぁこの家のガキか」
大柄の男が鼻で笑うようにあしらう。
「ガキじゃねぇ!なめるな!」
ゼンは粋がってみたが、足が震えて動けない。なぜか男の目から視線をそらすことができない。やつらの目を見ていると心臓が握りつぶされそうになる。
「逃げろ、ゼン。こいつら・・・戦い慣れてやがる・・・殺されるぞ」
サイファーは瀕死の状態でうめている。大量に地面に流れ染みこむ血は、サイファーの死を確実なものにしていが、それでも震える手でゼンをかばおうとする。
「あれ、まだ息があったの。団長の一撃で死なないなんてタフなやつだなー」
「ちょっとあんた。遠回しにウザイんだよ。団長に文句あるわけ?」
女の騎士が、狐のような男に悪態をついた。
「別に、そんなんじゃねーっすよ。団長。ま、オレがきっちりトドメ刺しときますわ」
狐のような男は、うつぶせになっていたサイファーに剣を突き立て息の根をとめた。
他の連中が家に入っていき、しばらくして、父がひきずりだされてきた。
「父さん!」
「ゼン!」
父とゼンは無力に叫ぶがどうすることもできない。
「これはこれは博士。おひさしぶりです。」
団長と呼ばれていた男が口をひらくと、慇懃無礼に父に挨拶をした。それから父の耳元に近づき、なにやらボソボソとしゃべっていた。ゼンには内容が聞こえなかった。
団長と呼ばれる男は、父を恫喝しているようだった。
一言二言なにかをささやかれると父は小さく頷いた。
大きなうねりに負けた気がした。斬られた守備隊のサイファーも、父も。
そうして父はあっさり連れ去られた。なんの抵抗もなく。ゼンはなぜか殺されなかった。父を見つけてからは相手にもされなかったと言ったほうが正確だ。ゼンは、死体となったサイファーの隣に伏せ、地面を叩いて呪った。
「なんでだよ父さん。どうしてあいつらについていったんだ。あいつら村を焼き払ってるんだぞ。」
泣き叫ぶ村人、横たわるたくさんの死体。
大人たちはこんなにも無力なのか。
牧歌的で幸せに満ちた村が、一晩で地獄と化した。
世界は残酷で脈絡もないことをゼンは知った。
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