第3話 血の気の多さは兄妹そろって
「おいおい、ダイアン。こんな客もろくにいねぇ店をいつまで続ける気だぁ?」
男が怒声をはりあげる。夕陽の日差しにコーヒーの香りが漂うレストランの空気が、一気に張り詰めた。ダイアンは強く相手を睨みつけた。しかしその目には不安の色が隠せなかった。
「あんたの知ったことじゃないでしょ!ラウル!それより、用もないならお店に入ってこないで!」
ダイアンが強い語気で、狼のような男を威嚇する。しかしその声には明らかな震えが混じっていた。
「用だぁ?今月の守り代をまだもらってないぜぇ?金はどうした。1万リン!吸血鬼どもの襲撃から守ってやってるんだから、金を払えや!」
ラウルと呼ばれた男は、口汚くダイアンを恐喝した。
「あんたたちが吸血鬼から町を守ってるなんて、どこにそんな証拠があるのよ!ただ飲んで暴れて町のみんなに迷惑かけ・・・」
「うるせぇ!!!なんだその口のきき方は!それが町を守るハンターへの態度か!?」
ラウルはカウンターのテーブルを拳で叩いた。その音を合図にしたかのように、取り巻きの男が店にドヤドヤと入ってきた。その数5人。そのうちの1人が入ってくるなり近くのテーブルを蹴倒した。食器の割れる音が店内に響く。
「なんてことするの!もうやめて!出て行って!」
「はっはははは!もうやめてだとさ!やめてほしけりゃ守り代を払いやがれっての!」
男たちがこれみよがしにバカ笑いをはじめる。
「・・・ちょっとお兄ちゃん。なんなのこいつら」
カチュアが猛烈な不満をあらわにする。
「あーまったく、これから帰ろうとしてたのになぁ。」
ゼンがめんどくさそうに答える。
「なにいってるの!あんなにおいしいコーヒーとドーナツを出してもらったのよ?彼女、困ってるんだから、助けてあげてよ!」
ゼンのやる気のない反応に苛立ち、カチュアが兄の肩をグイグイと揺さぶる。
「おいおい、俺は金を払ってるんだぜ?ただで食わせてもらったわけじゃねぇ」
「もう知らない!わたしが助ける!」
カチュアが我慢ならなくなり、杖を力強く手にする。
「おい、カチュア!」
ゼンが止める間もなく、カチュアはズカズカとダイアンと男たちの間に割って入った。
「ちょっと!あんたたち!何様だか知らないけどね!こういうのやめなさいよ!大の男たちが集まってみっともない!」
「あぁ?何言ってるんだこのお嬢ちゃんは。ちんちくりんなシスターみたいな括弧しやがって。」
「ちんちくりん!!ギャハハハは!!」
「ぶはははは!おまえ、バカだな!!!ぎゃははは」
下卑た笑いがうずまいた。ゼンも一瞬つられて笑いそうになる。当然、カチュアに見られたら怒りのあまりに殺されると思い、すぐに口元を一文字に戻した。
「ちょっと、あなたやめなさい、危険よ!」
ダイアンがカチュアの肩を掴んでとめようとする。男たちがゲタゲタと笑い続けている。
「は!は!は!ちんちくりんシスターちゃん!神様なんかより俺らとあそぼーぜ!昇天させてやるぜ!」
「そりゃいいや!はっははは!」
ゼンは妹のただならぬ気配に気づき、青ざめた顔をした。
「あ・・・あいつら・・・言っちゃならねぇ言葉を・・・」
正義感をあらわにして間に入ったはずのカチュアだが、いつの間にか怒りで身を振るわせていた。
「あんたたち・・・・いま・・・神様を・・・・侮辱したわね・・・・!」
カチュアの怒気が、一瞬で空気に伝わり、足元がほのかに赤黒い光を発しようとしていた。異常な空気を肌で感じた男たちは、下卑た笑いをひっこめ、1歩2歩後ろにひいた。
「あーちょっとちょっと!お兄さん、お姉さんがた!」
この茶番じみた喧嘩も潮時と悟り、ゼンは妹と同じくズカズカと争いの場に踏み込んだ。
「お兄ちゃん!!」
カチュアが怒気に混じった声を放つ。まるで、これから男子学生たちと喧嘩をおっぱじめようとする、血の気の多い女子学生みたいな言い方だ。いっぽう、男たちは怪訝な顔とともにゼンを睨みつける。
「なんかめんどくせぇトラブルになりそうじゃねぇですか。ここは穏便にお互い店を出て帰りましょうや。」
ゼンは、ヘラヘラと下手に出てことをすまそうとするが、目元はまったく笑っていない。
「あぁ!?おめぇなんだ、出しゃばりやがって!」
取り巻きの男が凄みながら前に出てきた。
「あー。そうだな・・・お互い怪我しねぇように、いったん帰ろうぜってことだよ。おわかり?」
ゼンは喧嘩まじりの言葉でかえす。カチュアの喧嘩っ早さとくらべても、ゼンのは似たようなものだ。
「何だとコラっ!!死にてぇのか!!!」
他の男達も息巻いて絡んできた。ラウルと呼ばれた男だけが、ジッと二人を観察していた。そして、さっきの口汚い罵り口調とはうってかわって、よく通る声で男たちに命令した。
「やめとけ。そっちの女はビショップだ。しかもやたら喧嘩っ早い。こんな狭い店で魔術を使われたらやっかいだ。」
男たちが、ラウルのほうをふりかえる。そして睨みをきかせているカチュアのほうに視線を戻すと、2,3歩ひいてまた構えた。ダイアンも華奢な身体のカチュアを見て、一歩あとずさりした。
「それに、そっちの男はだいぶ使えそうな剣士だ。ビショップと組むと面倒この上ない。」
ラウルは鋭い目つきでゼンを値踏みするかのように見回す。
「へぇ・・・分別があるじゃないか。まぁ、ただのチンピラには変わらねぇがな。」
ゼンが挑発する。ラウルと呼ばれた男は、挑発にのらずにゼンをじっと睨みかえす。
「・・・いくぞ・・・」
そうして、鋭くつぶやいてとりまきの男たちに合図すると、店をドカドカと出て行った。
「さて。きょうも神様にいいことしたことだし。カチュア、帰るか」
「ちょっと!なによ神様って!気安く神様のこと言わないで!」
「ははは。カチュアはあいかわらず硬いな!誰かれかまわず喧嘩ふっかけてると、神様に怒られるぜ?」
「もう!知らない!」
さきほどの殺気に満ちた空気はどこ吹く風で、兄妹は軽やかにじゃれあう。
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