第1話

 ホイッスルは虚しく鳴り響き、試合終了を告げる。

 中学最後の試合は呆気なく幕引きを迎えた。悔しいという気持ちは確かにある。それでも周りのチームメイトのように涙は出なかった。涙を流すほど努力はしていないのだから当然だと、自分の中で気持ちの整理はついていた。


 小さな頃からどんなことも人より上手くできたけど、その先の努力については興味が無かった。別にスポーツでお金を稼ぐつもりは毛頭無いし、わざわざ時間を割いてきつい事をする意味が分からなかった。


 負ければ悔しいし、勝てば確かに気分は高揚する。だけど「勝利」というものは必死に努力して手に入れる程のものとは到底思えなかった。だから俺は高校では勉強に専念して部活はやらないつもりだった。


 それなのに、あいつが俺の全てを狂わせやがった。




 高校入学初日、俺は1年ぶりにある人物と再会を果たした。

「久しぶりだねぇ。かわいくない後輩。高校でもサッカーやるのかな?」

 ショートヘアの似合う目鼻立ちのはっきりとした凛々しい女生徒が話しかけてきた。彼女の名前は篠原蓮華(しのはられんげ)。同じ中学で一緒にサッカーをやっていた一つ上の先輩だ。

 校門をくぐりはしたがまだ下駄箱にも辿りつけていない。突然の再会。校舎まで咲き誇る桜が予期せぬ再会を祝うように乱れ舞う。

「なんすか? 寒いのにわざわざここで俺が来るのを待ってたんですか? 残念ながら部活をやるつもりはありませんよ」

 空気を読んだように風は止み桜の花弁がヒラヒラと地面へ降り積もる。

 春と言ってもまだ肌寒く、特に今日は風もあるため他の生徒は温かな教室へと急いでいた。

「そーだよー。ハルがどうせそんなこと考えてるんだろうと思って迎えに来たんだよ」

 ハルというのは俺のあだ名だ。橘遥(たちばなはるか)というのが俺の名前で皆からはハルと呼ばれることが多い。

「サッカーやって俺に何のメリットがあるんですか? この学校ずっと県大会にも勝ち進めてませんよね? 先の無いチームで時間を浪費するつもりはありません」

 俺はきっぱりと断った。

「手厳しいな後輩。それでも去年はいいとこまで行ったんだよ? でも今のチームに決定的に足りないものがあってね。アンタ中学では最後どこをやってたの?」

 別にどこだっていいだろーに。それよりも少しだけ足りないものについて気になってしまった。

「足りないものってなにさ?」

「まずは質問に答えなさいな」

 なんだよこの人。なんか前よりデカく感じるな。気圧されてんのか俺。

 少し大人びた雰囲気をまとう彼女にいつもは使っていなかった敬語まで使ってしまった。

「トップ下だけどそれが何?」

 できればこんな話し早々に切り上げて教室に向かいたい。

 サッカーなんてもう……

 そんなことを考えていると篠原は俺を指差し語り出す。

「あんたが一番仕事ができるのはそこじゃない。あたしとダブルボランチを組んだときあんたは笑ってボール蹴ってたよ。ハル、あんたは根っからの司令塔なのよ。実際後ろからゲームメイクができてた。そんなガリガリでトップ下ができてたのは広い視野と早い状況判断ができてたからよ。それをもっと活かせるのはボランチでしょうが。何でトップ下やってたのよ?」

 笑ってた? 俺が? ありえないな。

「トップ下がやってて一番楽だから」

 本当のことだ。

「それはハルがサボってるからでしょ。まあうちの中学攻守が完全に分業になってたしね。たしかにボランチは両方やんないとだからしんどいか」

 篠原は少し呆れたようだ。俺なんてそんなもんだよ。期待したって無駄無駄。そもそもサッカーはもうやる気ないし。

「でしょ? それに俺努力とか嫌いだし、部活やると周りに悪影響出るよ?」

 正直に思ったことを言ってみた。

「アンタ足いくつ?」

 この人はホントに人の話聞かないな。

「25.5だけどなんで?」

「よかった。放課後迎えに行くから教室で待ってなさい。練習着とスパイク貸してあげるから一日体験入部しなさい」

 アホらしい。やるわけねーじゃん。

「やだね。んじゃ教室行くんで部活がんばって下さい」

 俺は話を切り上げ教室へと向かうことにした。

「はーい。じゃあまた後でね」

 だから行かないってば。



 終業を告げるチャイムが響く。さて、帰るか。

 下駄箱に行くと俺の下足は消え、代わりにスパイクと部室の位置が記された地図が置いてあった。くそったれが。あの野郎やりやがった。



 スパイクに履き替え記された部屋を訪ねドアを開けたところで俺は思考停止した。

 室内では女子テニス部と思われる女子が練習着に着替えていた。

「「「キャー!!!」」」

 入学初日から覗き魔の烙印を押された俺をゲラゲラと笑うクソ野郎が後ろにいた。

「女子更衣室に入っちゃ駄目でしょー」

 ニヤニヤしながら篠原が喋りかけてくる。

「で、何がしたいんですかねえ先輩」

 絶対許さねえ。

「ごめんごめん。怒った?」

 あたりめーだろクソババア。

「昔と違ってもう俺も16歳だし覗きで停学になったらどうしてくれんのさ」

 ヘラヘラと笑う篠原の顔を見ると余計に腹が立ってきた。

「ごめんねー。まぁ中の子には私から話しとくよ。しっかり女の子の下着姿は目に焼き付けたかな?」

 篠原が再びニヤケ始めた。

 こいつマジ許さん。まったく反省してないとか信じらんねえ。

「いいから早く靴返してよ」

「やだねー。部活終わったら返してあげるよ。これに着替えてきな。男子の部室はそこだよ」

 やるしかないのか……マジかよ……


 しかたない、まぁ今日だけ我慢するか。



 部室に入ると先輩からたくさん質問された。大歓迎ムードだ。今日だけなのに申し訳ない。他にも1年生が数人いた。入学初日から物好きなやつらだな。そんなことを考えていると知っている顔がちらほら見えた。

 顔見知りがいることで少し気持ちが楽になった気がした。


 それにしても初日はどんな練習するんだろうか。強豪校なら球拾いとかあるのだろうか。公立高校であるここではそんなことはないだろう。まぁ適当に流して帰るか。



 グランドに行くと皆が俺に注目していた。おそらく篠原の練習着とスパイクを借りたせいだろう。

「ハルーこっちこっち。似合うね。記念にあげようか?」

 話をややこしくすんじゃねえ。

「いらんわ。ちょっとボール蹴ろうよ。暫くボール触ってないんだよね」

「オッケー」

 軽くアップをしているとしばらくして顧問がグランドに到着しキャプテンと思しき人が集合をかけた。



「初めまして1年生の皆さん。顧問の杉田です。よろしく。けっこう人数きたね。ひとまずポジションごとに分かれてもらおうかな」

 パンパン。手を鳴らし合図をかけると各ポジションのスタメンの選手のところに散らばりゴールキーパーから順に列を作り始めた。俺はフォワードの列に並ぼうとしたところで篠原に捕まり中盤に振り分けられてしまった。

「じゃあ今日はオリエンテーションとして学年入り乱れて2チームで20分ハーフのゲームでもやろうか」

 大歓声の中俺は密かにぼやいた。

「こんな適当でいいのかよ……」

 何の因果か篠原と同じチームになってしまった。そもそもボランチってどんな動きだっけな。

 もうどうなっても知らんからな。

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